Interview

『ひよっこ』でブレイク中の古舘佑太郎が「2」という新バンドを始動させた衝動は何だったのか。

『ひよっこ』でブレイク中の古舘佑太郎が「2」という新バンドを始動させた衝動は何だったのか。

2015年に無期限活動休止を発表したThe SALOVERSの古舘佑太郎(Vo / Gt)が新バンド2(ツー)を始動したと発表されたのは、今年5月だった。メンバーには親交のあったバンド、元ポニーテールスクライムの加藤綾太(G)、赤坂真之介(B)のふたりと、北海道でサポートドラムとして活動したyucco(Dr)を迎えて、ライブ活動を行っていたが、そんな彼らが10月4日にファーストアルバム『VIRGIN』をリリースした。「いまバンドをやらずにはいられない」というシンプルな衝動がパッケージされた今作は、“新たに始まるストーリー”というフレーズで幕を開ける。自分たちの過去を肯定するために、もう一度バンドに希望を託すために、ここから始まるエピソード2。初期衝動のど真ん中で彼らは何を想い、ファーストアルバムを完成させたのか。バンドの中心人物、古舘と加藤に話を訊いた。

取材・文 / 秦理絵 撮影 / 荻原大志

過去の自分がやってきたことを、全部を肯定するためにもバンドでもう1回やりたかった(古舘)

もともと違うバンドを組んでた古舘くんと、加藤くんのふたりが中心で結成したバンドということですけど、つきあいは古いんですか?

古舘佑太郎 10代のときによく同じライブハウスに出てたんですよ。1つ年が違うので、先輩(古舘)、後輩(加藤)みたいな関係で。そのときからのつきあいですね。

加藤綾太 うん。

古舘 そこからお互いにバンドをやってるので、ずっと一緒にいたわけじゃないんですけど。僕のバンドが終わりになって、ソロを始めるときに、彼にはサポートギタリストとして手伝ってもらってたんです。

そこから「一緒にバンドをやろう」ってなったのは?

古舘 僕がソロをやっていくなかで…もともと僕は「一生バンドをやらない」って散々言ってたんですけど、またバンドをやりたくなっちゃって。そのときに、ちょうどポニーテールスクライムが活動休止になったので、「バンドやろう」って毎日メールしました。

バンドが終わってすぐの人に?

古舘 解散ライブをする前から言ってましたね(笑)。

加藤 俺、最初は「やらない」って答えてたんです。「佑太郎くんも休んだ時間あったでしょ? 俺にも時間をちょうだい」って言ってるのに、「やろう!やろう!」ってくるんです。

古舘 全然話をきかない(笑)。

一度はバンドを辞めてるわけだから、言ったら、ふたりともバンドには懲りてるわけじゃないですか。それでもバンドをやる決断を下していくのは、どうしてなんですか?

古舘 僕は単純に、このタイミングでバンドを組まないと、もう絶対に音楽から遠のいちゃう予感があったんです。ソロをやるなかで、いろいろな挑戦もしてみたんですけど。結果的になりたい自分と本当の自分が違うというか。自分がやりたい表現は、音が歪んでて、みんなで鳴らすバンド感だってことに、ソロをやったことで気づけたんですよね。

でも、ソロでやっても音は歪ませられるし、ロックバンドっぽいこともできますよね?

古舘 ……うん。

古舘くんにとっては人と一緒に作るっていうことが重要だったんですか?

古舘 明らかにピースケ(加藤)の存在が大きかったと思いますね。ソロをやりながらも、かなり成長してたし、アイディアを出してくれたりもしてたから。ここまで来たら、僕のソロっていうよりも、ふつうのプロジェクトだなと思って、ふたりでひとつの正式メンバーとしてやりたいなっていうのが大きかったかもしれない。

加藤くんはどうですか? 猛アピールがあって、バンドに戻るわけですけども。

加藤 僕も1回バンドの畑から離れたいと思ってたんですけど、あまりにも言ってくるので(笑)。でも、うれしかったんですよ。しかも、日に日に具体的な話をするようになって、「こんな曲を作ろうよ」「こんなバンド名を考えてきたよ」とか。そういう話をしていくなかで、もしかしたら楽しいのかもしれないって、自分のなかで熱がどんどん高まっていったんです。この人とだったら、もう1回やってもいいかなって。

そこから他のメンバーを入れたバンド形態になったのも自然な流れでしたか?

