Interview

SHE IS SUMMER エレクトリックなサウンドをベースに、人間味に満ちた活き活きしたラブソングたち。新作の仕上がりとソロプロジェクトの狙いを、ボーカルのMICOに訊く

SHE IS SUMMER エレクトリックなサウンドをベースに、人間味に満ちた活き活きしたラブソングたち。新作の仕上がりとソロプロジェクトの狙いを、ボーカルのMICOに訊く

MICO(ex.ふぇのたす)のソロプロジェクト、SHE IS SUMMER(SIS)が1stアルバム『WATER』を完成させた。作家陣には、ひろせひろせ(nicoten/フレンズ)、原田夏樹(evening cinema)、土器太洋(LILI LIMIT)、かせきさいだぁ、木暮晋也(ヒックスヴィル)、角舘健悟(Yogee New Waves)、そしてふぇのたすのメンバーだったヤマモトショウ等を迎えて作り上げた、全12曲。エレクトリックなサウンドプロダクションをベースに、そのうえで人間味に満ちたラブソングが活き活きと躍動するコンテンポラリーかつアーバンなポップミュージック像を提示している。SISが音楽表現を通して描きたいことを、MICOに語ってもらった。

取材・文 / 三宅正一

誰かと一緒に作品を作っていく方法論も取り入れつつ、でも軸は自分にあるということ

2015年9月のふぇのたすの解散後、SISはどういうふうに立ち上がったんですか?

バンドを解散したときも、次に何かを始めようと思って解散したわけではなかったので。全然、何も決まってない状態だったんです。でも、きっと音楽活動はやるんだろうなとは思っていたんですよね。ふぇのたすは、ギターのヤマモトショウがプロデュースしていて、作詞作曲も彼がやっていたので、バンドのなかの私はボーカルを演じることに徹していたんですね。

外から見ていても確かにそういう立ち位置を貫いてる感はありましたね。

それから自分がイチから音楽をやるとしたら、自分の好きな音楽ってどういうものなんだろう?って小さいころからの記憶を遡り始めたんですね。バンド解散直後にロンドンに2週間行って、いろんなものに触れたり。バンドをやる前にシンガーソングライターやっていた時代もあったんですけど、今までの自分の経験を思い出したり。そういう時間を経て、MICOという個人名義で音楽活動をするのはなんだか違うなと思ったんですね。バンド時代にも経験した、誰かと一緒に作品を作っていく方法論を取り入れつつ、でも軸は自分にあるという、ソロプロジェクトが一番しっくりくるかなと思ってSISを始動しました。

ロンドンではどんなものに触れたんですか?

ペティート・メラーのライブを観に行きました。実は、このライブが観たくてロンドンに行ったんです。それと、古着が好きだから、古着屋さんの買い付けのルーツを回ってみたり。すごく面白かったです。

深田恭子さんの「キミノヒトミニコイシテル」がめちゃくちゃ自分のアンテナに引っかかって

MICOさんの音楽的なルーツはなんですか? SISはふぇのたすから引き継がれたエレクトロ色もありつつ、着地点としては同時代的かつアーバンなポップミュージックをクリエイトしていると思うんですけど。

みんながSISの曲をどのように感じているのかは私も気になっていて、確かにポップミュージックですよね。SISでは今、私が好きな洋楽の要素もリファレンスしつつ、そもそものルーツを考えたときに実は私は、音楽をよく聴く家庭に育ってないんですよね。小学生のころもランキング上位のJ-POPを聴くみたいな感じで。でも、今思うと、そのころから深田恭子さんの「キミノヒトミニコイシテル」がめちゃくちゃ自分のアンテナに引っかかって、ずっとその曲を聴いてたり、小倉優子さんの「オンナのコ♡オトコのコ」が大好きだったり。

ああ、合点がいきますね。2曲とも小西康陽さんプロデュースだし。

そう、バンドをやり始めてから、2曲とも小西さんが作ってるんだと知って。それで小西さんがピチカート・ファイヴの人なんだということにつながっていき、そこから自分は渋谷系が好きなんだということに気づいてよく聴いたり。

「私たちのワンピース」はピチカート・ファイヴ感があるもんね。

そうなんですよ。高校卒業後に渋谷のカフェで働いていたんですけど、お店で流れてる曲を通していろんな音楽を知っていくんですけど。そのときにLampというバンドを好きになって。ボサノバの要素が入ってるカッコいいバンドなんですよ。洋楽を聴くようになってからは、Phoenixやタヒチ80が好きで。そう、小さいころに「らんま1/2」のサントラがすごく好きでよく聴いていたんですけど、私は中華音階のある曲が好きみたいで。Phoenixもシンセにある中華音階的なところに惹かれたんですよね。ちなみに「とびきりおしゃれして別れ話を」のアウトロでそういうニュアンスのシンセがこっそり入ってたりします(笑)。ふぇのたすのサウンドはエレクトロ色が強かったですけど、SISはその延長線上な面もありつつ、ふぇのたすのころよりアナログ要素が入ったエレクトロサウンドになっていて。そこも、このアルバムのポイントだと思います。

わかりやすい。説明がうまいですね。

ありがとうございます(笑)。

一番お金がかからずに作れるものを考えて、歌詞を書いてみようと思ったんです

MICOさんが能動的な意志を持って歌いたいと思ったのはいつごろですか?

私は高校時代に友だちが一人もいなかったんですね。性格が尖りすぎていて(笑)。部活もやっていなかったので、暇な時間がたっぷりあって。家が厳しかったので、バイトもできなかったから、お金もないし、ずっと家にいて「お尻から根が生えるとはこのことか」と思って(笑)。とにかく何かしなきゃ、って思ったときに昔からものづくりが好きだったから、一番お金がかからずに作れるものを考えて、歌詞を書いてみようと思ったんです。最初は歌うことが苦手だったし、ずっと自分の声は変な声だと思っていて。でも、歌詞を書いてみて「面白い歌詞ができたかも!」と思って、鼻歌で曲をつけてみたんですね。友だちもいないし、自分で作った曲は自分で歌うしかないと思って。それが15歳のときですね。最初はアカペラの曲しかなくて、これじゃダメだと思って近くの電気屋さんで小さい安い鍵盤を買いました。でも、コードも知らないから、とりあえず白玉の音符で伴奏を付けたのが曲を作るきっかけになりましたね。それで、新人育成をしているレーベルにデモテープを送ったら「声がいいね」って反応をいただいたんですよ。そこからコードも学んでいきました。最初は原始人みたいな感じだったと思います(笑)。

声を褒めれたことで自信を得ましたか?

どうだったかな? かなり疑い深かったので、半信半疑でした。「ホントかな?」と思って。

でも、今のMICOさんはとても人懐っこいですよね。コミュニケーション能力が高い。

そうなってきましたね。ホントはこういう性格だと思うんですけど、親が厳しかったというのが一番大きかったと思います。友だちができて仲よくなっても夜遊びに行けないし、それを断ってたらどうせ仲間はずれにされるなと思ってたんですよね。それで閉じこもってたのかなって。今のほうが自分らしいと思いますね。

音楽表現している自分が一番自分らしい。

そうですね。親からはハタチになった途端に「自由にしていいよ」って言われたんです。「ハタチになるまでは何か起こったら親の責任だけど、ハタチを超えたら自己責任だから」って。そこからですね。パーン!って開けたのは。でも、両親は音楽活動についてはずっと応援してくれてたんです。