黒選!メディアコンテンツ研究家・黒川文雄がテーマで選ぶ 3+1  vol. 14

Column

「ポケットモンスター」ポケモンの歴史と進化を振り返る

「ポケットモンスター」ポケモンの歴史と進化を振り返る

夏の暑さも厳しくなってきましたが、いかがお過ごしでしょうか?

夏と言えば夏休み、自由研究、プールに海水浴、キャンプや旅行など、友達や家族と一緒に遊ぶ機会が多いと思います。

私の子供の頃の思い出深い出来事としては、近くの公園でセミ採りをした事を思い出します。アブラゼミ、ミンミンゼミ、ニイニイゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミなど、どれも「セミ」ですが、鳴き方も違えば、羽の色も違います。すばしっこいヤツもいて、網を掛けようとしたら逆にオシッコを掛けられたり。全く動じることなく「寝てるのか」と思うくらいあっさりと捕まえる事が出来たり。「一日に何匹捕まえれるか」という競争を友達として、虫カゴいっぱいのセミを自慢していました。 そんな偉業を自慢したくて家に持ち帰ると、家の中でセミが大音量で鳴き始めて、母親を困惑させたこともありました。

子供の頃は、人より多くの種類やモノを集める事で自慢のネタになったり、友達よりも優位に立てるので、勉強そっちのけで熱中する事が多かったように思い出されます。子供は収集遊びの天才なのかもしれません。

さて今回は、「収集・採集」「育成」「対戦」「交換」をテーマにしたゲームで世界的ヒットを記録した、ご存知、「ポケットモンスター」を取り上げます。

ではどうぞ!


子供の力がゲームの歴史を変えた「ポケットモンスター赤・緑」

1996年2月27日、任天堂ゲームボーイ向けタイトルとして発売された「ポケットモンスター赤・緑」。 日本で累計出荷本数822万本(世界3138本)を叩き出した文字通りモンスターソフトです。

しかし発売された1996年2月時点では、とても静かな販売からスタートした印象でした。

翌3月にはスーパーファミコンから「スーパマリオRPG」が発売予定されていたこともあり、当時全く無名の「ポケットモンスター」が空前の大ヒットになると予想していた人はいなかったと思います。また3月は決算期という事もあって、他社からも、スーパーファミコンからは「ダービースタリオン96」「す~ぱ~ぷよぷよ通リミックス」など定番ソフトや、プレイステーションからは「グラディウスデラックスパック」「信長の野望・天翔記」「鉄拳2」など期待作が多数発売されるという、その前月が1996年2月でした。

しかも当時のゲームボーイは、1989年の「テトリス」で一躍世界的に普及した携帯ゲーム機であったものの、登場から7年目が経ち、ハードとしては終焉に近い年数に差し掛かっている印象でした。1996年1月の発売ソフトはゼロ。そして2月に入り、下旬に発売されたこのタイトルが、この年初めてのソフトリリースだったのです。当時は中古市場でも回転率が落ち込んで来た印象があり、ゲームボーイの取り扱いを止めようとする動きも一部の店舗で出始めていました。そんな中で発売されたのが「ポケットモンスター赤・緑」でした。

「ポケットモンスター赤・緑」以前のRPGのセオリーと言えば、「モンスターと戦って、経験値を稼いで、ラスボスを倒す」というものでした。モンスターを仲間にして自分は戦わないというのは、それまでにない斬新な発想でした。しかし、この発想はまさに、子供たちが本来持っている「見つける」(収集・採集)能力と見事に結びつき、子供同士のクチコミネットワークでどんどん売上を伸ばしていきました。発売から半年くらい経って、「コロコロコミックを媒体に学校で口コミになってるらしい」という話を聞くまで、当時の流通関係者の認識は「なぜこれが売れてるのか、わからない」といった感覚だったようです。

それまでの常識とされたRPGの概念を、子供たちの力、子供同士のネットワークが覆したという類稀なソフト、それが「ポケットモンスター赤・緑」なのです。

ちなみに余談ですが、この「ポケットモンスター」のヒットによって、ゲームボーイ本体の販売数も大きく伸び、翌年1997年のゲームボーイソフトラインナップが大幅に増えることになりました。「ポケットモンスター」のヒットが無ければ、その後に続く「ゲームボーイアドバンス」の開発に至らなかったかもしれませんし、現在の3DSまで続く携帯機は存続していなかった・・・かもしれませんね。

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