【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 39

Column

オフコースを語り始めると止まらなくなる。彼らの“口ほどにモノを言う”アルバム・タイトルをプレイバック!

オフコースを語り始めると止まらなくなる。彼らの“口ほどにモノを言う”アルバム・タイトルをプレイバック!

アルバムを作ったはいいけど、タイトルを決めるのに苦労した、みたいな話、けっこう聞く。その予防策じゃないけど、タイトルを決めてから作り始めることもあるようだ。ま、ハッキリ決めないまでも、[仮]として頭に入れておき、出来上がって最終的に決定する、みたいなやり方も、けっこう実践されてるらしい。[仮]の言葉が上手く全体を方向づけてくれると、作業がスムーズに進むそうである。

オフコースの場合、どうだったのだろう。これがまさに、“口ほどにモノを言う”アルバム・タイトルが多かった。ちょっとした“タイトル名人”だったのだ。

有名なのは『We are』⇒『over』⇒『I LOVE YOU』という、怒濤の3タイトルだろう。さらに『We are』の前の『Three and Two』も含め、これらはまさに、彼らのグループとしての“指針”や“状況”、“成果”を表わすヴィヴッドな言葉の連続だ。

こうしたタイトルの付け方が、なぜ可能だったのだろう。それは彼らにとって、「バンドになること」「バンドをやること」自体が、活動する上での大きなコンセプトだったからだ。

当時、これらを順番に受取り、5人のオフコースを最後まで見届けた人達は、“共に歩んできた”という想いを強く感じたことだろう。世の中に向け、正直に“バンドの今”を伝えてくれた彼らだったからこそ、ファンの間に熱い想いが芽生えたのだろう。

この時期の作品に関しては、今後、アルバムごとに詳しくやっていこうと思う。今回はその前に、『Three and Two』以前にも、ちょっと触れさせて頂こう。

『SONG IS LOVE』(76年11月)、『JUNKTION』(77年9月)、『FAIRWAY』(78年10月)という、この3つの作品だ。小田和正のこんな発言がある。

実はこの時期のアルバムは、三つが塊のようなんだ。後から思い出してみても、どれが最初
で どれが後なのか、判然としなかったりもする。これらをひとまとめにして、“試行錯誤”とでも
タイトルつけて、ここに改めて提出したいくらいなのさ

(『YES-NO 小田和正ヒストリー』(角川書店 129ページ)

“三つが塊”なのは、時間が経ってからの回想ゆえのことでもある記憶の遠近が縮まり、“塊”という表現に至ったと思われる。「“試行錯誤”とでもタイトルつけて」という発言は、“フォークのオフコース”が“ロックのオフコース”へと移行する過程において、まさにこの言葉通り、失敗を恐れずトライアルを繰り返した時期ゆえの感慨と思われる。

一方、これらの作品について、彼らのディレクターを務めた東芝EMIの武藤敏史氏が、『オフコース/Three and Two』(八曜社)という本のなかで語っている。貴重な証言なので、紹介しながら進めていく(引用は237〜239ページからです)。 

『SONG IS LOVE』に関しては、箱根のスタジオで合宿しながら制作したこともあり、全ての曲に愛着があるという、そのあたりの全員の気持ちがアルバム・タイトルにも繋がっていった模様である。

注目すべきは『JUNKTION』と『FAIRWAY』だ。なにやらこのふたつは、当時の“指針”や“状況”、“成果”を表わしたものに思える。

まず前者だが、通常はこの言葉、“分岐点”と受け取れる。『地球音楽ライブラリー 小田和正』(TOKYO FM 出版)の紹介ペ−ジも、「『JUNKTION』には分岐点という意味がある」という文章で始まっている。

武藤氏は、どう捉えていたのだろうか。「このアルバムを僕の視点から見ると、オフコースの音楽的な幅と奥行きを確認したものと言えそうだ」、「オフコ−スは何でもできる。それだけ幅の広さを持ったグループなんだということを証明するアルバムにしたかったわけである」。武藤氏は、本の中でこう語っている。

確かに聴いてみると、これまで以上にシティ・ポップ的な要素があり、幅広い仕上がりである。

この言葉を受け、改めて“JUNKTION”というタイトルを解釈してみよう。もちろん“分岐点”でもいいけど、彼らの中の多様な音楽性が、様々に立体交差している“状態”を表わすのが、このアルバム・タイトルという気がする。表わす、というか、それを“指針”として制作した、というか…。

『FAIRWAY』はどうだろう。この時期になると、様々な予感があったようだ。いよいよオフコースがブレイクするのでは、という予感である。「売るための小細工は一切必要ない。あとはただ音楽のフェアウェイを進んでいけばいいのだ、という考えをそのまま生かして、このアルバムのタイトルも生まれた」。武藤氏の言葉も力強い。

なるほど、なるほど…。だからこんなタイトルだったのか。合点がいった。つまりは気高き音楽の正攻法、それが“FAIRWAY”精神、というわけだ。

そして予感は的中。このアルバムが出たのが1978年の10月。その3か月後には、「愛を止めないで」のヒットが生まれたのだ。

文 / 小貫信昭

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