佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 21

Column

音楽の魔法を体感できた「まりこの舟唄」

音楽の魔法を体感できた「まりこの舟唄」

東京国際フォーラム ホールで11月17日と18日に開催された、作詞家の阿久悠さんをリスペクトするコンサートの印象が、時間が過ぎても鮮明に記憶に残っている。

今になって思い起こしてみると、あの2日間は偉大なる作詞家が残した歌をめぐって、歌手たちが真剣勝負を挑んだ試合だったようにも思えてくる。

数え切れないほど多くの歌を書いた阿久悠という巨人にではなく、彼が残したひとつひとつの歌に対峙して、出演者たちは敬意と感謝を込めて歌とパフォーマンスによる表現に挑んでいた。

「~没後10年・作詞家50年・生誕80年メモリアル~」と銘打たれたコンサートには、以下のシンガー、アーティスト、グループが出演した。

八代亜紀、大橋純子、林部智史、MAX、北原ミレイ、石野真子、ささきいさお、Char、新妻聖子、山本リンダ、ゴスペラーズ、和田アキ子、木の実ナナ、五木ひろし、岩崎宏美、松下優也、増田惠子、BOYS AND MEN、石川さゆり、森進一。

それぞれが阿久悠の手になる歌を披露したが、いずれも清々しく、潔く、そして凛とした印象を受けた。

そして2日間にわたって繰り広げられた歌とパフォーマンスを支えていたオーケストラ、そこに集まった音楽家たちによる演奏、編曲と指揮を行った音楽監督・本間昭光の仕事、いずれも実にすばらしいものだった。

さて、そうしたコンサートの余韻が続くなかで、CD『地球の男にあきたところよ ~阿久悠リスペクト・アルバム』を聴くことになった。

これも 「~没後10年・作詞家50年・生誕80年メモリアル~」という企画の一環で、未発表のまま眠っていた歌詞に、吉田拓郎が新たに作曲した歌などを収録した、現在進行形の阿久悠トリビュート最新作である。

184ページにおよぶ別冊BOOK に収録されたインタビューをふくめて、すみずみまで行き届いたていねいな仕事で、聴き応えも読み応えも十分だった。

なかでも、浜田真理子による「舟唄」には感銘を受けた。

1979年に八代亜紀が発表した「舟唄」は、もとはといえば阿久悠がもっとも畏怖していた歌手、美空ひばりに歌ってもらうことを想定しながら書いた作品である。

しかし「舟唄」は人と人との縁によって、友人の新聞記者・小西良太郎の机のなかで、しばし未発表のまま眠ることになった。
その歌詞を見て触発された作曲家の浜圭介によって、見事なメロディーが付いたのは、偶然という名の必然だったのだろう。

もちろん、その時点では浜圭介も、美空ひばりが歌うことを前提にしていた。

にもかかわらず、八代亜紀の新曲となって世に出ることになった。
これもまた、歌と時代のめぐり合わせである。

八代亜紀の力強い唱法を得た「舟唄」は、大ヒットして演歌の代表曲になっていく。
その経緯について、阿久悠自身がこのように述べている。

ある時、この詞が起死回生を願っていた浜圭介の手に渡り、あのようないい曲が付いて、八代亜紀が歌うことになった。
その辺の事情は長くなるので省略するが、原稿の中の一編の詞が、原稿を離れて独立し、だんだん肉体化していく過程は、人の運命のようで面白いし、その間に、小西良太郎、浜圭介と歌を愛する人の手でリレーされたことは幸福であったと思っている。
(阿久悠『愛すべき名歌たち―私的歌謡曲史―』岩波新書)

そんな「舟唄」をカヴァーするにあたって、浜田真理子はファド(ポルトガルの民族歌謡)をイメージしたという。
そしてファドを成立させるために、12弦ギターやヴァイオリンとともに、あたかも「まりこの舟唄」であるかのようにヴォーカルとピアノで、歌の世界を表現していた。

その優しく嫋やかなヴォーカルから伝わってくる情感は、美空ひばりが20代だった頃の代表作「ひばりの佐渡情話」の繊細さや美しさにもつながっている。

つまり一般に知られている力で押して歌い上げる唱法とは反対に、気持ちを込めつつも引いて歌うことによって、聴き手のなかに“うたのこころ”がふっと立ち昇ってくるのだ。

そんな音楽の魔法を体感できたのは浜田真理子の「舟唄」が、その場の空気を共有するミュージシャンと作った音楽として、「まりこの舟唄」になっていたからだろう。

ほんとうにいい歌は、新しい命が吹き込まれることによって、何度でもよみがえることができる。

歌や音楽が生きものであること、歌手もまた生きものであるという思いを、あらためて強くした。


著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長に就任。 著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、

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