映画『散歩する侵略者』  vol. 2

Interview

黒沢清監督作品の主演は長澤まさみに何をもたらしたのか。「散歩する侵略者」の撮影を振り返る。

黒沢清監督作品の主演は長澤まさみに何をもたらしたのか。「散歩する侵略者」の撮影を振り返る。

いまや日本のみならず世界的に熱狂的なファンを有する黒沢清監督の待望の最新作『散歩する侵略者』が公開された。
劇作家・前川知大率いる劇団「イキウメ」の人気舞台を原作に、地球を侵略しようとする侵略者(宇宙人)の存在によって人々の日常が蝕まれてゆくさまを描いた本作において、ヒロインの鳴海を演じているのが、ご存じ、長澤まさみ。
「侵略者に肉体を乗っ取られた男の妻」という難しい役を繊細かつエモーショナルに演じ、いまだかつてない「愛」をスクリーンに焼き付けてみせた彼女に本作の魅力や見どころについて、自身のキャリアについて話を聞いた。

取材・文 / 井口啓子 撮影 / 森崎純子

今まで自分が乗り越えられなかったお芝居ができた気がしました。

まず本作の話が来たときの率直な感想を教えてください。ジャンル的にはSFでありながらサスペンスでもあり、ラブストーリーでもあり、アクションでもある、すごく多面性のあるエンタテイメントだと思うのですが。

すごく好きなタイプの作品だと思いましたね。私は女子なのでどうしても現実的な考え方をしてしまいがちなんですけど、この作品はSFファンタジー的な世界観の中に、こういうことって本当にあるんじゃないかな?と思わせるリアルさがある。あと人間の情みたいなものもちゃんと描かれていて、見終わった後、心にじんと残るものがある。私自身、年齢的に許せるものの許容範囲が広がってきて、人の情に救われたり、感動したりする瞬間が増えてきたので。そういう“人がそこに息づいてる感じ”にもすごく惹かれました。

長澤さんが演じられた「鳴海」という女性についてはどうですか。侵略者に乗っ取られて別人のようになった夫「真治」に戸惑い、苛立ちながらも愛を取り戻してゆくという難しい役どころですが。

台本を読んでいちばん最初に思ったのは、ずっと怒っているなーってことでしたね(笑)。彼女がただ目の前の相手(真治)に対してだけ怒っているだけだったら、なんか薄っぺらい人間に見えるんじゃないかと思って、監督に相談したんです。そうしたら彼女は実は世の中とか、目に見えない大きいものに対して怒っているんだって言われて、すごく納得できました。怒りってすごくパワーを使うもので、面倒臭いことでもあるから、人ってそう簡単には怒らない。相手に対して無関心だったら感情は動かないし、怒ったりもしないじゃないですか? だから鳴海と真治の関係は壊れかけてはいたけれど、まだ鳴海は真治に対して情が残っていたんだなと思ったし、彼女の怒りには強さだったり弱さだったり、いろんな感情が含まれている。そこがすごく魅力的だし、鳴海を演じる上で大切にしなきゃいけない部分だなと思って、同じ怒りの演技でも微妙に変えていくことで、鳴海の感情を表現できたらなと思いました。

確かに「怒ってばっかり」ではあるんですけど、長澤さんはその中にある「微妙な感情の揺らぎ」をすごく繊細に演じられていて、ある意味いちばん人間臭い役でもあって、すごく惹き付けられました。

それができたのは、松田(龍平)さんの存在が大きかったですね。私が演じたパートは鳴海と真治という夫婦のストーリーなので、二人の関係性で芝居ができあがっていく部分が大きいので、そこは遠慮しないで思い切りぶつかろうと思って。撮影中は役に没頭して、本気で松田さんを大切な人と思って向き合っていましたし、松田さんも本気で受け止めてくれて。結果として、今まで自分が乗り越えられなかったお芝居ができた気がしました。

©2017『散歩する侵略者』製作委員会

黒沢監督とは今回が初の顔合わせでしたが、現場を体験されてみていかがでしたか? 

黒沢監督の作品は、ホラーとか怖い作品でも根本では「人間とは?」みたいなことを描こうとしてらっしゃる気がして。特に最近の作品は「愛」とか、より人間らしい部分を黒沢監督らしい柔らかさで描かれている気がして、すごく好きだったので、またひとつ夢が叶った感じがして嬉しかったです。
黒沢監督の映画って、感情的な表現としてはわりとストレートには演じない。例えば町中がパニックになって、後にも先にも引けない状況になっているのに「今日の晩ご飯なににする?」ってポツリと言うみたいな。世の中では大きいことが起こっているんだけれど、夫婦の世界では今日の晩ご飯の方がリアルなんじゃないかっていうお芝居で。それは自分にはない感覚だったので、おもしろいなって思いました。鳴海が真治を叩くシーンなんかはけっこう激しくて、フランス映画の女の人みたいだなって(笑)。とにかく、これまでの自分にはない感情の出し方を勉強させてもらいましたね。あと、セットも無機質なんですけどアート作品のような美しい雰囲気があって、とっても感動しました。

こんな愛の表現があるのか!と圧倒されました。

地球がついに侵略されようという瞬間、鳴海は真治に「ある提案」をします。このシーンがもう、こんなラブシーン見たことがない!という空前絶後のもので。キスも抱擁もないのに、こんな愛の表現があるのか!と圧倒されました。

