モリコメンド 一本釣り  vol. 34

Column

羊文学 シリアスなムードを美しく描き出す物語性。心を強く揺さぶられる感覚は、優れた文学作品に触れたときのよう

羊文学 シリアスなムードを美しく描き出す物語性。心を強く揺さぶられる感覚は、優れた文学作品に触れたときのよう

“羊”“文学”から思い出すのはもちろん村上春樹の「羊をめぐる冒険」である。村上のルーツのひとつであるレイモンド・チャンドラーの「The Long Goodbye」の影響を色濃く感じさせるこの長編小説の主人公は、4年間の結婚生活を終えたばかりの“僕”。突然かかってきた1本の電話をきっかけにして、あるものを探す旅に出るのが(それが何であるのかはよくわからない)というのが、本作のあらすじだ。まるでデティクテブ・ストーリーのように生き生きと始まる「羊をめぐる冒険」だが、物語が進むにつれて、徐々に憂いを帯びた空気に包まれる——かなり強引なこと物言いであることはわかっているが、“羊文学”の音楽からも似たような雰囲気を感じた。ポイントはふたつ。様々な音楽からの影響を独自の表現へとつなげるセンス、そして、決して明るいだけではない、シリアスなムードを美しく描き出す物語性だ。

3ピースバンド“羊文学”は2012年、当時高校1年生だったボーカル&ギターの塩塚モエカにより結成された。その後、何度かのメンバーチェンジを繰り返し、現在はモエカ、ゆりか(Ba)、福田ひろ(Dr)の3人で活動を行っている。2016年にFUJI ROCK FESTIVALの“ROOKIE A GO-GO”(オーディションによって出演バンドが決定される、新人の登竜門的ステージ。過去にASIAN KUNG-FU GENERATION、サンボマスター、THE BAWDIES、女王蜂、cero、Suchmosなどが出演)に出演。会場限定の自主制作作品がタワーレコード未流通チャートで好アクションを記録するなど、早耳の音楽ファンから徐々に注目を集めている羊文学が1st E.P「トンネルを抜けたら」(10月4日リリース)によって本格的なデビューを果たした。そして、本作「トンネルを抜けたら」には、このバンドの本質が生々しく刻み込まれている。

「トンネルを抜けたら」は鋭利な手触りのギターリフを軸にした「雨」から始まる。ギター、ドラム、ベースがぶつかり合いながら、不協和音と変則的なリズムを交えた独創的なアンサンブルが出現し、このバンドにしか生み出せない世界観——単なる雰囲気のことではなく、“自分たちの目に世界はこう映っている”という意思を音によって具現化しているのだ——につながっていく。抒情性と激しさを併せ持ったメロディも素晴らしい。

ストーリーテラーとしての魅力を伝えているのが、2曲目の「春」。「もういいかい/君に本当のことを話すよ」というフレーズから始まるこの曲(何を話すのかは、実際に曲を聴いて確かめてほしい)の背景には、歌詞のなかで語られない部分も含めて、じつは奥深い物語が存在している。“私”と“君”の関係、2人の間にどんなことがあり、どうしてこういう結果に至ったのか。「春」を聴いていると、そんなふうに様々な想像が膨らんでいくのだ。直接的でわかりやすい言葉だけではなく、行間に豊かなストーリーを潜ませることができるモエカのソングライティングは既に明確な個性を備えていると思う。まるで舞台の場面展開のように表情を変えるサウンドも、歌詞の物語を際立たせている。

その他の楽曲もじつに興味深い。まさしくウネるようなバンド・グルーヴとともに、尽きることのない思考に捉われた“僕”の思いを描き出す「うねり」。ポストパンク的なテイストを感じさせるアレンジのなかで、恋愛やダンスを謳歌できない男の子の姿を映し出した「踊らない」。深くコーラスを効かせたギター、まるで語りかけるように奏でられるメロディ、「大人になるにはまだ早く、子供でいるには知りすぎた。」という歌詞がひとつになった「Blue.2」。そして、抑制の効いたリズムと軽やかなメロディ、ノイジーなギターによって、新しい世界に向かう決意を表現した「Step」。楽曲によって異なる映像が頭のなかに生まれる感覚もまた、羊文学の魅力だろう。

その場だけの盛り上がりを目指すのではなく、言葉とメロディを軸にした芸術を追求しているように感じられる3人の楽曲は、聴き手ひとりひとりの心を強く揺さぶり、“この世界にずっと浸っていたい”という欲求を呼び起こすはず。それはまさに優れた文学作品に触れたときの状態と共通している。まずは想像力を全開にして「トンネルを抜けたら」の楽曲にじっくりと向き合ってみてほしい。そのときにあなたの内面で起こった変化、聴き終わったときに周りの世界がちょっとだけ違って見える感覚こそが、音楽がもたらす本質的な力なのだから。

文 / 森朋之

オフィシャルサイトhttps://hitsujibungaku.jimdo.com

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