Interview

odolは“踊る”なのか?“躍る”なのか? その音楽がまとった、詩的な感触の秘密を訊く

odolは“踊る”なのか?“躍る”なのか? その音楽がまとった、詩的な感触の秘密を訊く

odolは、不思議なバンドだ。“オドル”という名前を持っているものの、その音楽はいわゆるダンス・ミュージックとはずいぶん印象が違うサウンドで、体を揺らすことよりもむしろ心を震わせることにこそ意識が向けられている。歌詞は詩的でナイーブ、メロディはやわらかで耳馴染みのいいものだが、でも音楽全体の印象はどこか切実で、サウンドメイクには野心的な試みも垣間見える。
ここでは、すべての曲の作詞を手がけるミゾベリョウ(Vocal,Guitar)と、作曲を担当している森山公稀(Piano,Synthesizer)に、最新作『視線』に至る気持ちの流れと新作で感じた手応えについて聞いた。

取材・文 / 兼田達矢 撮影 / 鈴木圭

一緒にいて楽しい人をまず集めて、音は結果でいいかなってその当時は思ってました

odolは2014年に5人編成で活動をスタートさせ、昨年11月に現在の6人体制になったということですが、最初の活動はどういうふうに始まったんですか。

森山 僕が、ミゾベから1年遅れて東京に出てきたのが2013年の4月で、そこから1年ぐらいいろいろ話したりメンバーを集めたりしながら、どうしようかってなって。これで勝負みたいな気持ちは特になくて、単に高校の頃もやってきてたんで、その続きとして新たにバンドを始めたって感じです。

音楽の内容について、あらかじめ何か話したりしましたか。

森山 どちらかというと、音楽の内容よりも「人が集まって何かやると、こういう問題が起きる」とか、そういうことを重視してて、だから一緒にいて楽しい人をまず集めて、音は結果でいいかなってその当時は思ってました。

ということは、過去のバンドの反省は“やっぱり楽しいやつとやらないと楽しくないな”ということだったんですか。

森山 まあ、そうですね(笑)。友達という意味ではなくて、深いところでのセンスだったり考え方、自分なりの美学みたいなところで通じるところがないと、ちょっと話にならない、みたいなこともあると思うので。そこの共感みたいなところを大事にして集まった感じです。集めたというよりも、僕が行ったら、もうみんないたんですけど。ミゾベが知り合ってて。で、それぞれと話すと楽しいし、同じような言葉が通じたんで、じゃあ始めよということで。

odolとして作った3作品を聴くと、それぞれに肌合いは違うけれど、1本筋が通ってるように感じます。ということは、何か共通意識みたいなものが集まったメンバーにはあるんだろう、あるいはそういう人を選んだということなんじゃないかと想像するんですが、ミゾベさんどうですか。

ミゾベ 僕と森山が高校の頃にいたのが福岡なんですけど、その時に、いろんな経験をして僕たちなりに成長していったと思うんです。高校時代にある程度、こういうふうなものが好きだとか、こういうふうなものがいいと思うという方向性が、未熟ながらに固まってきてた時期だと思うんで。僕たちなりに、それは違うんじゃないかって思うような人とは、東京に出てきても一緒に音楽やらなくて、当時集まった5人のメンバー、今は6人ですけど、みんな同じようなことをかっこいいと思えるメンバーだったと思うし、それが音にも表れてるということなのかなとは思います

ミゾベリョウ(Vocal,Guitar)

それは、音楽の趣味や志向の部分での共通性みたいなものを意識したんですか。それとも、生活全般に関する価値観みたいなことですか。

ミゾベ 後者ですね。逆に、そこをいいと思えれば、例えば僕が全然知らない音楽を、僕が全然いいと思えなかった音楽を、そいつが「これ、カッコいい」と言ったら、そいつが言うなら、とそれを聴いてみて、カッコよさを見つけることになると思うんで。

