LIVE SHUTTLE  vol. 214

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コンサート2017秋 ″Good Luck!″で魅せた、井上陽水にしか踏み込めない表現領域

コンサート2017秋 ″Good Luck!″で魅せた、井上陽水にしか踏み込めない表現領域

私は満足出来ませんでした、というヒトがいたら、それはかなり特殊なヒトだろう。近年稀にみるほど充実したステージだった。「氷の世界」や「夢の中へ」はやってくれるんでしょうか、というヒトも、陽水に関しては私、マニアックですよ、というヒトも、それぞれの好みを越え、客観的公準へと達するセット・リストと言えた。でも、どうやら今回のツアー、場所によりかなり選曲が異なるようだ。ということは、ここにさらに一期一会も加わった、ということだろう。そんな11月13日、東京・渋谷の「オーチャード・ホール」の模様をレポートすることにしたい。

場内が暗くなり、バンドの面々、そして陽水が現われる。グリニッジ標準時とは違う、“ヨウスイ時間”が動きだす。ゆったりしてるようでいて、急なカーヴもなんなくこなす、そんな時が流れ始めるのだ。1曲目は「この頃、妙だ」。コーラスのLynの幻惑的な歌声、バンドのポリフォニックな演奏に導かれ、陽水が歌い出す。今の世の中に対してトピカルに響くものだからこそ、この作品が1曲目に選ばれたのだと推測した。気づけば次の曲、「Pi Po Pa」、さらに「フィクション」へと、連綿と続いていく。目が、耳が離せない展開である。
「青空、ひとりきり」、「Make-up Shadow」は、腰の辺りがウズウズする。

「なぜか上海」では、ハンドマイクで身振りも合わせてのパフォーマンスだ。上腕から指先へ、滑らかに流れていく彼の“気”が、まるで晒されるような動きでもある。そこに歌声が混ざり合う。いつしか会場は、ベルベットの光沢をまとうかのような空気感へと変わる。
アコギをストロークするイントロからの「東へ西へ」。歌詞の“みんなガンバレ”だけ引用するなら、これは“励ましソング”だろう。でも何より、歌の主人公が自身にも呼び掛ける言葉ゆえ、ウワベではなく響く。この夜のセットリストに関しても一言。「なにも激しい曲を続けてやることはないんですけど」。しゃかりきになり過ぎないこのヒトの美学というか、大人のペース配分というか、そう話しつつ、サングラス越しに笑ってみせる。つられて会場も笑う。

マニアックと思える選曲が「My House」で、歌詞に関して言えば、理解することを手放した時、聴き手の掌に意味が降りそそいでくるかのような世界観である。ただ、全体を音楽として聞くなら、滑らかで力強い、バンドの音圧こそが心地良い。そのバンドは山木秀夫(ドラム)、美久月千晴(ベース)、長田進(ギター)、今堀恒雄(ギター)、小島良喜(キーボード)、 Lyn(コーラス)、佐々木詩織(コーラス)という面々だ。最後に全員の紹介もあったけど、それぞれの見せ場では、そのつど、陽水は彼らの名前を別個に紹介していた。こういう風習、実に大切だと思った。

NHK「SONGS」で安全地帯と共演した時の話など交え、ボッサの甘美な倦怠が響く演奏で、「ワインレッドの心」を歌ってくれたのも嬉しかった。番組内でも披露されたが、改めてこの作品の誕生秘話も…。実はこの日、他にも色々、曲作りに関する話が聞けた。そして曲作りといえば、親交の深いタモリからの依頼で『ブラタモリ』のために作った2曲、「女神」と「瞬き」を。前者は音楽スタイル的にはサルサであり、これまでとはまた違った魅力をもつ曲調である。
15分間の休憩を挟んで、アコースティック・コーナーへ。本人の両脇に長田と今堀のギター。若き日に出演していた「青い森」という店の話から、そこで出会った忌野清志郎、さらに二人の共作「帰れない二人」を歌う。「これからの季節に」と「神無月にかこまれて」。沢田研二に提供した「Just Fit」の時は、帰郷時のエピソードに登場人物として陽水の父も絡み、最後にその父の一言から大爆笑を誘う話芸も冴えた(久しぶりにライブのMCで、椅子から落ちそうになるくらい笑った)。

