黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 10

Interview

ゲームデザイナー上田文人氏(上)『ICO』『ワンダと巨像』『人喰いの大鷲トリコ』独自の世界観を持つ作品創りの原点とは?

ゲームデザイナー上田文人氏(上)『ICO』『ワンダと巨像』『人喰いの大鷲トリコ』独自の世界観を持つ作品創りの原点とは?

音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。

上田文人の作品は、最初から最後まで上田文人を感じさせてくれる…。抽象的な表現で申し訳ないが、そのように感じるのは私だけではないだろう。ビデオゲームのコンテンツの内容がスケールアップし、開発に投じられる予算と人員が拡張する中で、クリエイター個人のテイストをダイレクトに感じることができる作品はそれほど多くない。上田が紡ぎ、繰り広げるキャラクターやストーリーを投影して、普段は実感の薄い人と人との繋がり、人と動物、または見えざる何かとの繋がりを感じさせてくれる。そのゲームコンテンツの中に反映される上田文人の心模様の一端を開いてみたいと思ったのが今回のインタビューのきっかけだ。

今回の「エンタメ異人伝」は、上田文人と彼の作品を形成するもの、彼を動かすモチベーションに迫るものである。

インタビュー取材・文 / 黒川文雄

映画などで表現できないようなものを表現しないとビデオゲームの意味がない

幼少期のお話からうかがいたいと思います。出身は兵庫県とのことですが。

上田 そうですね。兵庫県のたつの市です。

どのような町でしたか?

上田 あんまり特徴がないというか、いたって普通というか。それほど都会でもないし、田舎でもないしっていうような感じです。

当時、夢中だったものや、のちの上田さんにクリエイティブの部分で影響を与えたようなものはありましたか?

上田 小さい頃から絵を描くのが好きで、自分でも得意意識を持っていました。あと、父親がけっこう遊びの道具を作ってくれるタイプの人だったんです。近くで竹を切ってきて、それを削って竹とんぼにしたりとか、弓矢や吹き矢を作ったりとか。

おお、そうなんですね。お父様はどういったお仕事をされていたんですか。

上田 モノづくりとは関係ない仕事ではあるんですけど、手先が器用だったんでしょうね。もちろん、オモチャも買ってもらったりしましたけど、そうやっていろいろ作ってもらったことの方が記憶にあります。それで、僕も見よう見まねで、少し危ないんですけど、武器みたいなものとか魚や動物を捕まえる道具とか作ったりしましたね。

上田さんの作品を拝見していると、動物との触れ合いや人との繋がりみたいなものをすごく感じるんですけど、それはやっぱりそうした幼少期の体験がルーツになっているところはあるのでしょうか。

上田 いままで受けた取材やインタビューでも言っているのですが、昔からさまざまな動物を飼っていたので、そのときの記憶をもとに作ってるっていうのはありますね。ただ、それをテーマにしてきたという意識はありません。他の人が持っていない自分だけのモノを探していったときに、そういえば動物をたくさん飼ってたんで、動物の生態や動きみたいなものは他の人よりも詳しいだろうし、そういうものを表現したら、きっとそこで商品価値が出せるんじゃないかなあと考えて作ってきたというだけです。

そうでしたか。上田さんの作品には言葉は交わせないけれど、人と人との繋がりや、人と動物の繋がりを感じさせるものが内在している気がしていて、僕はそう思っちゃったんですね。

上田 よくそう言われるんですけど、自分としてはこれまで遊んできたビデオゲームの好みや不満に感じたことなどを反映しているにすぎないと思っています。たとえば、たくさんテキストを読むようなゲームはあまり好みではないとか。あと、僕はもともと美術をやっていて、最初は食べていくための仕事としてゲーム業界に入りました。自分が持っているスキルを活かせるものは何かと考えたとき、当時はビデオゲームが最適なジャンルというか業種だったんです。だから、それまでやってきたアートや美術では表現できないようなもの、あるいは僕は映画も好きなんですが、映画などでは表現できないようなものを表現しないと、ビデオゲームという業種を選択した意味がないなってことを思っていて。そういう意識から今のような表現に繋がっているんだと自分では思っていますね。

2002年西海岸にて乗馬体験

作品は自分の一部を表現しているに過ぎない

少し話を戻させて下さい。絵を描くことが好きだったということで、大阪芸術大学(大阪芸大)に進学されるわけですけど、もともと美術方面に進みたいというのがあったんですか?

上田 いえ、そうでもなかったですね。高校時代はデザイン科だったので、ファインアート、純粋美術よりも、どちらかというとデザインのほうが好きだったんです。ですから、あまり美術方面に進む、みたいな意識はなかったんですが、美術部にいたこともあって美術担当の先生が進学を勧めてくれたんです。

高校卒業後はデザイン系の制作会社や代理店などへの就職を考えられていたと伺っています。でも、先生の勧めがあって、ちょっと道が変わったというか、より自分が表現できる方向にいったというわけですか。大学時代はどうでしたか? オートバイや野外活動をさかんにされていたというのを読んだことがあるんですけど。

上田 はい、あんまり真面目な方じゃなかったと思いますね。

どんなオートバイに乗られていたんですか?

上田 そのときは中型免許しか持ってなかったので、原付と400ccのオートバイに乗ってました。オートバイは若い頃から、ずーっと乗り続けてますね。

僕が上田さんに持っているイメージは絵を描いたりとかそっちのほうで、オートバイが好きというのは少し意外な気がします。

上田 そう思われているんだろうなあっていうのは自分でもなんとなく感じています。そういった自分が作ったモノのイメージで見られがちなんですけど、それはあくまで自分の中の一部分を表現しているにすぎません。普段はオートバイに乗ったりしますし、ゲームでいうとファーストパースンシューティング(FPS)とかもやったりします。

授業などに関してはあまり真面目な学生ではなかったということですが、なぜでしょうか。

上田 大学に入るまでは具象絵画(注1)っていうのをやってたんですね。ところが僕が進学した大阪芸大の美術学科は、抽象絵画(注2)というか、自分の内面にあるものを表現するみたいな、テクニックというよりももう少し感性に寄った表現を推奨する学科だったんです。でも、僕は高校ではデザイン科だったこともあって、自分の内面にあるものを表現するっていうことをあんまりしたことがなかったんです。それで、ちょっと空回りするというか、最初はあまり楽しくなかったんですね。そういうこともあって、学校の授業に関してはあまり真面目じゃない学生になっていったのかなあと思います。

注1:対象物を具体的、具象的に描いた絵画を指す。いわゆる抽象絵画の対概念的な用語。
注2:具象絵画の対概念的な用語で、対象物を見た目にとらわれず独自の視点で描いた絵画を指す。ピカソのキュビズムなどが有名。

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