【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 37

Column

80年代を象徴するバンド、オフコースを語り始めたら停まらなくなる! さて今回は序章 『LIVE』で「さよなら」を聴いてみる

80年代を象徴するバンド、オフコースを語り始めたら停まらなくなる! さて今回は序章 『LIVE』で「さよなら」を聴いてみる

オフコースのデビューは1970年の4月であり、80年代を扱う当コラムとは、時代のズレを感じるかもしれない。しかしオフコースのことを、世間は“70年代的なグループ”とは言わない。“80年代的なグループ”と語り継ぐのが一般的だ。実際、年表をみてみると、彼らの“活躍”は、ぴったり80年代と重なるのである。

もちろん70年代も、彼らにとって実り多きものだった。例えば名作『ワインの匂い』(75年)。僕は常々、なぜメディアは、このアルバムをはっぴいえんどの『風街ろまん』やサディスティック・ミカ・バンドの『黒船』のように、日本のポップ〜ロック史のなかで高く位置づけないのか疑問なのだが、このあたりを深掘りすると、“80年代的”なことから離れてしまうので、今回は先に進むことにしよう。

さっき“実り多き”と言ったが、“実り”は多くても、ちゃんと出荷され、人々のもとへ届かなければ意味がない。オフコースはそのあたり、ちょっと手間取った時代も確かにあった。そして70年代が終り、80年代の声を聞かんとする、まさにその時…。1979年の12月にリリースされたのが、「さよなら」だった。

この作品がヒットする以前、“さよなら”という言葉がメロディが伴い、日本国民に認識された例としては、都はるみの「好きになった人」が挙げられる(1968年に発売され、その後、ロング・ヒットとなる)。あの歌の場合、“さよぉ〜な〜ら さよなぁ〜ら〜”という節回しなのだが、それを約10年後、見事に覆したのが「さよなら」なのだ。

いや本人達は、もちろんそんな気はなかっただろう。そもそもこの作品、小田が最初に曲のプロトタイプを書いた時、“さよなら”という歌詞はなかった。その代わりにサビは、“それでも あなたは”、みたいな言葉だったのである。

久しぶりに「さよなら」を聞いてみよう。せっかくなので、ここではオフコースが80年5月にリリースした、『LIVE』というライブ・アルバムで聴いてみたい(LOVEの一文字を書きかえて“LIVE”だなんて、シャレてます、このジャケットのセンス…)。ちなみにこの音源、1980年2月1日の新宿厚生年金会館のものだ。

てことは、すでにシングルはリリースされていた。ただ、発売してまだ1か月半ほどの、初々しい時期のものといえる。演奏前、もちろん大拍手が起こる。しかしイントロが始まると、水を打ったように静まりかえり、みんな素晴らしい集中力で、演奏に聴き入る。スマホがなかったこの時代は、コンサート会場の雰囲気が、今より“隔離された別世界”という感覚だった。

ライブ録音なので、各楽器のバランスに関しては、整ったものではない。でも逆に、この数分間に込められた数々の音楽的なアイデアが、分りやすく届いてくる。この5人で、やれることは総てやってる印象だ。キーボードのイントロを、ただ弾くだけじゃなくそこにギターが別のコードを加え、変化をつけてる。絵画なら、表面の絵の具だけじゃなく、下地の絵の具も計算し、深い色彩を生んでく手法に近い。有名なサビのコーラスのアァ〜アァ〜も、歌う小田の主メロを越えて、さらに先のほうへも響いてるあたり、斬新そのものだ。

でもハッキリしているのは、曲を書き詞を書きアレンジしてバンドで演奏するという、そんな単純作業では生まれなかった作品、ということだ。

詞とメロディの融合に関しては、今も多くの人が頭を悩ませているだろうが、僕がこの曲に強く感じるのは、詞とメロディもそうだが、詞とアレンジとの相関関係だ。

“もう 終りだね”の冒頭は、主人公の独白なのか心の声なのか、そのどちらとも取れるようなサウンドに包まれている。“「私は泣かないから〜”は、明らかにそこに、他者が割り込んできていることが、サウンドのキャラクターの変化で分る。“「僕らは自由だね〜”では、“自由”という言葉をギターの力強いサウンドが後押しするかのようだ。

そもそもAメロが多い構成の作品なのだが、このあたり、歌詞をまったく知らずにオケだけ鑑賞したら、矢継ぎ早に変化し過ぎる印象にもなるのだろう。まさにこれ、歌詞とアレンジの相関関係があってこそ、成立してると言える。

[おまけ]

明石家さんまさんが彼女と別れるとき、そっと「さよなら」を流した、という伝説を、以前、よく目にしたものである。今回ネットで、そのあたり、調べてみた。すると、僕が知らない事実を知った(知らなかったのは僕だけかもしれないが…)。実はさんまさんは、藪から棒に「さよなら」をそうした目的で使用したわけではなかったのだ。まず彼女が彼の部屋にやってきて、松山千春の「恋」を流したという。冒頭の歌詞は、「愛することに疲れたみたい」、である。その時、さんまさんはこの恋も潮時なのかなと感じて、自分の部屋にあったレコードのコレクションから、咄嗟にオフコースの「さよなら」を選び、“もう 終りだね”、と、返したというのだ。ここでオフコース・ファンとして確認しておきたいのは、もともとさんまさんはこの曲が大好きだっただけで、アーティストのことを揶揄したりする気持ちはまったくなかった、ということなのだ。

文 / 小貫信昭

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