“そういう方面”の陽水のサービス精神も満喫しつつ、でも当たり前だが、ど真ん中にあるのは歌と音楽だ。「とまどうペリカン」が素晴らしかった。以前、ご本人にロング・インタビューした際、いままでで一番の作品は、なんて訊かれたら、「うっかりするとそういうところに該当するかも」と話してくれたのがこの曲だ。これぞまさに“ヨウスイ時間”が流れていく典型であり、この人にしか踏み込めない表現領域が露わにもなる。
「めぐり逢い」は、歌手活動35周年を迎えた薬師丸ひろ子への提供曲。作者自身の歌で“『9.5カラット』的”に聴けたのも貴重だ。楽曲提供というのも、ぜひぜひ続けて頂きたい活動のひとつ。これもややマニアックな選曲と言えたのが「夜のバス」だろうか。アコースティックだったオリジナルを、バンド・サウンドに発展させたものだ。以前もバンドで演奏されたことがあったと記憶するが、ポツンと一人、車内に座る主人公の寂寞感が、推進力あるバンドの音ゆえ際だって表現されるかのような仕上がりだった。すべてを振り払うかのような陽水の声の刹那…。いやこの曲…、最高だ。

イントロからして、いきなりファンクが躍動する「氷の世界」。座って集中し、じっくり彼の世界観を受け止めてきた観客も、もう座席を温めている時間帯ではなくなっていた。自然発生的にそこかしこのお客さんが立ち上がり、ビートに身を任す。音楽の感動って、七面倒くさい言葉を書き連ねることでも表現できるが、ここはひとつキッパリと、この曲なんていうのはこの一言だろう…。そう。カッコいい!
高速でイメージの乱反射を繰り返すがごとき最強のナンバーのあと、「結詞」が歌われるや、今度は音楽の説得力が、反作用し、真逆のベクトルとなり会場を包む。乱反射したものが丁寧に拾われ納まっていく。いくら伸ばしても、途中、痩せることのない彼の歌声。だからこその行間の美学。この作品など真骨頂だ。

アンコールも見応え満点だった。オリジナルとは違うリフレインにアレンジされ、イントロ聴いてもすぐには判らない仕掛けの「アジアの純真」。あの冒頭のギターの名フレーズは取っておいて、オーヴァチュア的なものが加わっていた「夢の中へ」。そして最後の最後に「傘がない」。演奏はハード・ロックのスタイルだが、ボレロのようにクレッシェンドし壮大なスケールを醸し出し、文字通り、この日のライヴを大団円へと導いた。

終演後、外へ出ると、舗道はけっこう濡れていた。まったく気づかなかったが、公演中、雨が激しかったようだ。しかしそれも止み、傘がなくても、困ることはなかった。

取材・文 / 小貫信昭 写真 / 有賀幹夫

井上陽水 コンサート2017秋 ″Good Luck!″
11/13(月) Bunkamura オーチャードホール公演セットリスト

01.この頃、妙だ
02.Pi Po Pa
03.フィクション
04.青空、ひとりきり
05.Make-up Shadow
06.なぜか上海
07.東へ西へ
08.My House
09.ワインレッドの心
10.女神
11.瞬き
12.帰れない二人
13.神無月にかこまれて
14.Just Fit
15.コーヒー・ルンバ
16.とまどうペリカン
17.めぐり逢い
18.夜のバス
19.氷の世界
20.結詞
アンコール
21.アジアの純真
22.夢の中へ
23.傘がない

井上陽水 コンサート2017秋 ″Good Luck!″

10/03(火)埼玉:大宮ソニックシティ 大ホール
10/11(水)群馬:ベイシア文化ホール (群馬県民会館)
10/18(水)愛知:愛知県芸術劇場 大ホール
10/31(火)鹿児島:鹿児島市民文化ホール 第1ホール
11/01(水)福岡:福岡サンパレス ホテル&ホール
11/06(月)宮城:仙台サンプラザホール
11/12(日)東京:Bunkamura オーチャードホール
11/13(月)東京:Bunkamura オーチャードホール
11/17(金)徳島:鳴門市文化会館
11/20(月)兵庫:神戸国際会館 こくさいホール
11/21(火)奈良:なら100年会館 大ホール
11/25(土)福島:郡山市民文化センター
12/03(日)東京:東京国際フォーラム ホールA

オフィシャルサイトhttp://yosui.jp/

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