【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 31

Column

画期的な“二人称”で不朽の名曲となったREBECCAの「フレンズ」

画期的な“二人称”で不朽の名曲となったREBECCAの「フレンズ」

先日、ゆずの岩沢が、テレビでこんなことを言っていた。“「栄光の架橋」という歌は、ゆずそのものより有名なんじゃないですかね?”。もちろんこれ、彼ならではのウィットに富んだ表現なのだが、ある意味、正しい。アーティストの認知度とは別に、楽曲の認知度というのも存在するのだ。同じことがREBECCAにも言える。このバンドは誰もが知る存在だろうけど、それとは別に「フレンズ」は、楽曲としての認知度が今も非常に高い。

有名な歌は、背景についても関心が持たれる。「フレンズ」の場合、どうだったのだろう。そもそもこの曲を作るにあたり、Nokkoが提案したのは、映画『フレンズ』のイメージで…、ということだったそうだ。

ここで原稿を読むの中断し、wikiで映画のことを調べ始めた人もいることだろう。でも大切なのは、彼女は彼女で映画からインスパイアされたものを言葉に変換し始め、また、曲を書いた土橋安騎夫も、映画からインスパイアされたことをヒントに、彼ならではの楽想を広げ始めたことだ。こうして二人が描いた別々のイメ−ジが、見事に合体したのが、この曲なのである。

楽曲単体の話でもあるが、バンドの歴史の話でもある。当時、土橋はプロデューサー的な見地から、それまでのREBECCAには足りないものを感じていて、それは「マイナーでアップテンポ」な曲調だった。そんなことも頭に入れつつ、ローランドの小さなシンセで、コードを弾きつつ、スキャットでメロディを探っていったという。

もちろんNokkoが歌うことを念頭に置いての作曲だから、スキャットといいつつも、そこには確かに、彼女というボーカリストの特性を、降臨させつつ、だっただろう。すると、あっという間に10分くらいで出来てしまったそうだ。不思議だけど、いわゆる名曲ほど、こうした“あっという間”という話が多い。ぼくも過去に、何人かの人に、似たような話を聞いたことがある。

次の日、バンドの練習があったから、さっそく土橋は曲を持参した。ただ、時間がなくてデモ的な音源は用意出来ず、みんなの前で実演して聴かせたという。反応は良く、さっそくレコーディングに取りかかることになるが、歌詞はまだない。

でもNokkoは、その翌日には完璧な歌詞を書き上げてきたという。つまり「フレンズ」は、実質、3日間で曲の完成をみることとなったのだ。

この歌は、いきなり冒頭からグッとくる。主人公の“秘め事”に、聴いてる私たちが偶然立ち会ったかのような気分になるからだ。そしてそれに似た経験は、多くの人達が経験してきたことでもあった。

さらに画期的なことがひとつある。本来なら三人称的な響きの「フレンズ」というコトバを、「二人称」として使っていることである。言わずと知れた、サビの部分だ。三人称を上手に歌詞に活かした人達といえば、「シー・ラブズ・ユー」などのビートルズが思い浮かぶけど、そこに生まれる効果とは、“ユー&アイ”では切り取られ過ぎてしまう歌の空間が、第三者の存在によりグッと広がりを持つことだろう。

そもそも日本語で歌を書く場合、厄介なのが二人称である。「あなた」「あんた」「おまえ」「キミ」「YOU」…。指し示すのは相手のことだけど、あるコトバを選ぶと演歌っぽくなったり、あるコトバだと淡白すぎて相手の顔が浮かばなかったりする。英語の歌における「YOU」の万能性が羨ましいと思っている人は多いだろう。

その点で「フレンズ」は、相手のことを“フレンズ”と呼び掛ける。これ、曖昧な呼び掛けといえば曖昧だ。ただ、だからこそ聴き手の思い入れを、広範囲で受け入れる。Nokkoの歌唱表現力あってのこと、とも言える。曖昧な言葉に切々たるリアリティを宿らせたのは、彼女の歌の力である。

“フレンズ”とは何を対象としているのかに関しては、様々な解釈がある。歌の冒頭では相手とキスしてるのに“友だち”ってことはつまり、友情と恋愛の心の分水嶺を描く歌なのだ、といった解釈も生まれ。私小説的な捉え方を好む人は、バンドのメンバーの変遷になぞらえて、かつて在籍した人間への想い、みたいな語られ方に惹かれるようである。当時のNokkoの歌詞は、実体験と重なる、とも言われるし…。ただこういうことは、彼女に限らず、すべてのソングライティングに当てはまる。米国の高名なシンガ−・ソング・ライターのジャクソン・ブラウンは、自分の書いた歌について「説明し過ぎないよう気をつけている」という。歌には実体験に伴う描写も出てくる。もし説明し過ぎると、聴き手は作者と歌を重ね合わせて受取る。でもそれも、度が過ぎれば歌の意味を狭めてしまう。なので「説明し過ぎないよう気をつけている」のだそうだ。まったくその通りだと思う。僕が言えるのは土橋が名言している通りのことだ。この歌は、Nokkoが映画『フレンズ』のイメージでと提案したことで生まれたのだ。その先は、インスパイアという自由な創作の果ての所産なのである。

改めて、この歌は誰に呼び掛ける歌なのか、自分に問い直してみた。おそらくこの歌は、生きていれば経験する、すべての“別れ”に符合する、そんな歌なのだと思う。

文 / 小貫信昭

「フレンズ」(アルバム『REBECCA IV ~ Maybe Tomorrow ~』より

その他のREBBECAの作品はこちらへ

vol.30
vol.31
vol.32