Interview

ゲームプロデューサー岡本吉起氏が語るゲームへの熱情(上)僕は近距離型スタンド使い

ゲームプロデューサー岡本吉起氏が語るゲームへの熱情(上)僕は近距離型スタンド使い

「え、ゲーム会社なんですか?」

それがきっかけでゲーム業界に入ろうとか思ったわけではないですよね。

岡本 全くないですね。それで『インベーダー』のブームが僕の中で一瞬にして終わり、そのあとはまあテレビゲームに触れることもなく。で、絵の学校に行って、在学中に某K社?

コナミですよね。

岡本 そういう言い方もしますね。コナミ工業株式会社。「工業」が付いていたんですよ、当時はね。で、そこに新卒インターンみたいなので呼ばれたんです。倍率40何倍でしたけどね。

当時からもうそんなでした?

岡本 そうです。デザイナー 1名採用みたいなそんな枠で、当然僕が受かるわけですよ。

すごい自信ですね(笑)。

岡本 当然、当然です。僕以外ないって思ってました。「天才」って自分で呼んでましたから(笑)。で、面接で言ったセリフが「え、ゲーム会社なんですか?」。

ゲーム会社だって知らなかったんですか?

岡本 知らない、知らない。だって、その頃はゲームやってなかったし、コナミなんて聞いたこともなかったし。

じゃあ、なんでコナミにいこうと思ったんですか?

岡本 イラストレーター募集って書いてあったんです。だから、とにかく絵が描けると。で、行ってみたらゲーム会社だったんでビックリ。「マジで?」「ゲーム会社だったんだ」とか言ってましたから、面接で。レベル超高いでしょ(笑)。

超高いですね(笑)。学生の身分でそれってすごいです。

教習所ゲームをシューティングゲームに無断で企画変更

岡本 それで、そのあと伝説のゲームを作ることに結果的になっていくんですけどね。ドライバー教習所のゲームを作れって言われて、こっそりシューティングゲーム(注4)を作ったっていう。

注4:1982年にリリースされたコナミの『タイムパイロット』のこと。全方位へのスクロールが可能なシューティングゲームで、5つの時代をワープしながら空中戦を戦っていく。

指示されたものとは全然違うゲームを作っちゃったんですよね。作っている最中は見せたりしなかったんですか?

岡本 見せなかったですね、ハッハッハ。

え~、当時はそんなことが許されたんですか?

岡本 いや、許されるわけない。ただ、ビルが違ったんですね。場所も違っていて、厳密に言うと梅田と豊中? 電車で移動しなきゃいけない距離だったんで、上司が来なかったのをいいことに勝手にシューティングゲームを作っていたっていう。

すごいことやりましたね。

岡本 まあ、ドライバーズスクール的なシューティングゲームっていう? 作っていて多少デザインが変わったりするじゃないですか。で、車にちょっと羽みたいなのが付いて。微妙に、微妙に変化していった結果、気がついたらタマを撃っていたんですね(笑)。

ドライビングなのに?

岡本 うん、まあ。で、ドライビングしなくなってジェット機になっていたっていう。雲が流れてましたから、背景にバーっとね。ええ、大ごとでしたね。

大ごとですよね。それでどうなったんですか?

岡本 クビだとはっきり言われました。まあ、僕でも言いますね。クビですよ、どう考えても。なんて言うんですか、古き良き時代? 今のルーキーがやったらシバかれると思いますよ。コレ作れって言われて全然違うの作ってたら、僕も回し蹴りの2つや3つくらいは入れるでしょうね。

でも、結果的にそれが大ヒットしたんですよね。

岡本 そうなんです、はい。だから、今もゲーム業界にいるんですよ。あの時にコケてたらいませんよ、それは。

もう、その段階で消えていたと。

岡本 消えてます、消えてます。消えるでしょう、そりゃあ。

「権限移譲?そんなものなるかあ!!」

その、勝手に作ったシューティングゲームが大ヒットして、ある程度権限が与えられるようになったんですか?

岡本 なるかあ!!

ならないですか(笑)。

岡本 なるわけない。言うたらキャッチャーのサイン無視する高校野球のピッチャーですもん。

確かに。

岡本 2試合目も投げろみたいなことは言われましたけどね。でも、「オレ、興味ねえっス」って言ったんですよ。「全然(ゲームを)作る気ないです。オレ、ポスター描きますから」って。そうしたら、ええから作れって言われて、解りましたと。ま、2作目(注5)も大ヒットするわけですけどね。仕方ないですよ、才能あるから……ウソウソ、ただの言ったモン勝ちですからね(笑)。

注5:1983年にリリースされたコナミのシューティングゲーム『ジャイラス』のこと。疑似3D的な画面構成になっていて、円状に動く自機を操作しながら襲ってくる敵を撃ち落としていく。

いいですねえ。気持ちいいですねえ、ホントに。

岡本 一応、結果がついてきてたんで言う権利はあったんですよね。だからまあ才能があったとは言いませんけど、たまたま1作目と2作目が当たったのは事実です。

撮影 / 北岡一浩 取材協力 / 仁志睦


続きは第2回
11月6日(月)公開

ゲームプロデューサー岡本吉起氏が語るゲームへの熱情(中)コナミからカプコンへ渡った男

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2017.11.06

著者プロフィール:黒川文雄

くろかわ・ふみお
1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、ギャガにて映画・映像ビジネス、セガ、デジキューブ、コナミDEにてゲームソフトビジネス、デックスエンタテインメント、NHN Japan(現LINE・NHN PlayArt)にてオンラインゲームコンテンツ、そしてブシロードにてカードゲームビジネスなどエンタテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。コラム執筆家。アドバイザー・顧問。黒川メディアコンテンツ研究所・所長。株式会社ジェミニエンタテインメント代表。DMMオンラインサロンにて「オンラインサロン黒川塾」を展開中。
黒川塾主宰。ゲームコンテンツ、映像コンテンツなどプロデュース作多数。

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