モリコメンド 一本釣り  vol. 47

Column

mei ehara 注目のシンガーソングライターが編む“揺れる”気持ちとノスタルジックな空気感

mei ehara 注目のシンガーソングライターが編む“揺れる”気持ちとノスタルジックな空気感

心地よい揺れを感じさせるワウ・ギター、60年代半ばあたりのソウルミュージックの空気を感じさせるサウンドともに<時は二度と戻らない 髪も切れば くる疼き>というフレーズが聴こえてきた瞬間、心がスッと落ち着くような感覚になる。そして、美しく繊細な歌に身を任せているうちに、もう二度と戻らない過去の様々なシーンをゆっくりと蘇ってくる。シンガーソングライター、mei ehara 1stアルバム「Sway」の1曲目「戻らない」。ノスタルジックな雰囲気と新鮮なサウンドスケープが共存するこの曲を聴けば、彼女の豊かな才能を実感してもらえるはずだ。

1991年、愛知県出身の彼女は、バンドマンだった父親の影響もあり、幼少の頃から60〜70年代の洋楽を聴きながら育った。さらにパンクロック、UKギターロックなどに没頭した時期を経て、高校時代に友人とバンドを結成。その後、チャップリン、バスター・キートなどの映画に傾倒、ひとりで自主映画の制作を始める。その映画のために宅録でBGMを作ったことが、音楽活動のスタートだったという。現在はミュージシャンとしての活動と並行し、文藝誌「園」の主宰、写真、デザインなどの制作も行っている。mei eharaの楽曲には、彼女が生まれ育ってきた環境、そのなかで生じた様々な感情、これまでに触れてきた音楽、文学、映画、写真などがしっかりと根付いているのだ。

言うまでもないことだが、音楽は芸術であり、文化だ。優れた音楽作品の背景には、必ずさまざまな文化の影響が存在している。音楽そのものだけではなく、質の高い文学、映画などの表現を吸収し、それを自らの作品にフィードバックさせる。その有機的な運動のなかにしか、真に優れたオリジナル作品は作れないと言っていい。細野晴臣は以前「自分が良いと思って作ってきたものは自分が生まれる前からすでにあった」と語ったことがあるが、この言葉の中には「良いものを知らないと、新しいものは作れない」という意味も含まれているのではないだろうか。そしてmie eharaは、そのことを熟知しているのだと思う。

彼女の音楽キャリアは、“may.e”という名義でスタートした。最初の作品は2013年に発表されたEP「Mattiola」。この作品はすべて英語詞だったが、次作「私生活」では日本語の歌詞に以降し、その文学的・詩的な表現にも注目が集まった。これまでに計5作の自主制作作品を発表し、Yogee New Waves、nakayaan(ミツメ)といった気鋭のアーティストの作品にゲストコーラス で参加するなど、活動の幅を広げた。その後、アーティスト名をmie eharaに変更。cero、YOUR SONG IS GOOD、二階堂和美などが所属するレーベル/マネージメント“カクバリズム”から2017年11月リリースされたのが、1stフルアルバム「Sway」だ。Swayには“揺れる”という意味がある。さまざまな表現、さまざまな人と出会うたびに心を揺らし、そのたびに変化を繰り返してきた彼女。その“揺れ”自体を音楽というフォーマットのなかで結晶化させたのが、本作「Sway」なのだ。

儚いイメージを描き出すギターアンサンブルと浮遊感のあるメロディが溶け合う「狂った手」、タイトでシンプルなビートとのなかで軽快なギターが自由に飛び回る「頬杖」、叙情的なアコースティックギターを軸にしたサウンドとともに「長い道路も歩いて進んでいこう 何も飾らないまま」という緩やかな決意が伝わってくる「地味な色」。共通しているのは、頭のなかで情景が思い浮かぶこと、そして、長い間忘れていた大切な思いがゆったりと蘇ってくるような不思議な感覚だ。プロデュースを担当したキセルの辻村豪文の仕事も素晴らしい。このアルバムに制作について彼は「meiさんの宅録の塩梅に、なんとなく昔の自分のような親近感を覚えて、 何か手伝えるかもと思った次第です。作るのけっこう大変そうやのに押しつけてくるものが全然なくて、 けれど頑にそこにあるという独特な感じが、なんかいいなぁと思ったのも大きいです」とコメントを寄せているが、歌と言葉の雰囲気をしっかり残したまま音像を作り上げていく辻村の手腕は、mie eharaの世界観を構築するうえで欠かせない要素だったと思う。

2010年代に入ってからの音楽シーンがエレクトロ、EDM中心になったのは、決して偶然ではない。あらゆる情報が瞬時に手に入る状況が整い、誰もが効率的に物事を進めようとする社会のなかで、すぐに盛り上がることができる即効的なダンスミュージックが流行ったのは当然の結果だったのだ。しかし、2020年代が近づくにつれて、その流れは少しずつ変化している。本当に豊かなものは何か、本当に必要なものは何か。mie eharaの音楽が確実に浸透し始めているのは、今の人々に意識が大きく変化しはじめた証左なのかもしれない。

文 / 森朋之

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