Interview

井上芳雄が運命的な出会いを果たした「風のオリヴァストロ」を初のシングルに。必然の帰結に熱い想いを語る

井上芳雄が運命的な出会いを果たした「風のオリヴァストロ」を初のシングルに。必然の帰結に熱い想いを語る

東京藝術大学音楽学部声楽科在学中(3年時)の2000年にミュージカル『エリザベート』で鮮烈なデビューを果たし、“ミュージカル界のプリンス”としてシーンを牽引し続けている井上芳雄が、自身初となるシングル「風のオリヴァストロ」をリリースした。今年に入り、大河ドラマ『おんな城主 直虎』 やドラマ『小さな巨人』に出演し、舞台も『陥没』『グレート・ギャッツビー』に続き、橋爪功との二人芝居『謎の変奏曲』にも挑戦。声優やナレーションも含め、幅広いフィールドで活躍し、多忙を極めるなかでシンガーとしての活動にどう向き合っているのか。「僕の根っこは歌手」と言い切る彼の歌への想いとは。

取材・文 / 永堀アツオ 撮影 / 関信行
スタイリスト / 吉田ナオキ
衣装協力 / ONS原宿店 03-5468-2250
(ニット:ONS原宿店 03-5468-2250、その他:スタイリスト私物)

この歌はちょっと特別。自分にとっての歌う意味が表れている

ドラマに舞台と、休む日がないくらい多忙な日々が続いてますね。

毎日、生きていくので精一杯で、もう記憶がないくらいですね(笑)。やれることがたくさんあるのはありがたいことだなと思いながらも、本当に何の余裕もなくて。そのときそのときでやるべきことを必死にやるという毎日です。

現在は橋爪功さんとの二人芝居『謎の変奏曲』が上演中(10月8日まで)ですし、先日は音楽バラエティ『関ジャム』にも出演されてました。

そうですね。自分がやらせていただく仕事の幅が広がっていて。10年前だったら、ミュージカル俳優がこんなふうにテレビに呼んでもらうことはあんまりなかっただろうなって思うので、嬉しいことですよね。

ミュージカル映画『美女と野獣』や『ラ・ラ・ランド』などのヒットでファン層が拡大したなかで、歌えて踊れて、芝居もできるミュージカル俳優への注目度も上がってます。

『アナと雪の女王』以降、日本の人たちも歌ったり踊ったりするという表現に慣れてきたというタイミングなので、そういうところもあるでしょうね。あとは、舞台から映像のフィールドにいくっていうのも、小劇場系の俳優さんは昔からありましたけど、ミュージカルからという人はあまりいなかったんですよ。でも今は、(山崎)育三郎とか、新妻聖子ちゃんのように、舞台をセーブしても挑戦してみようっていう人が出てきたのも大きいですね。実はなかなかサイクルが合わないので。

そうですよね。舞台の場合は2年前くらいから出演が決まっていて、ドラマの制作が動き出した頃には、すでにスケジュールが埋まっていたりもしますし。

そうですよね。でも、映像のほうに特化してきた人たちも現れてきたっていうのはいい流れなんじゃないかなと思いますね。

井上さんご自身はどう考えてますか?

いろんなことをやらせてもらって、そのバランスで今の自分があると思いますけど、僕は、もともとは歌手だと思ってるんです。幼少期に教会の聖歌隊に入って歌の楽しさを知ったところからすべてが始まっていて。地元の福岡で小学4年生のときに劇団四季のミュージカル『キャッツ』を見て感動したのも、小さい頃から歌を歌っていたからだと思うんです。だから、いまだに“根っこが歌手だ”という想いは変わらないですね。だからこそ、歌手の活動はこれまでもいろんな形でずっとやってきてますし。

ミュージカルのプリンスと称されてますが、本質的にはシンガーという意識が強い?

今は俳優の仕事のほうが割合的には多いので、俳優という意識もあるんですけど、やっぱり、歌うことから表現を始めたという自負はあります。お芝居をやったり、バラエティをやったり、トークをやったりするのと、歌をやるっていうのはまた違う心構えがありますね。歌のほうが、息をするのに近い。苦労なく歌えるっていうわけではないんですけど、息をするように、自然とやってることに近い気がしますね。

ミュージカルで歌うときと、シンガーとして歌うときも違いますか?