そうですよね。いわゆる自己犠牲とか尽くすとかとも違う、ものすごく強靭で大きい「愛」だし…。鳴海は自分のすべてを好きな人に捧げて、人生をまっとうすることができたので、すごく幸せだったと思うし、私自身もこのシーンを演じることができて幸せでした。

宇宙人が侵略に際して人間を理解するため、家族とか仕事とか自分とか「その人が大切にしている概念を奪う」という設定もユニークだし哲学的ですよね。

確かに、概念を奪われた人が必ずしも不幸になるわけではなく、むしろ解放されたように元気になる人もいるのが、世の中のルールとか固定概念に捕われることだけが人生ではないと感じられておもしろいし、自分で自分の首を絞めてる人間って愚かでちっぽけだなと思いますよね。

©2017『散歩する侵略者』製作委員会

いろんな見方ができる映画だけに、日本はもちろん、それ以外の国でどう見られるのか楽しみです。

今までに見たことがないエンターテイメントになったと思っているので楽しみですね。これが日本人だから共感できるのか、他の国の人はどう感じるのかはわからないけど、人間とは?というのを感じられる映画だと思うし、こういうことが起こっているかもしれないというワクワク感をもって見ていただけたら嬉しいですね。

私自身、長澤さんはデビュー当時から拝見していますが、最近は人間的な強さや生命力を感じさせる女性を演じられる機会が増えていて、いい感じでキャリアを重ねられていますよね。

そう言っていただけると嬉しいですね。もともと物事の好き嫌いははっきりしている方だと思うんですけど、やっぱり若い頃は透明感がある柔らかい役が多くて、年齢によって周りのイメージも自分の趣味も変わっていくので、そういうタイミングがうまく重なったのかなと。なんだかんだで浮き沈みのある仕事だと思うので、自分は環境に恵まれていたんだなと感じますし、それをちゃんと形に残せるようにやっていきたいですね。

今後、新たに挑戦されてみたいことはありますか?

やっぱりコメディは好きなのでもっとやっていきたいですね。あんまりそういうイメージがないと思いますが、私、実は家族の中ではムードメーカーなんですよ。子供の頃からひょうきんだねって言われてきて、人を笑わせるのが好きなんです。三谷幸喜さんや松尾スズキさんとお仕事させてもらって、コメディの楽しさも難しさも知ったので、そういうものをもう少し踏み込んでやりたいなと思います。

長澤まさみさん画像ギャラリー

映画『散歩する侵略者』

第70回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門正式出品作品
2017年9月9日(土)ロードショー

【作品紹介】
数日間の行方不明の後、不仲だった夫がまるで別人のようになって帰ってきた。急に穏やかで優しくなった夫に戸惑う加瀬鳴海。夫・真治は会社を辞め、毎日散歩に出かけていく。一体何をしているのか…? その頃、町では一家惨殺事件が発生し、奇妙な現象が頻発する。ジャーナリストの桜井は取材中、天野という謎の若者に出会い、二人は事件の鍵を握る女子高校生・立花あきらの行方を探し始める。やがて町は静かに不穏な世界へと姿を変え、事態は思わぬ方向へと動く。「地球を侵略しに来た」真治から衝撃の告白を受ける鳴海。当たり前の日常は、ある日突然終わりを告げる。

【キャスト】
長澤まさみ 松田龍平
高杉真宙 恒松祐里
前田敦子 満島真之介 児嶋一哉 光石 研
東出昌大 小泉今日子 笹野高史
長谷川博己

監督:黒沢 清
原作:前川知大「散歩する侵略者」
脚本:田中幸子 黒沢 清
音楽:林 祐介

オフィシャルサイトhttp://sanpo-movie.jp/

©2017『散歩する侵略者』製作委員会

長澤まさみ

1987年6月3日生まれ、静岡県出身。
2000年に第5回「東宝シンデレラ」オーディションでグランプリを受賞。
『ロボコン』(03/古厩智之監督)で初主演し、第27回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。
『世界の中心で、愛をさけぶ』(04/行定勲監督)では第28回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞・話題賞など数々の賞を受賞した。『涙そうそう』(06/土井裕泰監督)で第30回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。
その他の主な出演作は、『岳-ガク-』(11/片山修監督)、『コクリコ坂から』(11/宮崎吾朗監督※声の出演)、『モテキ』(11/大根仁監督)、『潔く柔く』(13/新城毅彦監督)、『WOOD JOB!(ウッジョブ)〜神去なあなあ日常〜』(14/矢口史靖監督)、『海街diary』(15/是枝裕和監督)、『アイアムアヒーロー』(16/佐藤信介監督)、『君の名は。』(16/新海誠監督※声の出演)、『グッドモーニングショー』(16/君塚良一監督)、『金メダル男』(16/内村光良監督)、『SING/シング』(17/ガース・ジェニングス監督※日本語吹き替え版の声の出演)、『追憶』(17/降旗康男監督)、『銀魂』(17/福田雄一監督)など、多岐に渡り多くの話題作に出演している。
待機作は、『嘘を愛する女』(18公開予定/中江和仁監督)など。
黒沢清監督作品は今作が初出演となる。

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