Interview

CHEMISTRY再始動作「Windy/ユメノツヅキ」。今の2人だからこそ生み出せる新たな“化学反応”

CHEMISTRY再始動作「Windy/ユメノツヅキ」。今の2人だからこそ生み出せる新たな“化学反応”

CHMISTRYが帰ってきた! 2012年から活動を休止し、ソロプロジェクトに専念してきた堂珍嘉邦と川畑要は、2016年12月8日に再始動を発表。翌、2017年2月28日と3月1日には東京国際フォーラム ホールAにて再始動ライヴ〈CHEMISTRY LIVE 2017 ‐TWO‐〉を開催し、3月末には『ミュージックステーション』で約6年ぶりのテレビ出演を果たし、デビュー曲「PIECES OF A DREAM」を披露。そして、ついに、再始動後初となる待望のニューシングル「Windy/ユメノツヅキ」がリリースされた。トータルプロデュースを務めるのは、1998年から2000年にかけて開催されたオーディション番組『ASAYAN』の「男子ボーカリストオーディション」で2人を見い出し、名付け親となった松尾潔。ソロ活動5年の時を経て、なぜ今、再始動を決意したのか。どうして、初期のプロデューサーである松尾と再タッグを組んだのか。率直な質問をぶつけた。

取材・文 / 永堀アツオ 撮影 / 関信行

僕らみたいなデュオはいない。CHEMISTRYに対しての可能性や魅力

いきなりですけど、歌声も見た目もまったく変わらないですよね。

川畑要 この間、Toshi(X JAPAN)さんとご一緒したときに、「(再始動が)早くて良かったよ!」って言われましたね。「俺らは10年越えたから。どんどん年取っちゃうから」っておっしゃってて。その言葉がすごく響きました(笑)。

(笑)改めて、今回、再始動に至った経緯から聞かせていただけますか。

川畑 お互いにソロをやっているなかで、CHEMISTRYの15周年を迎える時期に、ファンのみなさんに何かカタチとして返したいなっていう思いがあったんですね。また、ソロをやることによって、CHEMISTRYというものを客観視できたこともあって。お互いに15周年を意識してたと思うんですけど、たまたま僕からメールで連絡をして。15周年は過ぎてしまったんですけど、ソロ活動をして5年で、CHEMISTRYとして再始動っていうことで、タイミングも良かったかなって思いますね。

堂珍嘉邦 デビューが2001年の3月なので、2016年が15周年だったんですよね。自分にとっても15年目は節目でもありますし、活動休止を報告したときに「パワーアップして帰ってくるので待っててください」とも言っていたし、20周年になると40代に突入しているので(笑)、15周年がいいタイミングだよなと僕も思っていました。そんなとき、たしか、2015年の元旦にメールがきたんですよね。それで、「ひとまずご飯に行こうか?」ってことになって。

2000年の1月1日に松尾さんから“CHEMISTRY”と命名されて、15年後の2015年1月1日に、再会の連絡を取るって、すごくドラマチックじゃないですか。

川畑 あはは、そうですね。ちょうど、年末の音楽番組を観ていて「当時2人で出てたよな」とか思い出したりもしていたんですよね。しかも、意識的に観ていると、僕らのように歌を真正面から届ける人が、若い世代にはあんまりいないのかもなと思って。今はリズムの音楽にパフォーマンスをつける時代だっていうことは理解しつつも、逆に僕らみたいなデュオはいないってことも感じたので、余計に、このタイミングで再始動できたら、CHEMISTRYにとっても新しい広がりがあるんじゃないかなって、そういう気持ちもあったんだと思います。

堂珍嘉邦

お互いのソロ活動はどう見てました?

堂珍 お互いのアルバムを送り合ったりしてましたね。そこで、もしも2人でもできることをやっていたら、ファンの人は「だったら、2人でやればいいじゃん」って感じると思うんですよ。だから、ソロではお互いがCHEMISTRYだとできないことをやっていたし、自分自身を高める日々だったと思います。

川畑 ひとりになってやりたいことはこういう形なんだというのは、もちろん感じていましたし、お互いに好きなことをやる時間は大事だなっていうことも感じていましたね。それぞれソロでも歌える2人が、デュオとしてデビューさせてもらって。CHEMISTRYとして経験させてもらったことがたくさんあるなかでソロ活動もできたことは、僕はプラスに働いてると思います。また、ひとりのアーティストとしてだけではなく、活動休止中のCHEMISTRYのことに対しても考えて進んでいけた時期かなと思っていて。ソロ活動は今も持続していることですけど、ひとりでやったからこそ、CHEMISTRYに対して気づけたこともいっぱいあったので。

離れてみて見えたことはなんでした?

