佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 19

Column

1969年の夏、前川清の歌声を聴くたびに、”これがほんとうの日本のロックだ”と思っていた

1969年の夏、前川清の歌声を聴くたびに、”これがほんとうの日本のロックだ”と思っていた

1964年の4月、中学1年になったと同時に出会ったビートルズと、その半年後に出たローリング・ストーンズの「テル・ミー」にハマってから、ぼくは高校時代まで洋楽のレコードばかりを買って聴いていた。

邦楽のレコードを買うようになったのは1969年の夏、内山田洋とクール・ファイブの「長崎は今日も雨だった」からだ。
そして前川清の力強くてダイナミックな歌声を聴くたびに、”これがほんとうの日本のロックだ”と思っていた。

彼の歌を初めて生で聴いたのは1969年7月、たまたま渋谷のコンパに出演しているのを知って観にいったときのことだ。

クール・ファイブは2月に「長崎は今日も雨だった」でレコード・デビューしていたが、すぐにレコードがヒットしたわけではない。
まだ本格的に売れる直前だったので、コンパに酒を飲みに来た客の大半は彼らのことを知らない様子だった。

あまり真剣に聴いていない客を前にして、クール・ファイブは生演奏で30分のステージを行った。

そこで歌った「長崎は今日も雨だった」を聴いて、「レコードよりもいい!」と思ったのは、前川清のヴォーカルが本気でシャウトしていたからだ。

そして最後の曲となった「ダイナマイト」で、ぼくは迫力にすっかり圧倒されてしまった。

前川清はエルヴィス・プレスリーに影響されたイギリスのシンガー、クリフ・リチャードの「ダイナマイト」を実に力強いシャウトで、まるで吠えるかのように歌ったのである。

その頃は前川清が少年時代から洋楽を聴いて育ち、エルヴィス・プレスリーやロカビリーに憧れて歌手になったということを知らなかった。 だから驚きは大きかったし、偶然の出会いは衝撃的だった。

そのとき、前川清は20歳、ぼくは17歳だった。

クール・ファイブが退場して酒場のざわめきが戻ったなかで、ぼくは心のなかで「オリジナルよりも断然良かった!」と何回も繰り返しながら、一人で余韻を楽しんでいた。

前川清が生まれた長崎県の佐世保市は昔から軍港の街で、戦後はアメリカ海軍の基地が置かれてきた。
船大工だった父親は米軍基地で働いていた。
そのために多くのアメリカ兵が身近にいて、少年時代から前川清はジャズに慣れ親しんで育った。

ドアが開いている外国人バーから聞こえてくるジュークボックスの音楽、その重低音に心を奪われたことで、歌手の道をめざすようになったという。

そこから常に第1線で活躍してきた前川清は今年で69歳になったが、最新アルバムの『My Favorite Songs~Popular~III』では、ルーツともいえるエルヴィスやロカビリー時代の曲を中心に歌っている。

そんな前川清がテレビドラマに本人役で出演し、囚人番号69番の馬場カヨ役を演じる小泉今日子とデュエットすることになった。
そういえば小泉今日子も米軍基地のある町、神奈川県厚木市の出身だ。

宮藤官九郎が脚本を手がける『監獄のお姫さま』には、小泉今日子や満島ひかり、伊勢谷友介、夏帆、坂井真紀、森下愛子、菅野美穂が出演している。
細部へのこだわりやちょっとしたギャグをふくめて、とても周到かつ丁寧に作られていて、回を重ねるごとに見どころと泣きどころが増えて、実に面白いドラマだ。

しかも、ところどころに小泉今日子が恩師と仰ぐテレビドラマの演出家、作家でもあった久世光彦が手がけた作品にも通じるところがある。

昭和の時代に30%を超える視聴率を誇った人気テレビドラマ『時間ですよ』や『寺内貫太郎一家』、名作揃いと評価された『向田邦子スペシャル』シリーズ、視聴率は今一つでもカルトドラマとして語り継がれる沢田研二主演の『悪魔のようなあいつ』など、久世光彦は数多くのヒット作や話題作を残している。

そんな久世ドラマの特色のひとつが、ドラマの本題からはみ出した劇中のコント、不意に飛び出すギャグ、歌などに見られる独特のサービス精神とセンスの良さだった。

1年半ほど前のことだが、ぼくは小泉今日子から「久世ドラマのテイストを継承しているのは宮藤官九郎さんだと思う」と聞いたことがあった。

そうしたテイストが受け継がれているからこそ、前川清と小泉今日子のデュエットが実現することになったのだろう。


著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長に就任。 著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、

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