黒選!メディアコンテンツ研究家・黒川文雄がテーマで選ぶ 3+1  vol. 16

Column

「龍が如くスタジオ」名作ゲームの系譜と驚きの新作

「龍が如くスタジオ」名作ゲームの系譜と驚きの新作

どんな会社も組織によって運営され、それぞれの担当部署が専門的に業務を請け負うことで、会社として機能しています。そんな会社組織の中で、時として、会社の看板とも言えるような個人が現れることがあります。特に強烈な個性を持った人物は、テレビなどのメディア出演を経て、会社より有名になることもあります。

90年初頭、セガのアーケードゲーム専門開発チーム「AM2研」を率いていた鈴木裕氏は、当時のゲーム業界では珍しく、クリエイター個人としてのメディア露出が多く、会社の看板を背負うような存在になったクリエイターでした。鈴木氏は『ハングオン』『アウトラン』『アフターバーナーⅡ』などの体感ゲームを多く輩出し、ゲームセンターにおける体感ゲームブームのきっかけを作りました。

そして、当時同じAM2研に在籍していた、入社間もないクリエイターが、名越稔洋氏です。セガAM2研で『バーチャレーシング』や『バーチャファイター』の開発に参加し、その後『デイトナUSA』を初プロデュースして一躍有名になりました。
現在は株式会社セガゲームス取締役 兼 開発統括本部長、並びに株式会社セガ・インタラクティブ取締役CPO 兼 開発生産統括本部長という肩書を持ったビジネスマンでありながら、ヒット作を作るスター・クリエイターです。

そんな名越氏のライフワークとも言える作品が、2005年にプレイステーション2向けタイトルとして発売されて以降、シリーズ化されている『龍が如く』です。現在は「龍が如くスタジオ」というチームが開発しています。
今回の黒選コラムは、8月26日に発表された期待の新作も含めて、『龍が如く』スタジオが生み出したヒットタイトルを振り返ります。

龍が如くスタジオ|セガ公式サイト

ではどうぞ!


1.『龍が如く』・・・最初は否定的な意見が多かった

名越氏が2003年に企画を立案した『龍が如く』は、実在の繁華街をコンセプトにした任侠もののゲームです。

当時は「どのように海外市場に打って出るか?」という積極的な経営方針を出している会社が多く、タイトルやパッケージデザインなどを海外でも売れるように作るのが当たり前の風潮でしたが、この『龍が如く』は初めから日本市場をターゲットにした作品でした。また、実在の繁華街のイメージを使用するにあたって越えなければいけないハードルが多く、社内でも否定的な意見が多かったようです。

そんな中で、信念を持って企画を通し、プレイステーション2向けタイトルとして2005年12月8日、『龍が如く』は産声を上げました。

『龍が如く』のゲームデザインは、1999年にドリームキャスト向けタイトルとして発売された『シェンムー』を基にしており、街並みをリアルに再現し、行き交う人々はそれぞれ自分の生活を持って行動をしていました。そのため、恐らく、発売日に買われたユーザーのほとんどは『シェンムー』を意識して買われた人が多いのではないかと思います。

しかし、発売されてしばらくすると、購買動向が大きく変化しました。これまであまりゲームをしていなかったであろう、年齢層の高い世代が『龍が如く』を購入してプレイしているという事がわかったのです。コワモテのお兄さんがゲームショップに買いに来た、という話もちらほら…。『龍が如く』の魅力は想定を超えたユーザーの動向で、口コミで広がりました。遊び方も人それぞれで、本ストーリーではない、博打やバッティングセンターなどの寄り道要素をメインに楽しんでいるユーザーも多く、自由気ままにプレイされているようでした。

『龍が如く』はジャパンメイドのオープンワールド・ゲームソフトとしてヒットしただけではなく、新しい客層を開拓したゲームと言えるでしょう。

龍が如く 1&2 HD EDITION PlayStation®3 the Best

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