佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 5

Column

知名度急上昇中の5人、「純烈」に会ってきました!【Part.3】

知名度急上昇中の5人、「純烈」に会ってきました!【Part.3】

ファンとの直接コミュニケーション

文 / 佐藤剛

メンバーのうち4人が戦隊ヒーロー・ドラマ出身という、異色の経歴を持つ歌謡コーラスグループを結成した6人がそろったのは2007年のことだ。簡単にスターの座には就けなくとも、彼らは女性を中心に着実にファンを増やしていく。その数がまだ少なかったからこそ、一人ひとりの顔を覚えることが可能だった。
顔見知りになればライブ会場や、移動の途中にでも直接コミュニケーションができる。そこを上手に利用してファンとの距離を近づけていくことで、彼らは「純烈」ならではの観客への距離感とコミュニケーションを築き上げていく。
そうした活動の積み重ねのなかで、“名物ファン”も登場してくるが、距離感が近いせいか、あっけらかんと話す人が多いとリーダーの酒井は語る。

ブログにコメントをくださる方はハンドル名と顔が一致してきています。顔を合わせたときはストレートに聞いちゃうんですよ。握手会で「あれ、髪切った?」「今日は元気ないんじゃない?」なんて、こっちから声をかけてます。飲食店でファンの方が集まってるのに出くわすと、「一緒にいい?」と声をかけて同席したりもします(笑)。
地方に行って東武東上線とかに乗って帰ってくるとき、他に乗客がいないとファンと顔をつきあわせて話すことも。「何でも質問して!」って言うと、みなさん、自分の推しメンについて質問してきますね。「純烈」をやっていると学校の先生になって、教壇に立ってるような気持ちになります(笑)。
(「純烈!スーパー銭湯物語」日刊ゲンダイ7月24日)

ぼくはこの連載をはじめてすぐに、知り合いの女優さんに「今は純烈というグループに注目しています」と話した。すると70代になる彼女のお母さんが3年半以上前からファンになって、自分でクルマを運転して各地へ繰り出していたので、よく知っていると教えられて驚いてしまった。見る目のある人はその頃からもう、熱い眼差しを送っていたのだった。

2014年に山内惠介や川上大輔を中心にした”演歌男子”と呼ばれるイケメンの歌謡曲歌手のムーブメントが巻き起こったのは、彼女のお母さんがファンになった頃のことで、平均身長183cmのスタイリッシュな6人組は、この波に乗って勢いがついた。

翌年になると彼らは4月にNHK『歌謡コンサート』初出演を果たし、10月には大規模会場では初となる東京・浅草公会堂でのコンサートを成功させた。

さらには2016年5月発売の7thシングル「幸福(しあわせ)あそび」で、初めてオリコンの週間演歌・歌謡ランキング初登場1位を記録する。そこから人気の上昇度を加速させて、本来は各駅停車だった銀座線が快速になり、そこから特急に替わったかのような躍進を続けることになった。

キャッチフレーズである”夢は紅白!親孝行!”が、いよいよ現実味を帯びてきた今年、彼らは3月14日にニュー・シングル「愛でしばりたい」をリリースした。この曲も前作に続き、演歌・歌謡ランキング初登場1位の好スタートを切ることが出来た。

「愛でしばりたい」についてリード・ヴォーカルの白川裕二郎はこう話している。

「僕たちのコンセプトは”笑顔になれる、元気になれるムード歌謡”なんですが、作詞の喜多條忠先生と作曲の徳久広司先生が、ぴったりの歌を作ってくださいました。キャンペーンなどで歌うと、中高生もお年寄りも一緒に盛り上がってくれて、みんなで楽しめているっていう実感があります」

純烈の本質がにじみ出るライブへの期待

昨年末に林田が卒業して5人組となったメンバーは、イベントや番組出演に忙しい身となった今も、活動の原点ともいえるスーパー銭湯でのキャンペーンを続けている。誰もが裸になって汗やほこりを洗い流し、リラックスして純粋に楽しむために宴会場に集う。そこでは、年齢も職業も性別も問われることはなく、自由でみんなが一つになれる。
世代やジャンルを超えて活動する「純烈」に、これほど相応しい場所は他にないと思える。高齢化や独居の増加が進み、”みんな”という意識について問い直されるべき時代に、彼らほど相応しいグループもまたいない。

