黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 8

Interview

水口哲也氏(上)「スペースチャンネル5」天才クリエイターの原点

水口哲也氏(上)「スペースチャンネル5」天才クリエイターの原点

音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。

水口哲也の異人的存在感はカッコいい。そして、そのカッコよさは、諦めない心の葛藤と、人生の良きタイミングで彼が導き出したその成果によるものだと思います。水口氏は、株式会社セガ・エンタープライゼス(当時)に於いて、黎明期のコンピュータグラフィックスで新しい映像コンテンツに取り組み、そののちにアーケードゲーム「セガラリー・チャンピオンシップ」など新しいレースジャンルを開拓、さらにはゲームとビジュアルとサウンドがミックスした「Rez」「スペースチャンネル5」などをプロデュース、そして今再びバーチャルリアリティを纏(まと)って「Rez Infinite」でバーチャルリアリティのあるべき姿を世界の人々に提示しました。

今回は、彼を突き動かすその情熱の背景を幼少期から現在に至る心の深淵を覗くインタビューをお届けします。

インタビュー取材・文 / 黒川文雄

横浜の記憶と未知のドア

3歳頃の水口少年。横浜の山の中を駈けずり回っていた。

水口さんは1965年生まれ、北海道の小樽市出身とうかがっていますが。

水口 実は、2歳くらいで東京の荻窪、そして横浜に移って、小学校4年生の時にまた北海道に戻ったんです。だから、小樽の記憶ってほとんどないんですよ。幼少の頃の記憶で大きいのは横浜ですね。自分の記憶がどこから始まるかといったら、僕の場合は横浜なんです。南区永田町っていうところで、横浜といってもかなり奥の方なんですけどね。

ちょっと山ぞいのほうになるんですか。

水口 ちょっとじゃないですね。昔はホント山の奥だったんですよ。山の上のほうに親父の会社の社宅があって、小学校に行くのに山ひとつ下らなきゃいけないとか。家に帰るときは上らなきゃいけないし、周りも森だらけで虫とか鳥とかの宝庫でした。そういうところだったので、けっこうワイルドな記憶ばかり残ってます。もう、今は山なんか切り崩されちゃってますけどね。

ああ、もう造成されちゃってますか。

水口 大人になってから訪ねたんですけど、周りは全部宅地とマンションになっていて、まったく見る影なかったですね。

お父様のお仕事の関係で横浜に移られたのですか?

水口 そうですね。親父の会社は札幌が本社で東京の支社に転勤になって。それでまた本社に戻ったって感じですね。

差し支えなければどんなお仕事だったのか教えてもらえますか?

水口 エネルギー系の会社です。ガスとか酸素とか太陽電池とか、そういうのを扱っている会社でした。

もう少し横浜時代について聞かせて下さい。住んでいたところが山とはいっても、やっぱり都会的な部分にも触れていたと思います。何か感化されたものはありませんでしたか?

音楽嗜好も幼少期からのものか…?

水口 う~ん、そうですね……僕が住んでいたところは車が通れないような細い道とか階段だけの道とか、神社周辺に洞窟があるとか、冒険するには飽き足らないくらいの場所がたくさんあって、ダンジョンのようでした。そこからバスに揺られて20分~30分行くと横浜の駅前に出るんですね。そのコントラストは確かにけっこう楽しかったです。

横浜での幼少期のスナップ、クルマ好きのルーツもここから・・・

大自然と都会みたいな感じですかね。

水口 まったく風景が変わるんで。当時の横浜駅周辺はすでにけっこう栄えていましたし、確かあれば高島屋だったかな? 巨大なデパートができて、すぐ近くに港もあるし、中華街もあるし。そう言われてみると、けっこうあの環境からもらったものは大きいような気がしますね。中華街とかってやっぱり違う世界だし、いろんな言葉が飛び交ってるし、かなりカオスでしたね。

当時はそうでしたね。

水口 子供心にちょっと怖かったですよ。文化も明らかに違うって感じで、店に入るとまったく知らない未知のドアを開けるみたいな、ね。

なるほど。それで、北海道に戻られるわけですけど、また小樽に?

水口 いえ、札幌なんです。

札幌だったんですね。小学生のときに戻られて、それからいつまで札幌ですか?

水口 高校を卒業して1年浪人するまでです。

その頃の生活はどうでしたか?

水口 親父にとって北海道はホームって感じだったと思うんですけど、僕は物心ついてから移ってきましたから、最初はかなりアウェイ感が強かったです。しかも、引っ越したのが3月だったんですね。まだ、すごい雪が残っていてビビりましたね、雪の多さに。

確かに、それはビックリするかもしれないですよね。

水口 なんかもう寒さの質が違うんですよ。1年の半分は冬で、雪があって、その雪も東京で降る雪とまったく違う。空気の肌感とか、匂いとかも全然違っていて、すげーところに来ちゃったなあって、すごく緊張したのを覚えてますね。

小学校2年生の頃

雪が違うというのは、やっぱりドサッと降る感じなんですか?

水口 音でいうと「ドサッ」ていうより、なんだろうなあ……雪に重さがないんですよ。ホントに粉みたいというかパウダーみたいな。しかも、一晩吹雪いて朝になったら、もう外に出られないぐらいの雪が玄関の前にぶわあーっと積もっていたりするので。だから、だいたい朝は学校に行くために雪かきの作業から始まってましたね。

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