【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 46

Column

オフコースとベスト盤との面白い関係…。

オフコースとベスト盤との面白い関係…。

「これからオフコース聴こうという私は、何を聴けばいいんですか?」。そんな問い掛けには、最も新しい彼らのベスト・セレクション・アルバムであり、選曲にもファンの意向が反映された『ever』がいいのではと思う(封入されているライナーノーツは、手前味噌ながら、私が書いたものだし…)。 

でも、改めて彼らの歴史を振り返りつつ、当時の状況なども含め、ベストといえど、純然たる“作品”としても訴えかけてくるものがある一枚といえば、『SELECTION 1978-81』ではなかろうか。

世の中には、ひとつのアーティストに対して、何度もベスト・セレクションが企画される。オフコースもそうだ。特に彼らの場合、東芝EMIからファンハウスへ移籍した時、古巣からベストが出たが、これらは当時、本人達が与り知らぬシロモノだった。

それに較べ、まだ東芝時代に、本人達もほぼ納得づくで出されたのが“SELECTION”と題された2作だ。通常、与り知らぬベストの場合、ジャケット・デザインはお座なりなものが多い。それに引き替え“SELECTION”は違う。バンド名とタイトルが刻印された、金属のインゴットを配した重厚なデザインは、当時も今も、印象的であり続ける。そんなジャケットからして違う。そう。これはベストだけど、リッパな“作品”だ。

ところでオフコース、さらにソロの小田和正には、ある因縁というか、大ヒットしたシングルが、オリジナル・アルバムには収録されないという巡り合わせがある。タイミングがズレて、未収録となることが複数回あった。ちょうどこの時期は、「さよなら」がそうだ。この曲は凄かった。バンドは爆発的な人気を博し、ファン層も変化して、ライヴへ出向くと、そこに居た観客の平均年齢が、「いきなり10歳くらい下がった」と、小田はそう言っていた。客席からのキャーキャーという歓声も、この曲から始まったといっも過言じゃない。

そんな泣く子も黙るヒット作が、なぜか当時はオリジナル・アルバム未収録で、聴くことが出来たのは、このベストのみだったわけである。それ目当てで求めた人も多かった。このベストこそが愛聴盤だったという当時のファンも珍しくない(ビートルズでいえば『オールディーズ』みたいなものだろう)。

ヒトに推薦するのだし、責任上、改めて『SELECTION 1978-81』を聴いてみた。小田が7曲、鈴木が3曲、松尾が1曲という構成だ。さらに曲順でいうと、後半(アナログ盤的にはB面)の8〜10に、鈴木の曲が集中しているが、通して聴いてみると、実にしっくりくる並びであることが分かる。

小田と鈴木がジグザグで来たりすると、つい比較、しかもその比較も、二元論的な思考になったりする。しかしこの曲順だと、特に鈴木の3曲では、落ち着いて彼の世界に浸ることができる。そして最後の「I LOVE YOU」が、すべてを包むかのように効いている。

音質のことも書きたい。このアルバムは、アメリカ西海岸を中心に活動しているビル・シュネーがリミックスしたもので、特徴的なのは、各楽器の音が混沌とせずセパレートされていることと、残響が野放しじゃなく、意図を持ってサウンド・デザインされてることだ。

例えで説明するなら、紙に描いたイラストを思い浮かべてほしい。建物を描いたとして、その質感を伝えるため、柱に陰を添えるとする。そのことで、伝わり方はぜんぜん違う。それを音に置換え、ドラムだったら、残響を野放しにすることなく、こんな奥行きで響いた、といったあたり、確かな意図をもって、スタジオで調整したのだ。これ、ややもすれば不自然なものになる可能性があるわけだが、聴く者を納得させるものへ辿り着けるのが、ビル・シュネ−のような名エンジニアなのだ。

ここで再び、インゴットのジャケット・デザインを思い出して欲しい。まさに“このジャケットみたいな音がする”と言ってもいい…、かもしれない。ぜひ当時の曲順も含め、『SELECTION 1978-81』を聴いてみるのも一興ではなかろうか。

今回は、5人のオフコースのみの紹介で、いったん終わることとするが、「君が、嘘を、ついた」からのオフコースについても、機会があったら書きたい(というか、僕が直接取材したのは、主に4人になってから、だったのである)。

のちに小田に訊ねたところによると、5人と4人は、まったく意識が違うものだったようだ。4人になってからは“クリエーター/プロデューサー集団”というか、バンドに拘らない活動を目指したのだった。

その、広い枠組みの中のひとつが「バンドとしてもやっていく」ことだった。しかし世の中の目には、当然ながら「オフコースの活動再開」と映った。それも仕方ない。本人達が打ち出そうとしても、世の中は過去の実績に照らし合わせた見方しかしない。しないどころか、活動を再開し、再びステージに立った時の記事に、僕を驚愕させる、こんなものがあったのだ。

同業者が書いたものを批判するのは心苦しいが、そりゃないゼ、と、そう思ったその記事のタイトルは、「オフコース、変わらぬハーモニー」、であった。ひとり、重要人物が抜けている。“変わらぬ”わけがない。その記事が、メンバーの目に触れないことを願った。

いや、でも、「そんもなのだよ」といえば、そんなものかもしれない。引き続きオフコースという名前で活動を続けたがゆえ引き起こされた錯覚・幻聴が、つまりはその記事だったかもしれないのだ。

今回、オフコースに関しては以上である。解散の真実や、再結成の可能性についての文章を期待した方には、望むような内容ではなかったかもしれないが、いまも折に触れ、彼らの作品は個人的にも聴いて楽しんでいる筆者としては、“この曲って、こんな風にも聞こえるよね”、みたいなことを、これからも書けたらと思う。先入観にはならず、でも、彼らに興味を持ってもらえるような、そんな文章を…。

文 / 小貫信昭

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