そんな「純烈」がいよいよ面白くなってきたのは、今年の春からのことだったという。

彼らは3月5日に東京・蒲田のグランドキャバレー”レディタウン”で、ムード歌謡の大先輩にあたる”マヒナスターズ”とショーを行った。次に4月30日、大阪の味園ユニバースで、赤犬とのジョイント・ライブを果たしている。
それについて音楽ライターで編集者の永井淳が、こんなレポートを送ってきてくれた。

“マヒナ”との共演は予測の範囲内だったが、赤犬とのコラボとなると話は別。純烈と赤犬は、歌謡曲をベースに活動している点で共通しているが、前者のホームグラウンドが演歌寄りなのに対し、後者は完全なミクスチャー。歌謡曲が、海外のさまざまな音楽を貪欲なまでに取り入れて隆盛したことを考えれば、赤犬こそ典型的な歌謡曲だとも言える存在だ。したがってその路線は純烈にとっても望むところだった。
ライブ前にリーダーの酒井一圭は「赤犬とステージに立った影響がどんな形で表れてくるか、全く予測がつきません。その分、楽しみや期待が大きいんです」と話していたが、純烈はその日、日本にエネルギーがあふれていた頃の面影を留める元キャバレーに、見事に馴染んで観客とも溶け込んでいた。味園ユニバースという、ゴージャスでありながらも俗っぽく、きらびやかな中にエロスを漂わせる空気のなかで、活き活きと弾けていた。そこで彼らが受け止め、吸い込んだものは少なくないはず。酒井同様、今後の純烈への楽しみや期待が膨らむ。

音楽ジャンルの垣根を越える起爆剤に

昭和はみんなの時代だったともいえる。ラジオやテレビから流れる好きな歌に耳を傾け、そっと口ずさみながら楽しむことで、歌を媒介にして自然に一体感や希望が共有されて、それが社会の推進力となった。そんな時代に生まれた歌謡曲の種子を受け継いで、さて、「純烈」は今の時代にどんな風に花開かせてくれるのだろうか。

6月25日にオリコンに掲載された彼らのインタビュー、「スーパー銭湯は“ふるさと”、結成10周年“勝負の年”に目指せ『紅白』」のなかで、小田井涼平が次のように語っていた言葉が印象的だった。

たまたまスーパー銭湯に出させていただいたのが5年くらい前のこと。それから各地のスーパー銭湯やキャバレーにお呼びがかかるようになり、今に至るわけです。
でも、たとえホールが埋まるようになったとしてもスーパー銭湯でのステージは続けたいですね。僕らよく「紅白に出て、終わってすぐあとにスーパー銭湯でニューイヤーライブをやれたら最高だね」って夢を膨らませているんですよ。年末のNHKホールって歌手にとって日本一、ステータスの高いステージですけど、その直後にスーパー銭湯という。その両極端ぶりこそが、純烈の目指すところじゃないかって思うんです。

平成以降の演歌や歌謡曲の世界は、閉塞感ただよう世相を映してか、全盛期に比べて遊び心に欠けるきらいがあった。だが「純烈」を知って彼らの10年間の活動をたどってみるうちに、それが取り戻されつつあるとぼくは感じている。それと同時にこの前例のない出自のグループが、なにもないところから始まったという原点を、いつだって忘れていないことにも可能性を感じる。

彼らはまだ表には十分に出していない本質を形にして、新しいことを成し遂げるために虎視眈々と機会をうかがっている。いつの間にか出来上がってしまった音楽ジャンルの垣根を越えて、起爆剤になりそうな期待感を抱かせてくれる「純烈」。

この先しばらく、彼らからは目が離せないと思っている。

純烈の楽曲はこちらから


著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長に就任。 著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『歌えば何かが変わる:歌謡の昭和史』(篠木雅博との共著・徳間書店)。

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