【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 43

Column

オフコース ニワトリよりタマゴが、いや、“言葉にできない”より“La La La”が先だった小田和正の代表曲

オフコース ニワトリよりタマゴが、いや、“言葉にできない”より“La La La”が先だった小田和正の代表曲

オフコースがこの時期に発表した作品で、その後、もっとも有名になったのは「言葉にできない」だろう。この曲は、一般的な受け入れられ方とは別に、後のシンガー・ソング・ライターに与えた影響も大きい。

“言葉にできない”気持ちを、多くのアーティストは表現しようとする。英語の歌には“♪キャントテルユー〜”みたいなフレーズも珍しくないし、日本の歌でも、「何も言えなくて…夏」のように、言い出せない気持ちを盛り込んだ歌は多く、そもそも片想いの歌の大半は、この部類だろう。

「言葉にできない」には、それとは決定的に違う部分がある。この場合、相手に伝える手段=言葉がないわけじゃないのだ。歌を最後まで聞けば、“あなたに会えて”“よかった”と、ハッキリ言葉で伝えてる。では、なにが“言葉にできない”のだろうか。この歌の成立過程を追ってみれば、何か分かるかも知れない。

歌が生まれたのは、渋谷駅から道玄坂を登っていき、旧山手通りを右折したあたりにあった『マック・スタジオ』である。80年代にはプロのミュージシャンがリハーサルに使う場所として有名で、RCサクセションやサザンオールスタ−ズ、オフコースも使用していた。住所でいうと神泉町、だろうか。もしこのあたりを散策する機会があったなら、「ああ、この辺りか…」と、ふと思い出して欲しいものだ。

そのスタジオで、他のメンバーは帰り、ぽつんとひとり、小田は残っていた。ピアノの前にいた。当時制作中だった『over』の、「核になる曲が欲しいなと思って、一人でピアノを弾いている」とき、ふと浮かんだのがこの作品のモチーフだった。筆者が『たしかなこと』というインタビュー集で話を聞いたところによると、当初、小田は「歌なんてもしかしたら、“歌詞がないほうが強いんじゃないか?”って思ったのかな」と、コトの発端を語っている。最新のインタビューでは、「“歌詞のない歌がいいな”と思って、“La La Laで曲が書けないかな?”って思いついたんだ」と語っている。多少ニュアンスが違うが、あとは察してほしい。

でも、“歌詞がないほうが強い”だなんて、なぜそう思ったのだろう? 普通に考えたら、前例を知ってたからだろう。ここで、あの伝説の武道館10日間で、この作品がスクリーン一面のひまわりの映像とともにパフォーマンスされたことを思い出してみよう。

あの映像は、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが主演した、映画『ひまわり』から一部の版権を買い取って使用されたものだ。映画のテーマ曲を書いたのはヘンリー・マンシーニ。小田が影響された作曲家のひとりである。そしてこの『ひまわり』のテーマ曲は、後半にコーラスというか、ハミングの声は入っているものの、具体的な歌詞はない。この楽曲に限らず、広く映画音楽にも親しんでいた小田は、“歌詞がないほうが強い”例を、他にもたくさん知っていた。だからこの考えに及んだと想像出来る(ちなみに、小田の曲と「ひまわり」に、直接的な関連はないと思われる)。

循環コード弾きながら、小田は“La La La”でメロディを探っていく。でも頭には“歌詞がないほうが”の想いがあったから、多分最初から、よくデモ・テープ作りの時に用いる“仮歌のLa La La”ではなく、もっと確信をもって、そう歌ってたのかもしれない。“シンプルで強い”というのは、当時のオフコースのテーマでもあったというし、まさにこの曲は、そんな作品になりそうだった。

タマゴが先かニワトリが先か、ではないけど、興味深いのは、“言葉にできない”という表現より、まず何より出発は“La La La”だったことだ。僕は当初、曲タイトルになった言葉が浮かび、そこから発展させたと思ってたが、「“La La La”のあと、“言葉にできない”が先か“悲しくて”が先か、どっちか忘れたけど、このふたつが前後して浮かんだ」と小田は回想している。最新インタビューではこのことを、「“La La La”が代表するような感情ってどういうもんだろう?って考えたら、それは悲しかったり、嬉しかったり、悔しかったりすることだろう」ということで、あくまで起点は“La La La”のまま、そこから広げていった。

この作品のオリジナル・ヴァージョンは、“La La La”で始まる。ひとしきり歌った後、“終わる筈のない”という、歌詞の一行目が出てくる。この順番は重要だ。“La La La”だけでも説得出来るというのが、最初のアイデアだった。まずそれを果たし、その後、歌詞を歌い始めたのだと思えば、辻褄も合う。

時は経って、小田はこの歌を、冒頭の“La La La”からではなく、“終わる筈のない”から歌い始めることが多くなる。弾き語りでパフォーマンスすることが増えたからだ。冒頭の“La La La”は、バンドの演奏、特にこの曲の印象的なイントロダクションあってこそだ。改めてオリジナル・ヴァージョンを聴くと、もう最初から、楽器の音が“La La La”と歌っている。

文 / 小貫信昭

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