黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 10

Interview

ゲームデザイナー上田文人氏(下)様々な苦労を経て作られた『ワンダと巨像』 そしてゲーム開発において第一に考えるものとは?

ゲームデザイナー上田文人氏(下)様々な苦労を経て作られた『ワンダと巨像』 そしてゲーム開発において第一に考えるものとは?

ゲームのセオリーだったり暗黙のルールだったりを排除しようと思った

そのあたりの世界観がブレることなく、ある種の上田ワールドを展開し続けるっていうのはすごく素晴らしいことですし、いいと思うんですけど、違うものにチャレンジしたいという気持ちはなかったんですか?

上田 ありましたね。『ICO』が終わったあとに僕が提案していた企画はコントローラーを使わないゲームでした。僕はもともとゲームをやらない人に遊んでほしいと思って『ICO』を作ったんですね。それこそ『パラッパラッパー』だったり『IQ』だったりっていうのは、そういうカジュアルユーザーに受け入れられたと思うんで、ああいうものを自分も作りたいと。ゲームっぽくないものっていうのをひとつのテーマとしていたので、ゲーム独自のセオリーだったり暗黙のルールだったりを排除しようと思ったんです。

でも、『ICO』は。結果的にあまりセールスに結びつかなかったんで、ちょっとあきらめみたいなものもあって、よりゲームぽくない方向性のアイデアとしてボタンの多いコントローラーは避けたいと。で、コントローラーを使わないゲームってなんだろうって考えたときに、思いついたのがペンを使ったタッチパネルだったんです。CGの世界ではもうタブレットがありましたからね。あとはヘッドマウントディスプレイを使ったゲーム。そのふたつを考えていて、当時の上司に話したのを覚えていますね。

タッチペンでの操作となると、任天堂DSがイメージできますが…(笑)。

上田 いや、当時はまだ出てなかったんです(注39)。

注39:『ICO』の日本での発売は2001年12月6日で、初代ニンテンドーDSは2004年12月2日に発売された。

ああ、まだでしたか。

上田 任天堂DSが出る前でしたが、そんな企画にオッケーが出るわけもなく。他にもそういうアイディアはあったんですが、まだ現実的ではないってことになって。じゃあ、当時自分はネットワーク対戦ゲームを好んで遊んでいたので、そうしたネットワークを使ったゲームだったら、まだ作る意味があるのかなと思ったんです。

それで、そういうものを作るのであれば今度は『ICO』とは違ったものを、と。『ICO』はゲームをやらない人に遊んでほしいと思って、いろいろな試行錯誤してきたんですけど、次はもっと売れるものにしたいということもあって、もう少しゲーム寄りにしようかと。アクションゲームというっていう体にして、敵と戦うっていうところをしっかり作りましょうとか、ゲージとかがあってもいいかなとか。そうやってスタートしたのが『ワンダと巨像』でした。

ネットワーク対戦で、みんなで一緒に巨大なモンスターを倒すゲーム

当初はどんなゲームを考えられていたのでしょうか。

上田 もともとはネットワークで複数プレイヤーがログインして、巨大なモンスターに集団でよじ登って一緒に倒すっていうものだったんですね。でも、当時はネットワーク技術を持った技術者がいなかったんです。ネットワーク専用ゲームというものもまだなかった時代で、スタンドアローンとネットワーク両方をパッケージングしないといけないということもあって、両方作るのは不可能だろうと。だったらスタンドアローンに絞ってっていう流れで『ワンダと巨像』になっていったんです。

『ワンダと巨像』は巨像を倒すという、ある種の暴力性といいますか、ゲーム的な戦う要素がすごくフィーチャーされています。当時、『グランド・セフト・オート』をすごく遊ばれていたっていう話を読んだことあるんですけど、そうした他のゲームから影響を受けたということはありましたか?

上田 影響というよりも、やはりビデオゲームのプレイヤーは、わかりやすく剣でモンスターを倒すみたいなものを少なからず求めているんじゃなかろうかっていう考えの方が大きかったです。

ただ、当時のRPGとかにあったような、パーティーを組んで、ちっちゃなモンスターを集団で倒すというようなビジュアルはあんまり恰好よくないなっていうのはありました。もっと強大な敵にひとりで立ち向かう主人公みたいなビジュアルの方が格好いいし、自分が主役になるんだったらそっちのほうがいいよね…みたいな。自分が表現するものとして戦うゲーム、敵を倒すゲームを選んだとしても最低限そうしたいっていうのがありました。

こちらも作る過程でいろいろ苦労されたと思いますが。

スウェーデンのマルメにて

ゲームのなかで、不自然ではないかたちの世界を表現したい

上田 『ICO』のときとはまた違った苦労がありましたね。『ICO』は先ほども言いましたけどテクニカルに長けたスタッフが少ないという前提でスタートしたので、あまり技術的に高いものっていうのは期待していなかったんです。ですが、『ICO』が完成したことによってスタッフのスキルも上がったし、技術的に長けたスタッフが存在しているってこともわかったんですね。