古舘 やっぱり自分が1回バンドを終わらせちゃってるっていうことに対して、ずっともやもやしたものがあったんです。ただ終わらせただけじゃなくて、僕の場合はリーダーとしてやってきてたし、しかも幼馴染だった小っちゃいころから知ってるメンバーと添い遂げられなかった。自分が諦めちゃったことに向き合いたかったんですよね。過去の自分がやってきたことを、全部を肯定するためにも、バンドでもう1回やりたかったというか。

なるほど。そうやって4人組になるわけですけど、ベースはポニーテールスクライムの赤坂くん。で、ドラムのyuccoさんというのは、どういう方なんですか?

古舘 北海道の女の子です。僕とピースケが千葉で弾き語りのライブをやったときに、対バンのサポートドラムで叩いてた子なんですよ。

加藤 ドラムがマジでかっこいいんです。

古舘 そのときはバンドを組む前だったから、ふつうに同世代のミュージシャンとして関わりたくて連絡先を交換してたんですけど。バンドを組むってなったとき、「yuccoがいいよね」ってなって誘ったら、一発OKだと思ってたのに、最初は渋られたんです(笑)。

加藤 The SALOVERSのことも聴いたことがなかったんですよね。

古舘 だから、「誰だ!?こいつは」みたいな感じだったんだと思います。そこで1回途切れちゃったんですけど、なかなかドラムが決まらなくて。「やっぱりyuccoじゃない?」ってなって、もう1回連絡をしたら、今度はリアクションが良くて、「スタジオに入りましょう」って来てくれたんですよね。何があったんかわからないですけど(笑)。

赤坂くんはすんなり入ってくれましたか?

古舘 彼も彼で、喫茶店で「やろうよ」って話をしたんですけど、渋られて(笑)。その場でOKだと思ってたのに、「めっちゃうれしいけど、ちょっと考えさせて」って。

古舘佑太郎

古舘くんの熱量の高さに、みんな追いついてない感じですね(笑)。

古舘 せっかちなんですよね(笑)。で、「1ヵ月も待てないから。4日間ぐらい待つわ」って言って。でも、そのあとすぐに入るっていう返事をしてくれました。

初めて4人でスタジオに入ったときは、どうでしたか?

古舘 一発目に鳴らした瞬間に、僕とピースケで目が合って、確信があったんですよね。「これだ」って。そこから、ピースケも完全にバンドのモードになったし。

加藤 スイッチが入りましたね。「間違ってなかったな」って思いました。それと同時に、このバンドを何としても良くしたいと思ったんです。

古舘 僕は15歳ぐらいのときに、学校の帰りにスタジオを予約して、The SALOVERSの前身のメンバーで曲を合わせたときの感じとすごくかぶっちゃって。気づいたら、この感覚を全然味わってなかったなって思いました。

とにかくシンプルで、どストレートで、なおかつ青さが出ればいいなと思ってて(加藤)

まさに、このファーストアルバムはそういう初期衝動が詰まった作品だと思います。アルバムを作るにあたって、こういう作品にしたいというのはありましたか?

古舘 具体的にこういう音楽をやりたいっていうのを詰めてはないんですけど。やってるなかで迷いはなかったです。なんとなくふたりのなかで固まってるから、それをかたちにしていくだけというか。試行錯誤はしてないんですよね。

加藤 小細工なしでストレートにやりたいっていうぐらいですかね。

加藤綾太

バンドとして何をやりたいかすら話す必要はなかったということ?

