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宇多田ヒカル デビュー20年目突入。レーベル移籍後の意欲的活動を徹底検証

宇多田ヒカル デビュー20年目突入。レーベル移籍後の意欲的活動を徹底検証

2017年12月9日でデビュー丸19周年を迎え、20年目に突入した宇多田ヒカル。そのタイミングにあわせ12月9日に自身初の歌詞集『宇多田ヒカルの言葉』、前日12月8日には配信限定の新曲「あなた」がリリースされた。各作品にまつわる施策も方々で行われ、彼女を取り巻く状況はにわかに忙しくなっている。

2017年後半、新曲を発表し続けた宇多田ヒカル

思い返せば、2017年、特に下半期は宇多田ヒカルの話題が絶えず供給されていた。『Fantôme』リリース以降に焦点を当て、レーベル移籍後の動きを見ていこう。

2016年9月に約8年ぶりのアルバム『Fantôme』を発表し、そのプロモーション活動や『クリスマスの約束』『第67回NHK紅白歌合戦』といった年末特番への初出演を終えた宇多田は、2017年3月、ソニー・ミュージックレーベルズ内のEPICレコードジャパンへ移籍。デビュー以来所属してきたユニバーサルミュージック(旧EMIミュージック・ジャパン、東芝EMI)を離れるというニュースは音楽業界全体に大きな驚きを与えたが、それは新たなクリエイティブ展開と精力的な活動継続の示唆でもあった。

7月10日には第1弾として「大空で抱きしめて」、7月28日に第2弾として「Forevermore」という新曲を立て続けに配信限定でリリース。前者は「サントリー天然水」CMソングで、本人もCMに出演し、奥大山で気持ちよさそうに登山する様子を披露。後者はTBS系ドラマ『ごめん、愛してる』の主題歌として書き下ろされたラブソング。ミュージックビデオは、宇多田による生命力あふれるコンテンポラリーダンスで全編構成されており話題を集めた。

「『あなた』は日本独特の奥ゆかしさを持った、素敵な言葉」

そして「あなた」は、12月9日に公開された映画『DESTINY 鎌倉ものがたり』の主題歌。まずは楽曲に対して、宇多田本人は映画のオフィシャルサイトでこうコメントしている。

「資料として大まかなあらすじは頂いたんですが、ストーリーの世界観をもっと知りたくて、原作を数巻購入して読みました。この世とあの世が当然のように交差する古都鎌倉の不思議、どのような環境でもそこに住めばそれが日常になるということ、大切にしたい人と信頼関係を少しずつ築いていくプロセス、そして『悟り』とは真逆のことだけれど、死んでも手放せないほどこの世のなにかに執着することの人間らしさに共感して、自分の死後を想像して『あなた』を制作しました。ひとつの普遍的な愛の形として、母親目線から音楽的表現をしたのはこの歌が初めてになります。」

ここで注目すべきは、「初めて母親の視点で書いた」ナンバーだということ。
<あなた以外なんにもいらない 大概の問題は取るに足らない>
というフックをはじめ、
<一日の終わりに撫で下ろす この胸を頼りにしてる人がいる くよくよなんてしてる場合じゃない>
<ただの数字が特別になるよ>
<あなたと歩む世界は息を飲むほど美しいんだ>
まさに“母は強し”な言葉の数々。より力強く美しい感性を身に付けた宇多田ヒカルが、そこにいるのだ。

つまりタイトルと曲中の「あなた」は、最愛の存在を指す言葉となるが、このワードについて宇多田はMUSIC ON! TV特番内のインタビューで秘話を明かした。

「最初に決まった言葉が『あなた』だったんですね。それでもうタイトルにしようと思って。書いてるうちに気付いたんですけど、『あなた』ってたぶん英語で言うところの『Darling』に近い意味があって。他人行儀というか距離をちょっと感じる丁寧な表現なんですけど、それをあえて近い人に向けたとき、『あなた』っていう言葉は、日本独特の奥ゆかしさとか、何かを大事に思ってる気持ちが伝わる、素敵な言葉だなあと思って。最初に出てきて本当によかったと思ってます」

レコーディングメンバーが語る宇多田のものづくり

レコーディングには、ロバート・グラスパーやディアンジェロなど、アメリカのみならず世界中から圧倒的な支持を集めるクリス・デイヴ(Dr, Per)、エミリー・サンデーやメアリー・J・ブライジとの仕事で知られるジョディ・ミリナー(B)、サム・スミスのツアーメンバーでもあるルーベン・ジェームズ(Key)らが参加。ストリングスも『Fantôme』以降の宇多田ワークスでおなじみの面々が起用されている。