それで、次に何を作るのかってなったときに、次は技術的により高度なものにチャレンジしてみたいっていう欲が出てきまして。なので、『ワンダと巨像』では変形コリジョン(注40)っていう新しいアイディアを思いついたり、シームレスに広がる読み込みがない世界の実現を目指したりしたんですが、これらの部分でかなり苦労したのを覚えていますね。

注40:主人公のワンダが巨像にしがみつき、よじ登るというインタラクションを実現するための描画方式。巨像の動きに合わせて巨像の表面の衝突判定モデルが変形することから、このように呼ばれた。

『ワンダと巨像』が特に象徴的ですが、上田さんの作品にはよく橋があって最後に壊れたりとか、橋がすごく何かと何かのシーンをつなぐ重要な意味を持っているような気がするんです。それは意図的というか、上田さんの何か思いみたいなものがあるのでしょうか。

上田 それも稀に聞かれるんですよね。似通ったモチーフを選ぶのは何かしらのテーマ、哲学に根差したものがあるんじゃないかとか。まあ、哲学といえばそうかもしれませんけど、ゲームを作っていて、なるべく不自然でないように世界を表現しようとすると、橋のような形状が都合が良いっていうのが正直なところですね。見えない壁という不自然な表現を避けてプレイヤーの行動を誘導するとか、ある程度行動できる範囲を狭めるとか。ある場所からある場所を通らせる自然な展開だったり演出を行いたいとなると、今の自分が持っているネタの中では橋になってしまうっていうのが正直なところです。

でも、すごくいい演出な気がしますね。僕は表現の制限だとは思っていなくて、キャラクターにそこを通らせることが成長というか、何かが変わっていくことの象徴みたいに捉えていたので、すごくいい効果かもしれませんね。

上田 そう言っていただけるとうれしいですけど、僕はビデオゲームにおける演出表現っていうものはまだまだ制限だらけのがんじがらめなイメージがあります。守らないといけないルールがたくさんありすぎて、プレイヤーに対して伝えたいテーマとか、何かを感じさせたいみたいなところまで方法論が到達できているとは自分では思えていないですね。

例えば、『ICO』でいうと男の子に女の子を守らせたい、女の子が男の子を信じて飛ぶみたいなことをさせたいんだけど、それをプレイヤーの意志で行わせるには、どういう背景の構造を作っていくのがいいんだろうかと。そういったことを消去法でいろいろ組み上げていった結果、ああいうステージ構造になったというだけで、まずテーマありきで作っているわけではないんですよね。

ゲームデザインは主人で、キャラクターは僕(しもべ)という主従関係

でも、そのバランス感覚がすごくいいですよね。そこがすごく上手く作り上げられている感じがします。

上田 それはきっと自分でいろんなセクションの作業をおこなっているからだと思いますね。例えば、シナリオライターだったり、アートディレクターだったりが別にいて、そういう人たちが上げてきたものを組み合わせるとなると、どちらかが出っ張っていた場合、どちらかを折って組み合わせるしかないんですよね。でも、シナリオの人はシナリオに自信を持ってるし、アートの人はアートに自信を持ってるわけで、それを折って組み合わせるっていうのは、なかなか難しいんです。でも、僕の場合はどちらも担っているので、折ってうまく組み合わせることができる。そこが大きいのかなあと思いますね。

なので、よく言うんですけど、やっぱりゲームデザインが主人としてあって。世界観、設定、キャラクターデザインなどは、ゲームデザインのための僕(しもべ)なんだとみたいなそういう主従関係でやってますね。ゲームデザイン的に何かしら問題があったり不整合があった場合は、シナリオやキャラクターデザインやアートの部分に調整をかける。その意味では、どちらかというと昔のゲームの作り方に近いじゃないかなあと思いますね。

なるほど~~いや、それはすごいですね。時間がかかるのが分かる気がします。

上田 誤解はされたくないんですけど、変更しやすいような形で作っているっていうのもあるんですよ。アートの部分でいうと、実はそれほど工数をかけてないっていうのもありますし。

そうなんですか? アートの部分なんて工数がすごく掛かっている感じがしていましたけど。

上田 でも、例えばキャラクターの数は圧倒的に少ないのもそういった理由もあります。

ああ、そうかあ!

上田 あまり言いたくはないですが、背景のバリエーションも他のゲームに比べると相当少ないと思うんですよね。そこを泣いてもゲームデザインの筋を通したいみたいなのはあります。膨大なユニークアセットで、それらのつじつまを合わせながら作っていって、後でちゃぶ台返しをするとなると大変なんですよ。だから、キャラクターは徹底的に少なくして背景も……例えば『人喰いの大鷲トリコ』も同じ背景のパターンの組み合わせで作ってるんで、レベルデザインに修正が入ったとしても、そのブロックを組み換えるだけで対応できる。実際はそんなに簡単ではないですが理論上はそういう作り方をしてますね。

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