その共通している価値観とは、例えばどういうことなんでしょう。

森山 それを言語化することはできないからこそ集まっているっていうところがあるんだと思うんです。ただ、このバンドは4年目に入ったんですけど、3年間一緒にいるというのは、けっこう大変な労力を要しますよね。6人とか5人だと。それができているというのは、細かい何かしらが合致して、もしくは擦り合わせながらここまで来ていることの証明だと思うんです。中学生とか高校生の頃は、集団の価値観として、言語化できるような何か1つのこだわりに着目しがちだと思うんですけど、そこの段ではなく、音楽をやるということが第一にあるので。

ミゾベ 高校で1年ずつ僕と森山でバンドやってたんですけど、最初のバンドでも、その次のバンドでも“森山とはそのバンドが終わったとしても一緒にやりたいな”と思ってたんですけど、他のメンバーとはやらないのかもなと薄々思ってたところがあって。で、僕が先に東京に来て、今のメンバーに出会って、“この人とは何年も一緒に音楽やったり一緒にいたりしたいな”と思って声をかけたので、具体的にここがどうだったとかっていうところはないかもしれないけど、感覚的に長くやりたいなという気持ちが僕にはあったのかなと思います。今思い返せば。

誰かに届けるという前提で音楽を作るなら、バンドという“社会”の中で生まれた思いや風景を出発点にしたほうが、よりリアリティがあるし、届きやすいんじゃないか

今回の『視線』を作り始める時にはどんなことを考えていましたか。

森山 去年セカンドアルバム『YEARS』を出して、その頃にやっとバンドをやるということに自覚的になったんです。メンバーみんな経験を積んで、僕も音楽大学に行って1人で作品を最後まで作ることが増えたりして、それでも敢えてバンドでやってるっていう。なんで僕はそこに取り憑かれてるんだろう?って。僕がそう思った話をしたら、みんなも「そう思ってた。確かに、そこってないがしろにできないな」という感じになって。それで、そのことについて半年ぐらい言葉だけで活動していたんです。音を作らずに。それで、そこからもうちょっと大きな話になって、人間関係だったり、自分という存在って何?という哲学的なところに考えが広がっていって、それで音楽を作り始めました。

ミゾベ 「バンドって何?」という疑問が出てきたときに、それまでは僕が歌詞を書いて森山が曲を作るというスタイルでやってきたことを疑うところは全くなかったんですけど、でも何かしらへの認識って、それを表現するとなったら、1人のほうが純度は高いということに気づいたんですよね。僕が仮に森山よりいい曲を書けなかったとしても、“これ、やりたい!”と思った僕が曲を作ったほうが純度は高いじゃないですか。だけど、森山の作る曲のほうが単純に音楽として良かったりするから…。そういうふうに考えていったときに、“なんで僕は歌を歌いたいと思って、そしてそれをこれからも続けたいと思ってるんだろう?”という自問自答に、何ヶ月間か答えがわからなくなったんですよ。1人じゃ答えはわからないままだったと思うんですけど、メンバーと話したり、ライブで僕たちの音楽を聴いてくれるお客さんの反応を見たりして、それで少しずつ答えが出てきてやっと曲を作れる状況になったんです。つまり、自分の中でこれなのかなっていう答えができてから今回の曲を作り出したんで、それまでの音楽人生と今回の曲を作りだしてからの音楽人生では、自分の中ではすごく気持ちが切り替わりました。

どういう答えが出てきたんですか。

ミゾベ いろいろあるんですけど、まずなんでバンドをやるのか?というところだと、自分たちの音楽の作り方をコラボレーションとコンビネーションということで便宜上分けて考えるっていう。そういう発想にまず至ってなかったんですけど、森山が図を書いて説明してくれて…。

森山 では、それについては、僕が説明します(笑)。そもそもの話として、自己満足ではなく音楽を作るというのは、作る快感を得るためではなく、それを誰かに届けるという前提で作る、ということだと思うんですけど、ということは社会の中に音楽を解放するってことじゃないですか。そうする場合に、個人が自分の中に深く潜っていって、そこでの何かしらの思いだったり気づきだったり風景だったりを形にするより、バンドという“社会”の中で生まれた思いや風景を出発点にしたほうが、よりリアリティがあるし、届きやすいんじゃないかっていうのがまず1つあったんです。