宇多田のレコーディング方法は、バンドと一気にライブ演奏で2、3回録るというもの。この潔い手法には、明確なビジョン、良し悪しを瞬時にジャッジする決断力が必要で、宇多田のものづくりは世界的なプレイヤーたちからも絶賛されている。

「私たちは息がぴったり合うんです。ヒカルは私の演奏が好きなので、彼女が音楽に求めるものを提供して喜んでもらうという意味で、私にとってはやりやすいです」「制作にあたって全員がスタジオに同じ時にいるというのが、私はとても好きです。みんなそれぞれ思いやアイデアを出し合って、それがとても役に立ちます。美しいプロセスです」――クリス・デイヴ

「ヒカルはどのようにしたいかという、とてもはっきりしたアイデアを持っているので、私たちの仕事もとても楽でした。でも同時に、自分たちで解釈する部分も残されていました」――ジョディ・ミリナー

また、「あなた」のミュージックビデオはレコーディング風景をモチーフに、実際にRECを行ったロンドンのRAK STUDIOSに参加ミュージシャンを集めて撮影された。「Forevermore」と同じ、ジェイミー・ジェームス・メディナが2度目の監督を務めたが、全編コンテンポラリーダンスというハイコンセプトな前作とは真反対の、ごくシンプルな映像に仕上がっている。

レコーディングスタジオで撮影するという、ミュージシャンにとって“ドキュメンタリー”とも言える映像になったのは、宇多田自身のアイデアだ。「前作『Forevermore』は私らしからぬダンスのビデオだったので、今回はもっとベーシックに戻ってミュージシャン・歌手である、というところに焦点を当てたかった」とのこと。ジェイミー監督も「今回のビデオは音楽自体を楽しむものにしたかった」と解説している。

もっとも、“レコーディングスタジオ”は、宇多田が一番リラックスできる場所だ。宇多田含め出演者は全員私服で、周囲のスタッフも必要以上の作り込みをせず、宇多田のやりやすい環境を用意することにこだわったそう。こういった演出は、“普遍的な愛の形”を飾らずに吐露したこの曲の、最適な表現方法だったに違いない。なお、YouTubeではMVショートバージョンとメイキングダイジェストが視聴できる。

全3期に分けられる『宇多田ヒカルの言葉』

もう一方のリリース作品『宇多田ヒカルの言葉』は、デビュー曲「Automatic」から最新曲「あなた」まで、これまで発表した全75曲の日本語詞を制作された順に掲載した歌詞集。加えて、宇多田ヒカルの作品についてあてた文章を、石川竜一、糸井重里、小田和正、河瀨直美、最果タヒ、SKY-HI、水野良樹(いきものがかり)、吉本ばななという各界の著名人8人が寄稿しており、単なる歌詞集以上の読み応えを持った書籍になっている。

本の中では、宇多田ヒカルのリリックワークを「1998-2001」「2001-2008」「2010-2017」の3期に分けている。第1期は、社会現象的なセールスを巻き起こしながら作詞・作曲に没頭した2ndアルバム『Distance』まで。“日本語で歌詞を書く”行為の初期だったと言えよう。次章は、作詞・作曲に限らず、編曲・プロデュースまで関わるようになった3rdアルバム『DEEP RIVER』、4thアルバム『ULTRA BLUE』、5thアルバム『HEART STATION』の時代。そして、母親・藤圭子への思いを忍ばせた「嵐の女神」をはじめ、2010年発売の『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.2』のDisc2に収録された新曲5曲より、日本語詞への向き合い方が変わる。さらに2010年以降の“人間活動”期間に、母親の死、再婚、出産を経験したことで、その後の楽曲の詞はグッと深化した。

多くの媒体でインタビューを受けたり、SNSで曲について解説したり、ライヴでファンとコミュニケーションを取ったり、ということが少ない彼女にとって、宇多田ヒカルのメッセージの真髄はシンプルに楽曲の中にある。今、彼女が何に感動し、興奮し、疑問を持ち、愛しているのかは、たとえタイアップ作品であっても、その詞に映り込んでいるだろう。解釈は『宇多田ヒカルの言葉』を読んだ各々に委ねるが、近年「邦楽とは突き詰めれば詞と声」と発言する彼女の脳内に興味のある人は一読してほしい。

“いい音をいい環境で伝える”アティチュード

宇多田ヒカルのプロモーションに関しては、長らくスタッフを務める梶望氏が主導しつつ“作品ファースト”で行われてきているが、レーベル移籍以降は、ソニー系列のブランドと新たな関わりが目立つ。

