Interview

一日をご機嫌に満たす、Nulbarichのグッドグルーヴ。新作『Long Long Time Ago』を掲げ、JQが初登場!

一日をご機嫌に満たす、Nulbarichのグッドグルーヴ。新作『Long Long Time Ago』を掲げ、JQが初登場!

フロントマンのJQをのぞき、メンバーの素性や形態が謎に包まれているミステリアスなバンド、Nulbarich(ナルバリッチ)。2016年に活動をスタートさせると瞬く間に注目を浴び、2016年10月に発表した1stアルバム『Guess Who?』が第9回CDショップ大賞2017にエントリー。R&Bを軸に、ソウル、ジャズ、ファンクといった広範な音楽の要素を凝縮した作風をして、“和製ジャミロクワイ”や“和製マルーン5”と評されている。そんな彼らが、今年5月のEP「Who We Are」に続く、新作EP『Long Long Time Ago』を完成。大躍進を遂げた2017年を総括する作品について、JQに話を訊いた。

取材・文 / 小野田雄

バンドの自由な在り方が面白いと思う。形態の数だけ、Nulbarichの顔も変わる

Nulbarichは、巷では“和製ジャミロクワイ”、“和製マルーン5”であるとか、ポップロックバンドなどと形容されていますよね。ただ、作品を聴かせていただいて、個人的にはヒップホップ、R&Bが土台になっている人たちなのでは?と思いました。

そうですね。僕がブラックミュージックを聴くようになったのは、ヒップホップがきっかけで。その入り口はリアルタイムで聴いていた2000年代以降のヒップホップではあるんですが、先輩DJから90年代、80年代のヒップホップも勉強しろと言われて。そこでいろいろ聴くなかで、デ・ラ・ソウルやア・トライブ・コールド・クエストに代表されるサンプリングを活かした90年代のヒップホップが自分にはフィットしたんですけど、彼らのサンプルネタを掘って出会ったのが、ソウル、ファンク、ジャズだったりします。だから、“和製ジャミロクワイ”“和製マルーン5”と言われていることに対しては、自分がいちばん驚いているんですけど(笑)、その一方で音楽は感じた人が感じたままに語るものだし、ジャミロクワイやマルーン5は好きなアーティストであることは確かなので、恐れ多くて否定もできないという。ただ、個人的な実感としては、Nulbarichをヒップホップをベースにしたグループであると認識している人が実は多いんじゃないかなとは思っています。

そして、Nulbarichのお話をうかがう前に、その中核を担うJQさんのバックグラウンドについてお聞かせいただけますか?

幼少の頃にピアノを始めて、小学校で吹奏楽部、中高でバンドをやっていたんですけど、学生バンドって、受験シーズンに自然崩壊するじゃないですか。自分もまさにそんな感じだったんですけど、バンドでの活動は楽しかったので、いつかまたやりたいと思いつつ、その前にまずは自分が経験を積んで、レベルが高い人たちと出会える人間にならなきゃという考えのもと、シンガーソングライターとして活動するようになりました。ただ、シンガーソングライターとは言っても、自分はヒップホップが好きだったので、トラックを作ったり、プロデューサーとしての役割も含めての表現だったりするんですけど、そういう経験をしながら、古くは10年以上前から出会ったメンバーたちと、最近になって始めたのが、Nulbarichなんです。

ヒップホップを土台にしたバンドという意味では、最近復活したファレル・ウィリアムスのグループ、N.E.R.D.に近い気もします。

ホント好きですね。N.E.R.D.はしっかりとヒップホップを感じさせつつも、それを超越したバンド表現になっていますし、自分たちがバンドをやるにあたっては少なからず影響を受けていると思います。

そして、Nulbarichが面白いのは、バンド形態でありつつも、メンバーや編成は固定されていなくて、なおかつ、その素性が明かされていないところ。そこにはどんな意図があるんでしょうか?

トラックメイカーの視点で言うと、メンバーが固定されることで、鳴らす音に縛りが生まれてしまうのはリスクだったりする。自分としては、そうではなく、かっこいい曲を作ることをいちばんの正解にしておきたいんです。だから、曲にとってこの楽器は必要ないということも普通にあるので、メンバーを固定する必要性を感じてないんですよ。もちろん、公表していないだけで、Nulbarichにメンバーはちゃんといます。いるんですけど、今回のライヴは5人編成、次は6人編成と編成を変えることによって、その都度アレンジも変わるし、その形態の数だけ、Nulbarichの顔も変わる。そうすると、リスナーから「今回の5人が良かった」とか「いやいや、7人編成でしょ」「なんだかんだ言って、作品がいちばんいい」とか、いろんな意見も出てくるはずで、そういうバンドの自由な在り方が面白いと思うんですよね。しかも、メンバーの素性を明らかにしていないので、プライベートも含めラクにできるバンドというか、ミュージシャンがミュージシャンらしく自由に演奏できる健全な状況を作るためには、今のような素性を伏せたフリーフォームな形態にするしかなかったんです。

逆に言えば、素性を伏せることで、音楽に集中できて、その善し悪しが判断できますよね。

今は情報に溢れているので、肝心の音楽に辿り着くまでに、いろんな情報に触れ、それによって生じる先入観によって、音楽がぼやけてしまう気がするんですよ。Nulbarichが素性を伏せたのは、単純にアーティスト写真が間に合わなかったという意図しない要因もあったからなんですけど、みんなが僕らの音楽を聴くきっかけになったのは、「これ誰?」と思ってくれたというのもあると思うので、僕らのことを知るには曲を聴いてライヴに行くしかないというシンプルな流れも良かったんでしょうね。

根底には、クラブでDJがかけるサウンドという縛りがある

そして、作品としては、2016年6月のシングル「Hometown」を皮切りに、同年10月のアルバム『Guess Who?』、今年5月のEP「Who We Are」をリリースしながら、音楽性は絶え間なく変化、進化していますが、その流れをご自分ではどう捉えられていますか?

たぶん、どこかで一周するとは思うんですけど、僕らとしては何の違和感もなく、自然な流れでいろんなことにトライするなかで、変化していっている部分と変わらない部分の両方があります。進化と言えば、たしかに進化だし、作品が完成した時点では満足しているんですけど、しばらくすると、もっとこうしておけば良かったと思ってしまうし、その想いがライヴに反映されて、オリジナルから発展したアレンジになったりもする。そして、ライヴで発展させたアレンジに触発されたものが、今回の作品には活かされていて、例えば、2曲目の「Spellbound」は、前作「Who We Are」収録の「On and On」のライヴアレンジが反映されたものだったりするし、Nulbarichのライヴをずっと観てくれている人だったら、わかってもらえる流れにはなっていると思います。

前作「Who We Are」の4曲もそうですし、今回の「Long Long Time Ago」の4曲にしても、それぞれアプローチが異なっていて、Nulbarichの引き出しの多さはすべてのリスナーが感じることだと思います。

僕らの根底には、クラブでDJがかけるサウンドという縛りがあるんだと思います。でも、その縛りは不自由なものではなくて、例えば、クラブのオープンからクローズまでいれば、ひとつのイベントでもいろんな音楽が聴けるし、その大きな流れのなかで、DJが起承転結をつけるわけで。自分たちがやっている音楽にもそんなイメージがあって、作品でいろんなことをやりつつ、Nulbarichらしさをセルフプロデュースしているつもりだし、いろんなことをやって散漫な印象を与えるんじゃなく、あくまで大きなものを見せたいし、聴かせたいんです。