山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 21

Column

池畑潤二/LED STICKがつむぐ未来

池畑潤二/LED STICKがつむぐ未来

ロックンロールにおけるドラムの基準。それは、高校時代の鮮烈な体験によって決定づけられた。彼のドラムがエンジンとなり、バンドのグルーヴは有機的に高みを昇る。最強かつ多彩なビートを刻み続けてきた唯一無二のドラマーがついに登場。HEATWAVE山口洋がこれまで出会ったミュージシャン、R&Rの魔法について書き下ろす好評連載。


2004年5月、福岡にて。僕の母親の葬儀での忘れられない光景。

一度目の焼香を終えたあと、再び列の最後尾に並び、静かに二度目の焼香をする人物が居た。僕はその真意が知りたくて訊ねてみる。すると、彼はこう云ったのだ。「だって一回目は、はじめまして、やろ?」。彼と僕の母親はその日が初対面だった。

池畑潤二(敬称略)はそういう人だ。

80年代のはじめ。僕は福岡でザ・ルースターズを体験した。いや、音の塊を浴びたと云う表現の方が正しい、か。いかにとんでもないバンドだったのか、以前に記したから、気になる人は参照して欲しい。あの体験がなければ、僕はバンドを今日まで続けることができなかっただろう。

そのドラマーはルックスも含めて、痺れるほどの規格外。まさにバンドのエンジン。強力に吹き上がるエンジンが、バンドを縦横無尽にドライブさせる。これがドラムという楽器の本質なのだと、僕は初めて知ることになる。

あの日から、池畑潤二がロックンロールにおけるドラムの基準になる。体験してしまったのだから仕方がない。以来、どんなライヴに足を運んでも、僕はドラムにしか目がいかなくなる。洋の東西を問わず、長い時間をかけて、僕は探しまわったが、あの基準を超えるドラマーに出会うことはなかった。彼は僕にとって、最初からワン・アンド・オンリーで、なおかつ世界基準でもあったのだ。

意を決して、一緒にバンドをやってくれないか、と頼んでみる。西暦2000年をわずかに越え、あの日から、20年以上が経過していた。僕は既に30代後半だったが、未だにロックンロールの可能性に賭けていた。僕らのバンドにあのビートがあれば、無敵だ。

あのドラムで歌うときの感覚。

言語化するのは難しい。背中に波動砲をしょっている感じ、とでも云えばいいだろうか。曲のパルスを背中に波動で打ちこまれる。どんなに大きなステージでも(実際、東京ドームの100メートル幅のステージでさえ)僕は彼の音を足下のモニター・スピーカーから返したりはしない。常に背中で感じていたい。生音じゃなきゃダメだ。パーツとしてではなく、ドラム・キット全体として捉えたい。すべてを背中で感じ、即座に反応したい。考えていたら間に合わない。動物的感覚。僕だけではなく、メンバーが有機的に即興で反応しあうことによって、僕らは中空に風景を描きだす。

同じ瞬間は二度と訪れない。だから同じ風景も二度とない。

彼が最初の音を出す。その日のビートが生まれる。新しい風景がおぼろげに見えはじめる。僕らはその風景に色を塗り、もう少し実体のあるものに変化させる。主人公が独白を始める。時間とともに、主人公を包むグルーヴは螺旋状に絡まっていく。風景は表情をたたえ、そして流れはじめる。物語のように。

彼のドラムはひどくインスピレーションを刺激する。鼓舞されて、思いもよらぬフレーズが自分から飛び出してくる。それによって、また誰かが刺激を受け、僕らは有機的に高みを昇る。やがて始まりも終わりも分からなくなる。

こころは“真空”。もう、何も考えない。感じているだけ。作為はない。ほぼ“無”の領域で、互いに影響しあい、僕らは延々と音楽をつむぐ。その瞬間が愛おしくて、忘れられなくて、もっと高みを目指したくて、僕らはステージに立ち続けるのだろう。

そして、僕らはときどき派手にほころびる。その瞬間も悪くない。リスクがないところに、音楽の奇蹟は存在しないのだから。

リズム。たった三文字。でもそれは深い。細かいビートを感じながら、細かい音符は奏でない。「いかに演奏するか、ではなく、いかに演奏しないか」。引き算の音楽。どれだけ余白を残すことができるのか。それを教えてくれるのが池畑潤二のドラムだ。余白で聴衆に感じてもらう。それは演奏することより遥かに難しい。

いつだってファーストタッチがすべて。やり直して、うまく行くことは稀だ。神経を研ぎすまし、出会い頭の最初のタッチでゴールを決める。それがロックンロールだと彼のドラムはいつも僕に教えてくれる。

