Interview

ゲームプロデューサー岡本吉起氏が語るゲームへの熱情(上)僕は近距離型スタンド使い

ゲームプロデューサー岡本吉起氏が語るゲームへの熱情(上)僕は近距離型スタンド使い

去る10月19日に開催された黒川塾54にて登壇した岡本吉起氏のトークセッション「ゲーム三冠王 岡本吉起かく語りき」を紹介。

“岡本吉起の人生は誰よりも激しい軌跡を辿っている。その振れ幅は、良言えば人間性の振れ幅をシンクロしているように思える。”

今まであまり語られることのなかった、カプコン退社後に立ち上げた、自身が代表を務めたゲームリパブリック時代、経営破たん後の苦境、その後、モンスターストライクの開発に関わることで再び大きく飛躍することになった経緯までを語った。
黒川塾での、岡本吉起を突き動かすその人としての熱量、ゲームへの愛情と祖の知見、生きる情熱の背景など、幼少期から現在に至る心の深淵を覗く対談をお届けする。

文 / 黒川文雄

岡本吉起は近距離型スタンド使い

僕は1960年、岡本さんは61年生まれで1歳ちがいなんですけど、幼少期はどういうものに影響されましたか?

岡本 人には全く興味無かったですね。

そうなんですか? こんなに社交的なのに?

岡本 全然、社交的じゃない。それは外に出している岡本吉起です。役を演じている感じですよ。僕がカプコンで開発を全部見ろと言われた時の条件は、給与とか権限とかじゃなくて「メディアには出なくていいか」ですから。

実は人と話すのが苦手だったとか?

岡本 歪んで伝わるのが嫌なんです。あと、僕個人の言い方で言うと、人にはスタンドの攻撃距離っていうのがあって、僕は近距離型スタンドは持っているんですけど、メディアに出るには遠距離型スタンドが必要で、それは持ってないんですね。だから、1対1で話して伝える能力はあるけど、大勢に向かって発信するっていうのは苦手で。小泉元首相とか息子の進次郎さんとかは、そういう遠距離型スタンドの持ち主だと思うんですけど、僕はそちらは持っていないってことですね。それを自分で知っていたので、やりたくないって言ったんです。なので、全然社交性はない。ソーシャルじゃないです、僕は。

では、少年時代は誰かと交流するっていうことはあまりなかったんですか?

岡本 そうですね。人には興味無かったですけど、モノには執着して興味を持ってましたね。で、興味を持ったものは究極まで極めようっていうのが僕にはあって、『モノポリー』(注1)とかは、すごくそう思いましたね。

注1:世界中で愛好されているボードゲーム。盤上に描かれた会社や不動産を売買するなどして資産を増やしていき、もっともお金を多く持っているか、自分以外のプレイヤーを全員破産させると勝利となる。

興味をもったものは徹底して究極まで極める

それが、後々のボードゲーム好きに……。

岡本 つながっていったんですよね。でも、『人生ゲーム』(注2)にはハマらなかったんですよね。分かる方には分かるかもしれませんが、ゲーム性を感じないというか。

注2:アメリカで誕生したボードゲーム。双六の要領でコマを進めていき、結婚や出産などのさまざまなライフイベントを経験しながらゴールを目指す。日本ではタカラ(現タカラトミー)から発売。

なるほど。

岡本 でも、『モノポリー』にはハマりましたね。『モノポリー』って交渉なしで遊べませんよね。交渉してコレとコレを交換してくれみたいなことを延々やるっていうのがあって、自分の中でその何だろう……このゲームの底が見えなかったんです。それで、ちょっと極めてやろうと思ったんです。

もっとも、僕がやってたのはコピー品だったんですけどね。『モノポリー』ではないんだけど、ルールは『モノポリー』っていう。何とかオイルダラーとかいう通貨を使うんですよ。で、イラクを買うとか、サウジアラビア買うとか、そういうやつです。おかげで原油産出国を覚えられました(笑)。あとはトンボはどうやったら取れるやろうとか、野生の鳥はどうやったら捕まえられるんやろうとか、そういうことを。

それは、その当時住んでいた環境においてですか?

岡本 そうです、そうです。モノには興味があって、いろんなことをやったっていう。けど、それを誰と一緒にやるかとかは別に興味がなかった。人って見てても面白くないでしょ? 「アイツ、何考えてんだ?」なんて思うのは、別の人種だと思うんですよね。だから、僕はモノだけ見ている。