川畑 まず、単純にCHEMISTRYという名前をみんなに知ってもらえてるっていうことですよね。CHEMISTRYには、みんなが知っているヒットソングと呼ばれるものがちゃんとある。その大きさを感じました。それって、やろうと思ってできることじゃないと思うんですよ。それを、今の2人がどう歌うのかっていう興味も出てきて、またCHEMISTRYをやりたいなと思ったんだと思います。ずっとCHEMISTRYをやってはいたけど、流れの中にいるとわからないことがたくさんあって。いったん立ち止まって、ひとりになったことで、そう感じることができて良かったなって思います。

堂珍 CHEMISTRYで、できることとできないことがあって、ソロでもできることとできないことがある。その、相対するのがすごく面白かったし、両方あることで、それぞれに対する考え方や視界もはっきり見える。あとはやっぱり、ポピュラリティを獲得しているCHEMISTRYに対しての可能性や魅力を強く感じましたね。今なら、当て書きというか、CHEMISTRYならこうするなっていうのがわかったような気がします。

川畑要

今年の2月に再始動ライヴで5年ぶりに一緒に歌ったときはどう感じました?

堂珍 単純に気持ち良かったですね。待っててくれた人たちの泣いてる顔もあれば、すごく幸せそうな顔もあって。こちらも自然と気持ちも入りましたし、最初から余裕を持って楽しめてる自分もいました。CHEMISTRYとして2人で歌うっていうことに関してすごく自然に楽しめたと思います。

川畑 ホント楽しかったですね。これまではCHEMISTRYの曲を聴くと、いろいろ思い出して涙してしまうっていう方が多かったんですけど、今回はそれ以前に、ただ2人が並んでいる姿を見て、喜んでくれたり、泣いてくれてたりしたのかなと感じていました。最初にも言いましたけど、戻るのが早くて良かったなって思います。正直、10年も間が空いたらどうなっているのだろうと思いましたね(笑)。

何かお互いの変化は感じました?

川畑 それが、すっと戻れたんですよね。久々に声を重ねてどうなるのかなって思ってたんですけど、CHEMISTRYをやっていた時間が圧倒的に長いので、そこは何も意識をせずに、すっと入れてしまった自分がいましたね。

堂珍 MCがうまくなってるなと思ったよ(笑)。

川畑 あ、たしかに。相方がよく喋るようになったなって感じてます(笑)。それは変化ですね。

あはは。意外な変化が。

堂珍 ソロのときは、どうしても喋らないといけないですからね。ひとりのときは、結果が全部自分に跳ね返ってくるし、良くも悪くも責任転嫁ができない。そういうなかでチャレンジしてきていて。単純に、音楽だけやっていればいい、歌だけ歌っていればいいわけではなくて、お客さんとの距離感というか、どうしたら喜んでくれて、どうしたら楽しんでくれるのかを考えるので自然とMCにも気を遣うし、どうしたら自分の緊張がほぐれて、どうしたら歌と演奏が良くなるのかっていうのも、喋りに通じていると思うんですよね。自分だけじゃなく、すべてに気配りをしていくっていうか。そういう経験が、2人に戻ったときに、いい感じに反映できてるなって思いましたね。

(笑)再始動ライヴでは新曲「ユメノツヅキ」を初披露しました。

堂珍 この曲は、リリース前に再始動ライヴで届けることを考えていて、いわばこれからのCHEMISTRYの意思表示の曲にもなるので、すごく大事でした。再始動する際に松尾さんと一緒にやりたいと思って、松尾さんと、今までのCHEMISTRYの曲の中でどういうタイプの楽曲で再出発したいのかっていう温度感やテンション感をいろいろ話したうえで、「ユメノツヅキ」が出来て。「ユメノツヅキ」は、デビュー曲「PIECE OF A DREAM」の“夢のカケラ”とか「Two As One」の“as one”、「君をさがしてた」や「合鍵」といった、自分たちの昔の曲のタイトルや、CHEMISTRYのリスナーに聞き馴染みのある言葉をかき集めてコラージュした、“もう一回、夢の続きを見よう”という曲になっていて。曲もテンション上げ目で、ファンクな感じがあって。再始動ライヴからいろんなところでやり始めてますけど、初めて聴く人にも聴きやすい曲になって良かったなと思います。