モリコメンド 一本釣り  vol. 39

Column

chelmico タノカワカッコイイ(楽しくて、可愛くて、カッコイイ!)HIPHOPユニットって?

chelmico タノカワカッコイイ(楽しくて、可愛くて、カッコイイ!)HIPHOPユニットって?

1993年生まれのRACHELと1996年生まれのMAMICOが出会ったきっかけは、共通の知り合いだったカメラマンの撮影会。モデルとして参加していた2人はお互いにピン!と来るものがあって意気投合、“RIP SLYMEが好き”という共通点も見つかってアッという間に仲良しに。何度か遊んだりしてるうちにRACHELが2014年の「シブカル祭り。」(2011年より渋谷パルコをメイン会場にして開催されてきたカルチャー系のイベント。過去6年の開催でアート、ファッション、音楽、パフォーマンスなど、あらゆるジャンルから、のべ1000名以上の女子クリエイターが参加)に出演することになり、以前からラップに興味を持っていたRACHELはMAMIKOを誘い、二人とも初心者なのにいきなりパフォーマンスを披露。最初は1回きりのつもりだったけど、「シブカル祭り。」を観た人からライブに誘われたり、手探りでトラックやリリックを作り始めて本格に活動がスタート。RAICHELとMAMIKOの名前を合わせて”chelmico”ってどんだけユルいんだよ!という気がしないでもないが、2年後の2016年に10月に1stミニアルバム「chelmico」をリリースした直後から“かわいくてカッコいい女子ふたりが楽しいラップをやってる!”と注目を集め、ヒップホップ系はもちろん、ファッション、アートなど差幅広いジャンルのイベントに出演するなど一気に知名度アップ。さらにBEAMS×SPACE SHOWERによる“PLAN B”、三越伊勢丹の夏のクリアランスセールなど幅広いイベントに参加し、いまや完全にイケてるアーティスト状態に。こんなカワイイ女の子に生まれて、楽しい人生を送りたかった!という気持ちを抑えきれない筆者(先が見えない40代の音楽ライター)であった。

chelmicoがここまで急激に注目を集めたのは、二人のルックスとかファッションセンスだけではなく(もちろん入口としてはそれが大きいと思いますが)、いろいろな枠とか制約とか業界のお約束みたいなものに捉われず、素敵、おもしろそう、かっこいいと感じることをどんどん実現しちゃうスタンスだろう。自分たちの感性を100%信じ、欲求に従って突き進む。その自由さがオーディエンス(彼女たちをチェックしている人たち)の気持ちをハッピーに解放してくれるのだ。

もちろん単に好き勝手にやっているだけでは、クオリティに高い作品は生まれないし、オーディエンスの支持は得られない。ソウルミュージック、R&B、ラテン、EDMロなどを自在に融合させたトラックメイク、20代女子のライフスタイルと気分を心地よいグルーヴを共存させた、そして、ノリの良さとメッセージを伝える力を兼ね備えたラップのスキルなど、chelmicoの音楽は“新しくてポップなヒップホップ”として完全に際立っているのだ。さらに最新作「EP」(6曲入り音源)によって、その音楽性はさらにレベルアップ。ファンク、ディスコ、エレクトロが絶妙なバランスで絡み合うビートのなかで“夏の切なくてキラキラした恋愛”を描いたリードトラック「Highlight」、ゆったりとしたレアグルーヴとともに「何しても飽きてる/なす術がねえ」というダルなフレーズが渦巻く「Honey Bunny」、恋愛の魅力と倦怠に包まれる女子の感情を描いたジャズ・ソウル・ナンバー「ずるいね」。音楽的な幅広さとフロウの両面において、明らかな進化を果たしている。「EP」を聴けば彼女たちがルックスだけ&ノリ一発のアーティストではなく、きわめて真っ当なヒップホップ・アーティストであることがわかるはず。めちゃくちゃ努力してるはず、たぶん。

さて、ここで話はいきなり90年代にワープする。彼女たちが生まれた1990年代の真ん中あたりは、経済的にはとっくにダメになっていて就職氷河期だったわけだが、ポップミュージックはまさに百花繚乱、この世の春を謳歌していた。いまとなってはおとぎ話のようだがミリオンセールスが頻出し、その一方でヒップホップ、R&B、オルタナ系のギターロックなど、それまでマニアックと言われていたアーティストやバンドが数多く登場したのだ(ちなみにchelmicoの2人が敬愛するRIP SLYMEの結成は1994年)。

あれから四半世紀が過ぎ、小沢健二の帰還に象徴される“90年代リバイバル”が訪れようとしている現在において、90年代生まれの女の子たちが90年代を想起させる音楽でシーンを席捲していることには、なにか運命めいたものを感じる(ちょっと大げさですが)。当時のアーティストと違うのは、サブスクリプションやYouTubeによって古今東西の音楽に自由にコミットすることができ、SNSを通して世界中の誰とでもつながれること。膨大な情報の渦を自由に泳ぎ、自分たち自身が“これが好き”と胸を張って言える作品を提示する——chelmicoの在り方は“90年代から25年後の世界”における必然なのかもしれない。

文 / 森朋之

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