【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 44

Column

オフコースの10日間。これぞ“ライブ・ハウス・武道館”の本当の始まり、かも。 

オフコースの10日間。これぞ“ライブ・ハウス・武道館”の本当の始まり、かも。 

1982年の6月に、武道館で行われたオフコースの10日間コンサ−ト。もはや伝説である。そして10日間という、この数字は意義深い。武道館を満杯にすることが「夢ではない」どころか、「もはや狭い」くらいの印象を与えたからである。

いま現在、トップ・アーティストはド−ム公演を普通にやっているが、まさに80年代は、ライブ会場が巨大化していく先駆けともなったわけである。時代の変わり目を表わす出来事が、この10日間だったとも言える。

ちなみに現在、アリーナと呼ばれる会場ができはじめるのは80年代末のことだ。

この当時、チケットは往復はがきで抽選された。50万通以上が届く。ぺーぺーだった僕は、その応募はがきの“取材”で放送局に出掛けた。同行したカメラマンが写真を撮り、そのまま帰ってきただけのことだったが…。もしメンバーの体力と集中力が無尽蔵なら、まるまる1か月以上やれるだけの応募総数だった。

それから4年後。同じ武道館のステ−ジで、BOφWYの氷室が「ライヴハウス武道館へようこそ!」と叫んだのは有名な話だが、オフコースの時、すでに武道館は“ライヴハウス化”していたとも言えたのだ。のちにハウンドドッグが、オフコースを抜く11日間やったとか、そんな話も聞いた。ただ、そもそもこうした数字の“偉業”は、本人達より周囲が“やりたがる”傾向が強い。オフコースのメンバ−達も、「自分達からやりたいと言ったことではない」的な発言をしていたはずである。 

公演の何日目だったか忘れたが、僕はレポートのため、武道館にいた。陣取ったのは、ステージ上手の、メンバーが見切れるくらいの2階席。本来、客を入れる場所ではなかった。「YES-NO」の時、小田がタンバリンを客席に投げ入れた。緩く回転しながら放物線を描く様が、とてもよく見えた。それは実際よりスローに感じられ、その動きに彼らの歴史を重ねつつ、レポートを書いた記憶がある。

解散説の真っ只中だが、コンサート自体は情緒過多になることもなく、整然と進んでいった。こう書くと、「このライブは感傷的だった」と言うヒトもいるだろう。確かに最終日の6月30日。「言葉にできない」を歌う小田が、感極まるシーンがあった。

小田は最後だからといって、「泣くのはイヤだ」と思ってたそうだ。その際、マークしてたのが「心はなれて」という曲である。当時の心境を、モロに映した作品である。なので“危険”だった。でもなんとか歌いきり、やがて「言葉にできない」のイントロが…。これはノーマークに近く、不意を突かれ、涙腺を揺さぶられる。後々、その時のシーンが強調されるが、あくまで10日間の一場面に過ぎない。その大半は、何度も書くが、整然と進んでいったのだ(最終日の模様は映像作品として残っているので、興味ある方はご覧になってください)。
 
このライブで他に覚えていること…。それは、音がデカかったことだ。82年前後といえば、同じ場所で、いくつかのアーティストを観てる。その大半は洋楽だったが、それらと較べても、オフコースはデカかった。デカいが歪んだ音ではなく、クリアにデカいのだ。

2人+3人という歩みを辿った彼らの、折衷案でもあったかもしれない。モダン・フォークの澄んだコーラス・ワークにルーツがある小田と鈴木。ギターのディストーションなど、歪みにこそ美学があるロックを土台とした清水・松尾・大間。両者の折衷案として、こうしたPAにおける音像表現が求められたと考えられなくはない。

さらに覚えていることは、お客さんが大合唱した「YES-YES-YES」である。客席が歌うこと自体、コンサートで珍しいことではない。しかし、あの時のお客さんの「YES-YES-YES」は、ひとつのリッパな「作品」だった。ライブが終了し、客出しのBGMとして、場内に「YES-YES-YES」が流され、すると自然発生的に、大合唱が起こった。

昨年春、ベスト・アルバム『あの日 あの時』が出た際、このことを改めて、小田に訊ねた。ちなみに「YES-YES-YES」のシングルがリリースされたのは、82年の6月10日だ。武道館初日は5日前である。それなのに、「この曲をPAから流したら、みんな帰らず歌ってくれたんだ」。まったく予想外のことだった。小田はある行動を取る。「袖に見に行って、聴いて、びっくりしたな。“みんな歌えるんじゃん。俺、まだ歌えないのに”って(笑)」。

“俺、まだ歌えないのに”というのが生々しい。いや、生々しいというか、時は経ち、小田はユーモアも交え、そんな風に振り返ってくれたのだ。

そもそも「YES-YES-YES」は、“over”のツアーでやる予定ではなかった曲だ。それを“セットリストに加えた”のは、お客さん達だった。『NEXT SOUND TRACK』のなかのこの曲は、後半、お客さんの大合唱に切り替わるヴァージョンになっている。最初、こういう仕掛けだって知らずに聴いてて、切り替わったときは、ビックリしたなぁ〜。

文 / 小貫信昭

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