【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 41

Column

オフコースが歌う「僕等の時代」。“僕等”というコトバの中身について考える

オフコースが歌う「僕等の時代」。“僕等”というコトバの中身について考える

さて今回は、アルバム『We are』から、「僕等の時代」を取り上げる。いきなりハモりが鮮やかだ。しかもそれは、このグループならではの凝った展開をしていって、彼らが影響受けたモダン・フォークの要素を越え、バロック風にも展開していく。オフコースは初期に“日本のカーペンターズ”みたいな言われ方をしたそうだが、コーラス・ワークということでは通じる部分もある。でも、バロック風かと思ったら、そこにサックス・ソロが切れ込んできたりもするアレンジである。ちょっと前に流行った表現を使えば、当時の彼らの音楽制作は、アイデアが“盛りぎみ”なのであった。

ところでこの曲、もし歌詞の面からカテゴリーするなら、ぎりぎりメッセージ・ソングに入るかもしれない。なぜそう思うかというと、“僕等の時代”が“今も動いている”と、そう高らかに歌っているあたりの雰囲気からだ。

ちなみにメッセ−ジ・ソングとは、主に70年前後をピークにして、若者が社会への疑問や不満を歌った作品のことである。ただ、メッセージという言葉の定義は様々で、例えばユーミンは「やさしさに包まれたなら」のなかで、目に映る“全てのことはメッセージ”と歌っている。そもそもこの言葉、「宣言」という意味もあるが、「伝達」という意味もある。ユーミンはおそらく、生きてくことは即ち、全てのものから教えを請うことに通じる…、といった考えから、この“メッセージ・ソング”を書いたのだろう。

話を戻す。70年前後に活動をスタートしたオフコースは、当然、メッセージ・ソングの洗礼を浴びてると思いきや、そうではなかった。『小田和正インタビュー たしかなこと』(ソニー・マガジンズ刊)のなかに、興味深い発言があるので、(手前味噌ながら)紹介したい。

はなはだ不謹慎だけど、“日本にも現実としてベトナム戦争のようなことがあったら、どれだけ強い歌が書けるだろう?”なんて思ったもんね。ともかく日本でアメリカの雰囲気だけまねして歌われてたのは、“ちょっと違うよな”っていうのが多かったし、日本はなんか、“反戦のための反戦”みたいな、“議論のための議論”みたいなテーマばかりだったからね。
(129ページ)

くれぐれも念を押しておくが、冒頭は“はなはだ不謹慎”と前置きしての仮定である。しかし僕はこの本のインタビュー役を仰せつかって、この発言を聞いた時、やはりこの人は信じられると思ったものだった。

かつてサルトルは「人間は自由の刑に処せられている」と言ったそうだが、まさに小田も学生時代、自由を謳歌しつつも持て余していたという。アメリカでベトナム戦争への反戦活動が盛り上がり、それに伴い生まれた歌があったとしても、いま引用した通り、ただ日本語で真似て歌ったり、ということはしなかった。いくらそれが当時の日本のフォーク・ソングの流行りでも、そこには乗らず、自分にとって真に“切実なこと”を探し、歌おうとしたそうだ。

しかし、そんなものは見つからなかったという。それでも彼が音楽を続けたのは、そもそもそれが、言葉への興味から始まったことではなく、あくまで音への興味が前提だったからである。

さて、時は移り80年代に入って、「僕等の時代」は発表された。この歌は回想という形をとっている。最初のほうに、“戻って”“やり直したいこと”という歌詞が出てくるからだ。“あなたが僕たちと”“歩こうとしないだけ”という、このあたりは上の世代への歌いかけだ。吉田拓郎の有名な「イメージの詩」における、“古い船には新しい水夫が乗り込んで行く”的なニュアンスとも、どこかで水脈がつながる表現と言えなくもない。

かつての若者にとって、上の世代は目の上のタンコブであって、「ドント・トラスト・オーバー・サーティ(30歳以上を信用するな)」なんてスローガンもあった。しかしこの言葉、自分自身もその年齢になった時、あっさた賞味期限を終えたのだった。なのでそんな主旨の歌を、わざわざ80年代に入って発表するわけはない。まぁこれは歌を聴けば分かることだが、この歌は、それらの世代(=あなた)へも、「共に歩こう」と、そう呼び掛けるべく書かれたものだろう。実際、“あなた”の時代は“終わったわけでなく”と、ハッキリ歌っている。いっけん自分達の世代を示す“僕等”という言葉だが、それは“あなた”も含めたものであることも伝わる。70年代に、オフコース自身が「ドント・トラスト〜」的な歌詞を歌ったことはなかったけど、そうした時代に属し、上を切り捨てた自分達の反省(?)からも、80年代になり、この歌を作った…、という解釈も、出来ないことはないのである。

でもこの歌、聴き終わって心のなかに太字で残るのは、“僕等”や“あなた”ではなく“時代”という言葉なのである。ここで前回のコラムを思い出して欲しい。「時に愛は」がラブ・ソングでありつつ、登場人物達のストーリーというより、「愛を真ん中においてみて」書かれたものであったという、そんな小田の言葉を思い出してみて欲しい。

その流れで「僕等の時代」を語るなら、こんなことが言えないだろうか? ここの歌は、“僕等”や“あなた”に関する歌のようでいて、「時代を真ん中においてみて」書かれたのでは、と…。“時代”という言葉を真ん中にすると、時の流れのなかで人間は無為だけど、しかし流されるだけじゃなく、時に抗うからこそ生きてる実感にもつながるのだ、みたいなメッセージが響いてくる。

文 / 小貫信昭

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