まず「あなた」はソニーのBluetooth対応イヤホン「ノイキャン・ワイヤレス」のCMソングに使用され、本人も出演。全国5都市にあるソニーストアでは、12月8日〜10日に“宇多田ヒカルSPECIAL 3DAYS”と題したキャンペーンが実施され、ソニーのオーディオ関係者と宇多田の制作プロデューサー・宇多田照實氏、制作ディレクター・沖田英宣氏、レコーディングエンジニア・小森雅仁氏らが登壇するトークセッションも開かれた。また、2018年7月1日に開局20周年を迎えるソニー・ミュージックエンタテインメントのCS音楽チャンネル・MUSIC ON! TVは、 周年プロジェクトの一環として「Forevermore」と「あなた」のミュージックビデオコラボプロジェクトを展開し、宇多田本人と参加ミュージシャンのインタビューをオンエア。いずれも“いい音をいい環境で伝える”アティチュードを仕掛けている。

一方『宇多田ヒカルの言葉』は書籍という特性上、全国38店舗の書店にて、宇多田本人の推薦図書を紹介するコーナー「宇多田書店」が企画された。この「宇多田書店」は2009年3月に初のアーティストブック『点 –ten-』『線 –sen-』発売の際に実施され、好評を得た企画。宇多田は今回も、三島由紀夫やシェル・シルヴァスタインらの文学作品から、『うる星やつら』『SLAM DUNK』などのマンガ、絵本まで、幅広いジャンルの作品を選出した。どのような文学を経て”宇多田ヒカルの言葉”が紡がれてきたのか? 宇多田の読書家としての趣味や創作活動の種をうかがい知ることができるのではないだろうか。

さらに全音楽ファンへ朗報と言えるのが、「Automatic / time will tell」から『Fantôme』までユニバーサルミュージック時代の音源が、12月8日より主要サブスクリプションサービスで配信開始となったこと。これにより、すでに国民的なアーティストとして認知されている彼女だが、新たにファンになる新規リスナー層も、楽曲再評価の波も広がっていくのではないだろうか。

デビュー20周年に向けてアルバム&全国ツアー

このように今、宇多田ヒカルの音楽は、キャリアを振り返りつつも、新しい施策を積極的に行い、さまざまなポイントから手に取りやすい状況にある。

最後に、本人の現在の創作状況に目を向けてみよう。母の死と真っ向から向き合い、「初めて『売りたい』と思った」という最新アルバム『Fantôme』が高い評価をもって受け入れられたことは、本人にとって果報を意味した。それを経た今、宇多田の創作へのモチベーションは限りなく高いはずだ。7枚目のオリジナルアルバム発売を目指して鋭意制作中というから、我々は完成をじっと心待ちにしていよう。

2018年はいよいよデビュー20周年イヤー。前述のニューアルバムの発売に加えて、コンサートツアー開催予定という吉報が入ってきた。宇多田が国内ツアーを行うのは、2006年に実施した”UTADA UNITED”以来12年ぶり。国内随一のシンガーソングライターのアニバーサリーはどんな祝祭となるのか、今から楽しみなところだ。

文 / 鳴田麻未

その他の宇多田ヒカルの作品はこちらへ

書籍「宇多田ヒカルの言葉」

http://www.m-on.jp/utadahikaru/

宇多田ヒカル(うただひかる Utada Hikaru)

シンガー・ソングライター 1983年1月19日生まれ
1998年12月9日にリリースされたデビューシングル「Automatic/time will tell」はダブルミリオンセールスを記録、15歳にして一躍トップアーティストの仲間入りを果たす。
そのわずか数か月後にリリースされたファーストアルバム「First Love」はCDセールス日本記録を樹立。いまだその記録は破られていない。
以降、アルバムはすべてチャート1位を獲得。2007年にはシングル「Flavor Of Life」がダウンロード世界記録を樹立。
2010年に「人間活動」を宣言し一時活動休止期間に入ったが、2016年4月に配信シングル「花束を君に」「真夏の通り雨」のリリースによってアーティスト活動を本格始動する。2016年9月に発表した6枚目のオリジナルアルバム「Fantôme」は自身初のオリコン4週連続1位や全米のiTunesで3位にランクイン、CD、デジタルあわせミリオンセールスを達成するなど、国内外から高い評価を受けた。2017年3月にEPICレコードジャパンにレーベル移籍。7月10日移籍後初となる新曲「大空で抱きしめて」、7月28日に移籍第二弾ソング「Forevermore」を配信。

オフィシャルサイト
http://www.utadahikaru.jp/