LED(鉛の)スティックがつむぐ未来。

繊細で、豪放で、原始的で、理知的。そこはかとなく太古の鼓動で、アフロで、ケルトで、なおかつ我々の血の中にある土着の祭のリズムも含む。シャッフルも、玄界灘の飛沫も、超絶なストロングスタイルも、4ビートも、スキッフルも、もちろん揺るぎない8ビートも、何もかも。圧倒的な職人気質と人としての道も。

こんな人物は地球上に二人と居ない。彼と演奏することは、僕が僕で居るということで、今の自分と本気で向き合うことだ。いつだって。

感謝を込めて、今を生きる。


Photo by 佐藤早苗(ライトサム)

池畑潤二(いけはた・じゅんじ):1958年、福岡県生まれ。1980年、伝説のバンドとなる“ザ・ルースターズ”のドラマーとして、シングル「ロージー/恋をしようよ」でデビュー。1983年に脱退後、布袋寅泰、吉川晃司、石橋凌、花田裕之、浅井健一、UA、椎名林檎ら多くのミュージシャンの絶大な信頼を受け、レコーディングやライヴをサポート。2002年、山口洋、渡辺圭一、池畑の3人で演奏したのがきっかけとなり、2003年、現メンバーでの“HEATWAVE”をスタートさせる。花田裕之、下山淳と共に“ROCK’N’ ROLL GYPSIES”でも活動中。〈FUJI ROCK FESTIVAL〉ではROUTE17 Rock‘n’Roll ORCHESTRAや苗場突撃隊のリーダーとしても活躍。

池畑潤二オフィシャルサイト

『THE ROOSTERS』

COCP-50752 ¥1,800(税別)
日本コロムビア
1980年発表のザ・ルースターズの1stアルバム

『RESPECTABLE ROOSTERS→Z』

COCP-38471-2(CD2枚組トリビュート盤) ¥3,000(税別)
日本コロムビア
1999年発表の『RESPECTABLE ROOSTERS』(THEE MICHELLE GUN ELEPHANTやthe pillowsらが参加)と2005年発表の『RESPECTABLE ROOSTERS→Z a-GOGO』(HEATWAVEや斉藤和義らが参加)のトリビュート盤2枚組

ザ・ルースターズのリリース作品はこちら

著書プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

1963年、福岡県生まれ。1979年に結成したHEATWAVEのフロントマン。1990年、アルバム『柱』でメジャー・デビュー。1995年発表のアルバム『1995』には、阪神・淡路大震災後に作られた「満月の夕」が収録され、多くのミュージシャン、幅広い世代に歌い継がれている。アイルランドの重鎮、ドーナル・ラニー、元モット・ザ・フープルのモーガン・フィッシャーら海外のミュージシャンとの親交も厚い。2003年より渡辺圭一(bass)、細海魚(keyboard)
、池畑潤二(drums)と新生HEATWAVEの活動を開始。2017年5月には14作目にあたるアルバム『CARPE DIEM』をリリース。東日本大震災後に立ち上げた福島県相馬市を応援するプロジェクト“MY LIFE IS MY MESSAGE 2017”は古市コータロー、池畑潤二、仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳らと共に南青山MANDALAで5日間のライブを開催。熊本地震を受けてスタートした「MY LIFE IS MY MESSAGE RADIO」(FMKエフエム熊本 毎月第4日曜日20時~)でDJも担当。10月からHEATWAVE楽曲へのリクエストで構成されるソロツアーを、12月にはバンドでの全国4公演ツアーを開催。
オフィシャルサイト

ライブ情報

50/50(山口洋と古市コータローのスペシャル・ユニット)
SPC 20th Anniversary event[風向きがかわったら旅に出よう]

9月26日(火)吉祥寺STAR PINE’S CAFE
詳細はこちら

山口洋(HEATWAVE)solo tour 2017 autumn『YOUR SONG-2』
10月20日(金)札幌 円山夜想
10月22日(日)函館 喫茶・想苑
10月25日(水)弘前 Robbin’s Nest
11月5日(日)岩国 himaar
11月7日(火)福山 Boggie Man’s Cafe POLEPOLE
11月10日(金)高知 Sha.La.La
11月15日(水)横浜 Thumbs Up
11月11日(土)高松 Bar RUFFHOUSE *スペシャルライヴ!『OUR SONG』山口洋 × 藤井一彦 
詳細はこちら

HEATWAVE TOUR 2017 WINTER
12月14日(木)愛知 TOKUZO
12月15日(金)福岡 DRUM Be-1
12月17日(日)京都 磔磔
12月22日(金)東京 duo MUSIC EXCHANGE
詳細はこちら

OTONANOネットラジオプログラム 伊藤銀次のPOP FILE RETURNS HEATWAVE特集(期間限定配信)

ネットラジオを聴いてみる


■HEATWAVEの作品を聴いてみる

vol.20
vol.21