【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 42

Column

オフコース 『over』のなかの、~哀しみを越えた透明感~

オフコース 『over』のなかの、~哀しみを越えた透明感~

『over』といえば、このアルバムが制作される直前に、鈴木康博がバンド脱退をメンバーに告げ、小田和正としては、鈴木がいないオフコースは考えられず、結果、解散という選択肢のなか、残された時間を悔いの無いようにという、そんな心境のなかで作られたことが、よく語られる。これは概ね事実のようで、例えば「心はなれて」という作品は、「まさにそういう心境だし、それを素直に表現していくだけ」だったと、小田は当時を振り返っている。

また、終わっていくなら楽しいより悲しいわけであり、歌詞に表われている。アルバム全体を眺めてみると、全9曲中、なんと7曲に[哀しい(悲しい)]という表現が登場するのだ(もちろん曲により、言葉のニュアンスは異なるが…)。

もうこうなったら、かつてのフォークが得意だった、泣きのEm調で埋め尽くされそうな勢いでもあるが、そこはオフコースである。そうした感情が、湿気ったものとして表現されているわけじゃない。哀しみを徐々に沈殿させ、その上澄みを提出しようとしたかのような、そんな雰囲気もある。よくこの作品集ると「哀しみの先の透明感がある」と言われるが、同感だ。それが『over』なのである。

主な楽曲は小田和正の作詞作曲で、他はメンバー間の共作(外部から安部光俊が加わったものもある)である。鈴木康博がバンド脱退をメンバ-に告げ、という、このエピソードを前提に、私小説的なものとして捉えるなら、「ひととして」の“あなた”と“僕等”の関係は、非常に分かりやすいものに響く。

でも個人的に興味深いのは、「僕のいいたいこと」という松尾一彦の作品であるだ。作曲は彼、そして歌詞を小田・大間ジロー・松尾の三人で共作し、ストリングスのアレンジは鈴木が担当している。単純に考えれば、みんなの“いいたいこと”の集大成とも受け止められる(清水仁の名もクレジットされてたら、もっとこの話に信憑性が生まれるが…)。そして共作することを、名残惜しむかのようでもある。ちなみに「僕のいいたいこと」は、一点を見つめ続けるかのようなメロディの雰囲気が、とても印象的である。

 「メインストリートをつっ走れ」も人気曲だろう。鈴木の曲だが、歌詞は鈴木・大間・安部の共作となっている。鈴木の作品のひとつの特色は、リズムの“弾む”感覚が、言葉と曲調が相まって、実にソフィスティケイトされたものとして届く点だろう。適度な固さのゴムがサスペンションのように支えることで生まれる安定した疾走感というか、この曲など、まさにそうだろう。

歌詞の世界観としては、こちらも私小説的に、そう、バンドを離れていく自分に重ね合わせているものとして受け取れる。ただ、だからこそ、3人の共作であるところがミソかもしれない。こういう場合、鈴木の心情に近い部分は、むしろ彼以外が“代筆”して完成させたりしているケースが多かったりもするのである。

このアルバムの収録曲で、かつて小田に話を聞いたなかで印象に残っているのが、「愛の中へ」だ。ちなみにテンポはミドルであり、現在のJ-POPの主要作品と較べると、とても遅く感じることだろう。で、この曲をライブでやっていると、当時のマネージャー氏は、「まだやっとんのか」と呟いたそうなのだ。つまり、ステ-ジの袖にいて、なかなか演奏が終わらないからだ。

さっき演奏時間みてみたら、音源は5分48秒ほどだった。それをじっくりミドルで演奏すると、確かに長く長く感じる。でも、確かにそう感じるけど、当のマネージャー氏が、「まだやっとんのか」と呟いてたという、その光景を想像すると、なんか楽しくなるというか、これはとても愛着わく人間臭いエピソ-ドである。「時に愛は」もそうだけど、この時期のオフコ-スには、イントロからしてユッタリ構えて、徐々に少しづつ聴き手の心を耕してくれるような、そんな作品も確かにあった。

『over』収録曲で、最も有名なのは、もちろん「言葉にできない」である。シングルにもなったが(リリースは1982年2月)、その後、さらにさらに有名になって、もはや日本人でこの歌を知らない人はいないだろう…、くらいのポピュラリティを得ている。

作詞作曲は小田和正だが、ある意味、罪作りというか、この歌が発表されて以降、こういうアプローチ、言葉に出来ない感情を“言葉にできない”と歌詞のなかに明文化する手法は、使えなくなった。やれば「言葉にできない」の真似になってしまう。それほど先駆的といえば先駆的。僕は小田より若いソングライターが、“小田さんに先にやられてしまった”と悔しそうに言っていたのを聞いたことがある。もちろん、リスペクトを込め、そう言っているわけだが。 次回はこの歌の誕生秘話を。

文 / 小貫信昭

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