森山公稀(Piano,Synthesizer)

社会に送り出すんだから、最初から“社会”的な状況のなかで生み出そうというわけですね。

森山 そこで、社会的に音楽を作るというのはどういうことかと考えると、コラボレーションとコンビネーションっていう2つの作り方があるのかなと思って。コラボレーションというのは、例えば2人の人間がいて、それぞれの美学や哲学、作り方のこだわり、もしくは日常の経験だったりが積み重なって、その2つの関係が面白かったり、相互作用し合っている、というところで作品の質を高めていくという作り方です。もう1つのコンビネーションというのは、例えば僕という人間とミゾベという人間がいるんですけど、出てきた作品は1つに見えるべきであって、しかもそれは2つから生み出されたのではなく1つから生み出されたように見えるっていう。つまり、赤と青があったとして、「赤と青」を美しく置くというのではなく「美しい紫」を置く、っていう考え方がコンビネーション。そう考えたときに、バンドというのはまずコンビネーション的であるべきだと思ったんです。でも、また次の疑問がたくさん生まれてきて、コンビネーションというのはバンド内で閉じているものではなくて、作品をリリースするということは、作品の向こう側にいる受け手だったり、僕らの周りにいる人、例えば映像という形で、エンジニアリングで、あるいはライブの演出という形で作品に触る周りの人たちともコンビネーションがあるな、と。そういうコンビネーションを高めるにはどうしたらいいか?とか、そういうコンビネーションの中で何を表現するべきか?というのを、今回の作品でやってみようっていうことになったんです。

音楽に対して純粋に向き合うということが、3作目にして、けっこうできるようになってきたと思います

「バンドって何?」というところから始まったという話ですが、2曲目の「狭い部屋」という曲で、言葉は宙を舞うけれど、探していたのは誰でもどこでも手に入るものだし、全てが自然に歌になるようなものだったんだなと歌っています。それが、「バンドって何?」という疑問に対する、odolからの現時点での答案発表なんでしょうか。

森山 そうでもあるし、問題提起というか、試してみてる。これを出すことによって、僕らのこれからにどう影響してくるのか、そして聴いてくれる人にどう影響していくのか、僕らが1年ぐらい考えたことを、僕は音楽で、ミゾベは言葉で、バンドとしてはサウンドとして、試してみてるという感覚もあります。

いろんな“コンビネーション”のなかで何を表現するか? どう表現するか?ということもひとつのテーマだったというお話ですが、6曲目の「虹の端」を聴くと、「メンバー6人が集まって音を鳴らしたら、こうなりました」という、それだけの音楽というような印象を受けるんです。つまり、「何を表現するか?」「どう表現するか?」というテーマ設定をすでに乗り越えている感じもしますが、いかがですか。

森山 音楽に対して純粋に向き合うということが、3作目にして、けっこうできるようになってきたというふうには思います。「虹の端」についてはもう1つ、これは意図的に6人で音楽をやってるということを表現しようと考え始めて。それで、フラッシュアイディアとして6人で同じ楽器を使うというのはいいんじゃないかと思ったんです。それから、6人で一緒に歌ってみる、合唱してみる、という取り組みをやってみる価値があるんじゃないかって。その考えを何も音ができてない段階でみんなに共有して、それでまずギター6本と6人の声でやってみようというところからいろいろ実験を重ねていったんですけど、そういうことから始まっているので、作品を作るということにより純粋に向き合った、バンドだとかそういうフィルターをまず無しにして、向き合えた曲かなと思います。