曲の組み立てというか、成り立ちも違いますしね。シンガーのときは役を背負っているわけではないので、より自分に近くなるとは思います。ミュージカルの中だと役の感情が高まって歌になるわけだから、激しい歌い方だったり、抑揚がついてるものが多いので、わりとドラマチックになりますから。シングルカットしてもらうような曲は、自分の歌を通して、ひとつの世界を見てもらうという感じですね。あんまり(感情が)デコボコしているよりは、ひとつの絵が見えるように歌えればなと思っています。特に、今回のシングル「風のオリヴァストロ」は、優しく寄り添うような歌なので、全然違う気がしますね。

個人名義では初のシングルになります。

いままでシングルは出したことがなかったんですけど、この歌はちょっと特別で。自分にとっての歌う意味が表れている曲なんですね。もともと自分が好きで聴いていただけの曲が、作曲の宮川彬良さんと作詞の安田佑子さんが快諾してくださってシングルで出せることになって。だから、本当に不思議な縁を感じています。

井上さんの“歌う意味”というのは何ですか?

突然の別れで大切な人を失った人の曲なんですけど、僕のテーマとして、“いなくなった人との対話”っていうのがずっと根底にあって。もともと、秋川雅史さんの「千の風になって」やクミコさんの「わたしは青空」のような曲になんだか心惹かれるというところがあったんです。大切な人を亡くすというのは誰もが経験することで、そういうときにこそ、音楽や歌が寄り添えるのではないかとずっと思っていて。自分が歌を歌う意味の大きな部分が、災害や事故も含めて大切な人を亡くした方に寄り添うことだったので、歌うべくして歌うことになったのかなっていう気がしますね。

改めて、この曲との出会いをお伺いできますか?

本当に偶然なんですよね。宮川彬良さんとは何度かお仕事をご一緒させてもらっていて。素晴らしい作曲家だと思っているんですけど、何かのきっかけで彬良さんの曲を調べていて。その中に「風のオリヴァストロ」が入っていたんです。韓国の歌手の方が日本語と韓国語で歌ってらっしゃったんですけど、それを聴いたときに、ものすごくいい曲だなと思って。気に入って、お風呂で歌ったりもしていて。それが、あるとき事務所のコンサートがあって「一曲だけ、ソロでなんでも歌っていいよ」と言われたので、そのときに初めて「みんなは知らないと思うけど、この曲が好きなんで歌ってもいいですか?」って。そこで聴いてもらったら「いい曲だね」ってなったし、実際に初めて聴いたお客さんからも「涙が出ました」っていう声をたくさんいただいたんです。それと、自分に合ってるなとも思ったんですよね。彬良さんが書く曲と僕のキーがぴったりなんです。そういう偶然というか、運命的な出会いで、ちょっとずつ歌うようになって、じゃあ、CDにしようかっていう話になって……。

事務所のコンサートはいつのことですか?

去年ですね。

じゃあ、とんとん拍子にCD化まで話が進んだんですね!

なんだか、大穴を狙って、このまま“紅白”に行けるんじゃないかっていう気持ちになるくらい(笑)いい曲だと思うし、不思議な曲ですね。

歌詞は、大切な人との別れに対するどんな想いを歌ってると言えばいいですか?

何かで読んだんですけど、人が人生の終わりに伝えたいことって2つあって。「ありがとう」と「ごめんさない」なんですよね。まさに、そういう歌です。どんな別れ方をしても、悔いって残ると思うんです。そのときの悔しい気持ち……もっとああしておけば良かった、こうしたかったっていう想いが詰まってると思うんですけど、悔しくて悲しいよっていうだけの歌ではなくて。“オリヴァストロ”はオリーブ畑という意味なんですけど、どこだかわからないけど天国のような気持ちのいいところに“私”はいて、“あなた”から嬉しくなるような風が届いているよっていう。そんなに状況を限定してはいないので、誰にでも当てはまるところがあるような素敵な詞だと思います。基本的には、“あなた”がいなくて寂しいんだっていう“私”の想いが流れているけど、“あなた”は“私”とずっと繋がっていますよって優しく寄り添うような歌だと思いますし、何より、後悔したり、悔やんだりすることも当然なんだ、それでいいんだって言ってくれてるところが励ましにもなるなと思いました。