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自然と対峙しながら生活を送る馳星周が『神(カムイ)の涙』で伝えたかったこと

自然と対峙しながら生活を送る馳星周が『神(カムイ)の涙』で伝えたかったこと

作家生活20周年を迎えた、ノワール小説の名手・馳星周の今の想いは、ノワールにこだわらず「好きなものを好きなように書こう」というシンプルなものだ。しかしそのフラットな境地こそが最新作『神(カムイ)の涙』という傑作を生み出した。しかも「今書くことが楽しくて仕方ない。一番あぶらが乗っている」と自身が語っているだけに、馳の最大の武器でもあるエンターテイメント性はさらにアップし、そこに“深さ”が加わり、何ともいえない大きな感動を全ての人に与えてくれる。馳の故郷・北海道を舞台にした作品は、これまでにも、「淡雪記」、「約束の地で」、そしてWEB小説「雪炎」などいくつかあるが、今作では、難しく繊細な「アイヌ」をテーマにしており、今も差別に苦しんでいるアイヌ人家族を主役にし、自然を敬い、現代人が忘れかけている、古代から続く自然と寄り添う生活を送るアイヌの人々を描く事で、現代社会、日本人へ警鐘を鳴らしている。さらに原発とアイヌ文化という両極に位置するものを描く事で、現代人が忘れかけているものがいかに重要で大きなものかという事を、教えてくれている。そしてそれは馳の「3.11は終わっていないんだぞという事も言いたかった」という素直な思いでもあり、怒りを孕みながらも、優しさで溢れている作品だ。

北海道・屈斜路湖を抱く街で、自然を敬い生きるアイヌの木彫り作家・平野敬蔵、その孫娘で、アイヌである事を消し去りたいと、都会の学校への進学を夢見る・悠、誰にも明かせない過去を抱え、自らのルーツを辿る雅比古――3人が織りなすストーリーには「18歳で東京に出てきてから、ほとんど顧みる事がなかった故郷に対する想いと、小さい頃、周りにアイヌの人がたくさんいる環境の中で育って、差別というものを目の当たりにしてきたし、もしかしたら自分も差別的な発言をしていたのかもしれない。その事への贖罪も込めた」という、馳の強い想いが映し出されている。そしてこの小説を貫く大きなテーマである“ゆるす”という概念が、今全ての人が今考えるべきテーマであり、大切にしなければいけない事なのだと教えてくれる。山の中での生活、美しい風景の描写はリアルかつ圧倒的で、その世界に引き込まれる。自然と対峙しながら生活を送る馳の想いが、隅々にまで散りばめられ、それが輝きを放っている。

取材・文 / 田中久勝 撮影 / 近藤 篤
撮影協力 / ティートンブロス

書籍 神[カムイ]の涙

神[カムイ]の涙
発売中
著者:馳星周
出版社:実業之日本社
ISBN:978-4-408-53712-2

書籍紹介:号泣必至の衝撃作! 感動の自然サスペンス!!
怒り、殺人、逃亡の果て、男はアイヌの地でなにを見たのか――