ところで、東京に出てきてバンドを始める時に、どうしてodolという一風変わったバンド名にしたんですか。

森山 odol以外にも候補はもちろんたくさんあって、その時のこだわりというか、こういうのでつけようっていうのが、まず「英単語を並べたり英語文章的なものじゃなくて、日本語名がいい」というのがあって。で、いろいろ考えてるうちに、ミゾベがodolっていうのを出してきて、そのodolには2つの異なる意味があったり、漢字が充てられていたりするわけですよね。そういう日本語ならではの面白さもあるなと思って。最初はカタカナにしたんですけど、アルファベット表記にしたほうがより意味が抜け落ちて、音としてodolだけ残って面白いし、見栄えもいい。で、odolになったんです。

ミゾベ 今は踊れる感じのバンドがすごくいるから、「全然イメージと違った」とか言われることがあるんですけど(笑)、僕たちがこのバンドを始めようとした時は、そういうバンドよりも、例えばラウド的なバンドがシーンの主だったんですよ。なので、あんまりそういうイメージがないままつけたんですけど、無意識のうちに、odolっていう言葉と、心が躍るにしても、ダンスの踊るにしても、音楽に対しての関係性みたいなのがあるからodolっていうのが僕らの中でしっくりきたのかなっていうことを思いました。

最後の質問なんですが、こうやっていい新作ができて、これから先はどうしましょうか。どんな展望を持っていますか。

ミゾベ どういう曲を作ろうみたいな具体的なところは、これだという感じで進めてるわけじゃないんですけど、関わってくれる人間だったり、曲聴いてくれるでもいいし、こういうふうに曲について話したりして関わることでもいいし、またメンバーが増えるとかそういうのでもいいんですけど、関わってくれる人間の数が増えていけばいいなとは思います。

森山 今後どうしていきましょうかということに関しては、楽しみにしていてくださいということしか言えなくて、それはなぜかというと、芸術活動というのは僕らメンバーの中だったり僕とミゾベの中で何かを言葉だったり音だったりで反射させながら考え続けるということだと思うんです。それを続けてるうちに、1つ納得がいって、一旦ここで終わりってしたのが作品だと思うんですね。それをまた僕らが見たり誰かがそれを受け取ってくれて、新たな意味、解釈が生まれたり、気づきが生まれたり、色が生まれたり風景が生まれたりっていうことを、続けていくだけなので。これまで3作品関わって、もし関わってよかったというか、何かしら影響を受けたなって思ってくれてる人は、次もやりましょうということですね。僕たちも続けるし、あなたもそれを続けていただければ僕らは幸せだしっていう。それがまた次の何かに、芸術活動と同じ意味で人生に繋がっていけば、もっとうれしいし。そうやって生きていくことを続けるだけなので。そういう意味で、そうやって一緒に何かできる人、リスナーだったり関係者だったりメンバーも含めて、多くなるのは嬉しいので、それを目指していきたいなと、今後も思っております。

楽しみにしています。ありがとうございました。

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ライブ情報

<odol TOUR 2017“視線”>

11月10日(金) 愛知・池下CLUB UPSET
11月12日(日) 福岡・天神graf
11月26日(日) 東京・渋谷WWW

odol

ミゾベリョウ(Vocal,Guitar)、井上拓哉(Guitar) 、早川知輝(Guitar)、Shaikh Sofian(Bass)、垣守翔真(Drums)、森山公稀(Piano,Synthesizer) 。
東京にて結成。2014年2月に1st demo ep「躍る」、7月に2nd demo ep「生活/ふたり」をbandcampにてフリーダウンロードで発表(※現在は終了)。同年、「FUJI ROCK FESTIVAL’14 ROOKIE A GO-GO」に出演。2015年5月20日、1st Album『odol』をリリース。2016年5月18日、2nd Album『YEARS』をリリース。タイトル曲「years」が日本郵便「ゆうびん.jp/郵便年賀.jp」のWeb CMに起用される。11月、早川知輝が加入して6人体制となる。2017年1月、新木場STUDIO COASTにて開催された、TWO DOOR CINEMA CLUB来日公演のオープニング・アクトを務める。9月、1 st EP「視線」をリリース

オフィシャルサイトhttp://odol.jpn.com