古舘 よく考えたら、そういう話はしてないよね? なんとなくUSインディーみたいなテーマは、ゆるやかに掲げたりもしたんですけど。

加藤 でもUSインディーは海外の文化じゃないですか。それを日本人の僕らがどんな感じでできるのかっていうのを試したかったというか。でも、僕が曲を書いて、そこに佑太郎が書く日本語の歌詞がのっかったときに、これは新しい発明だなと思いました。

古舘くんはThe SALOVERSでは作曲もしてましたけど、あえて分担してるんですか?

古舘 それも特に決めたわけじゃないですけど。いまはピースケが曲を作って、それに鍵盤でメロディーが入ってるので、そこに僕が歌詞を書くっていうスタンスでやってますね。

加藤くんは曲を作るときに、意識したことはありますか?

加藤 とにかくシンプルにっていうのを意識しました。まず自分たちのスタイルを作りたかったんですよね。「2ってどういうバンド?」って聞かれたときに、とにかくシンプルで王道のバンドサウンドというか、どストレートで、なおかつ青さが出ればいいなと思ってて。

うん。USインディーがモチーフになってるのもそうですけど、アルバムを聴いて、2にとって、“青さ”は大きなテーマじゃないかなと思いました。

古舘 それもお互いに言葉で交したわけじゃないんですけどね。結局、10代のころに音楽を始めて、そのときに聴いてた音楽がルーツにあって、それは青いものだったんですよ。でも、音楽をずっとやっていくなかで、僕の場合はメジャーデビューもして、音楽が仕事になって、気づいたら青さはなくなって、音楽が楽しめなくなって、それでバンドが終わってしまって。そこからソロをやったときに、その青春性とか青さに対する拒絶反応がすごくあったんです。もうやりたくない。それで、ソロでは肩のちからを抜いて、いろいろなことに挑戦したんですけど。結果、立ち返るのが、やっぱり昔の原点だったんです。

大好きだった青い部分。

古舘 これ、1回ライブのMCで喋って、白けちゃった話なんですけど、僕のなかでハッコウっていうことがテーマにあって。

ハッコウ?

古舘 発酵食品の“発酵”。いま26歳にもなって、10代の頃の青春性はないじゃないですか。10代が終わって、僕はほとんど音楽をやらずに腐ってた時期もあったので、いまはあの頃のキラキラはないんです。転んだし、傷も負ったし、腐ってもいるんですけど、腐り切った結果、新しい味が出てきたっていう。それを発酵食品に喩えたいんです(笑)。それがいま僕らがやってる音楽の感じなんですよね。

いまだからこそ鳴らせる青さがあるんじゃないかと。

古舘 だから僕らは青さはあるんですけど、青春ではないと思いますね。自分たちがやれるものはこれしかなかったけども、一味違うものとしてやれてる気がします。

わかります。今回、「ケプラー」と「VIRGIN」「Family」が、ミュージックビデオの曲になってますけど、この3曲を選んだのはどうしてだったんですか?

古舘 単純に好きな曲だから、早く聴かせたかったんですよね。

加藤 今回、捨て曲がなくて、押し曲を悩んだんですよ。そのなかで、初めて聴いた人にも僕らの良さがわかる3曲を選んだんです。

古舘 変化球じゃなく。ストレートで伝わりやすい曲だと思います。

このなかで「Family」を聴いたとき、これは家族がテーマの曲なのに、サウンド的に温かい方向じゃなくて、激しくて尖ってるから、これが2らしいのかなと思ったんですよ。

古舘 確かにないですよね。家族をテーマにして、激しい曲って。この曲は最初に送られてきたときに、「激しめだよ」ってきたんですけど、どういう歌詞にしようかなって思ってたときに、バラードだと恥ずかしくて書けないことも、この曲だったらいけるなと思ったんです。激しい曲で、こういうことを歌ったら響くんじゃないかって。

加藤 この曲はいちばん歌詞が意外な曲でしたね。最初は違う曲と間違えて歌詞を送ってきたのかなと思ったら、「どうやら、この曲らしい」と。

古舘 テーマとして家族を扱ったのは初めてなので、書けて良かったです。