黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 7

Interview

バンダイナムコ小山順一朗氏(下)価値観を変え市場を切り拓く力とは

バンダイナムコ小山順一朗氏(下)価値観を変え市場を切り拓く力とは

音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。

今回はバンダイナムコエンターテインメントに於いて、様々なアーケード向けゲームコンテンツをプロデュースし、現在は、8月に新宿ミラノ座跡に開業したVR ZONE SHINJUKUでのコンテンツをプロデュースする小山順一朗氏にお話を伺いました。幼少期から現在に至るキャラクターやコンテンツへの熱い愛と、未来のエンタテインメントへの強い想いを伺いました。

※本記事は3回にわたってお届けするインタビューの最終回です。第1回(上)第2回(中)はこちら

インタビュー取材・文 / 黒川文雄

『アイドルマスター』の原点は『ドラゴンクロニクル』

なるほど、それはすごいなあ。それが功を奏して『太鼓の達人』やアーケード版『マリオカート』、『アイドルマスター』にいたったわけですね。『アイマス』はその前からプロジェクト自体は進行していたんですか?

小山 『アイドルマスター』は自分が考えました。『ドラゴンクロニクル』って分かります? 当時、セガの『ダービーオーナーズクラブ』が当たっていたので、ナムコでもああいった継続して遊べるものを何かやんなきゃねってことになって作り始めたんです。カードを使ってドラゴンを育成して戦わせるという、『ダービーオーナーズクラブ』の馬がドラゴンになったような感じですね。

結局、これは売れたんですけど、営業は当初すごい懐疑的で。開発費もかかるし200台も出ないんじゃないのって。今のバンダイナムコホールディングス会長の石川祝男(注29)も「小山、小山。『ドラゴン』が売れなかったらどうする。バックアップでなんか考えてくれよ」と。「オッケー、じゃあ考える」って言って、『バイオハザード』を一緒にやった石原君(注30) とふたりで考えて、「今ギャルゲーがダメだからさ、ギャルゲーにしよう」と。

注29:『ワニワニパニック』などを開発、バンダイナムコホールディングスの社長を経て、現在は同社の代表取締役会長を務める。
注30:『アイドルマスター』シリーズの総合ディレクターを務めた石原章弘氏のこと。

そういえば、当時はギャルゲーが下火でしたね。

『ASAYAN』からのヒント!ゲーマーをプロデューサーに!

小山 厳しい話はあちこちで聞いていましたからね。そんなときだったので逆にというのと、自分はつんく♂さんの『ASAYAN』をよく見ていてゲーマーをプロデューサーにしようと。

それは面白い発想ですね。

小山 自分は「『ASAYAN』がいいよ、アイドルだよ」、石原君は「プロレスがいいよ、女子プロが」みたいなやり取りをよくしていました。ただ、アニメの絵で動かすっていうのは大変だったんですね。某会社に行って、「歌って踊るシーンをアニメで作ってください」って言ったら、すっごい金額を返されて、「ウチの予算じゃムリっす」みたいな。どうしようってことで、そのときちょっと流行り始めてたトゥーンシェイダーでやってみることにしたんです。

でも、あのときは自由自在に動くアイドルのアニメ絵のカットとかなかったんです。仕方ないので、女性3人にアイドルの動きをしてもらって、それをモーションキャプチャーで撮って。カメラを自由に動かしたら、アイドルが歌っているように見えるんじゃね?――みたいな考えだったんですけど、やってみたらホントにそう見えて、「なかなかいいじゃーん!」と。

そういう経緯だったんですか。

小山 あと影ですね……影が動くのがちょっと気持ち悪くて、データ的にもけっこう重かったので「影をつけるのはやめよう、最初から描いちゃおう」と。そこにこだわるよりも自由自在に60フレームで動いてカメラを回せて、アイドルが歌ったり踊ったりしてるように見えたほうがいいじゃんってなったんですね。ちなみに、(影が)アザみたいに見えるから「アザーシステム」と呼んでました(笑)。

なるほど~。

小山 とにかくお金がなくて、フルボイスだったのですが、声優さんたちには2年間手弁当で頑張ってもらいました。新人さんたちばっかりだったから、できたんですけどね。今はもうみんな有名になっちゃいましたけど、ありがたかったです。

でも、すごい長寿コンテンツですよね。家庭用に移植されて今はスマホになり。本当にすごいものを作られましたよね。

小山 最初のロケテストを池袋のサントロペでやったときは5時間待ちになって、それを見たオペレーターたちが「これはすげえ!」となりましたね。結果、500台くらい出て、インセンティブもすごい入ってきて大成功でした。ただ、インセンティブをみんなに分けるのは大変でしたね。「これだけやった」ってみんな言い出して、自分もプロデューサーだから「これくらいいいでしょ?」みたいな(笑)。

でも、励みになりますよね。

小山 そうですね。20代、30代前半で何百万と一気にもらえますからね。シールプリント機とか『太鼓の達人』チームはすごいもらってましたよ。

ちなみに、今もそのシステムはあるんですか?

小山 (バンダイとの)会社統合後はなくなりましたね。自分は『戦場の絆』が最後でした。

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