【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 52

Column

やがてチェッカーズは、シニカルな作風もキマりだし、精神的な意味でもロックに辿り着く

やがてチェッカーズは、シニカルな作風もキマりだし、精神的な意味でもロックに辿り着く

80年代も後半に入ると、洋楽でいえばポスト・パンク〜ポスト・ディスコ〜エレクトロ・ファンク的なものが流行し、黒人音楽をやる人達じゃなくても16ビートが無視出来ない状況ともなる。特にエレクトロでファンクな感じは百花繚乱であり、例えば代表的なものでいうと、日本でも大ヒットしたスクリッティ・ポリッティの『キューピッド&サイケ85』などに、猫も杓子も状態だった。あのサウンドの“感じ”を、我が国でも多くのバンド達が取り入れようとしたものだった。

チェッカーズはどうだったのだろうか。例えば88年7月にリリースされた『SCREW』を聴くと、そうした兆しを感じないこともない。ただ、彼らの場合は特殊というか、ひとつ目標となるグループが居て、ひたすら目指したバンドとは違い、もともと皿からこぼれそうな多様な音楽性を有していた。それらを有効活用し、ミクスチュアーすることも出来た。『SCREW』には、そんな特色もあった。

懐かしさ、ではなく、あくまで今の耳で再び聴こう。いきなり聞こる「World War Ⅲの報道ミス」が、とても新鮮である。このアルバムがリリ−スされ、彼らは東京ドームでライブをやるのだが、オープニングがこの曲だった(僕も客席に居たが、その記憶が…)。さらに演出的にはジェネシスのライブのような始まり方だったような印象も残っている。

で、ライブはともかく、いま改めて音源を聴くと、画期的と思える部分がある。それは藤井フミヤのボーカルが、バックの演奏に対して抑え気味にミックスされていることだ。ともかく歌が主役。歌をデカく、というのが“歌謡曲的”だとするなら、“ロック的”なアプローチと言える(異論はあるだろうが、少なくとも、ひと頃まで、日本ではそんな信仰があった)。

さらに、この作品の歌詞の世界観である。非常にシニカルだ。ごくごく普通の日曜日。主人公がソファで、猫を抱いてクロスワード・ハズルを解いていたら、臨時ニュースが第三次世界大戦勃発を告げるのだ。しかしそれは誤報だった…。デビュー当時はヤンキーっぽくもあったチェッカーズの面々だが、この歌のコーラス部分は英語であり、意識の高さが感じられる。そしてさきほど新鮮だと書いたのは、北朝鮮からミサイルが飛んでくることも現実味を帯びている今、リアリティがあるからだ。しかもこの歌のような報道ミスではないが、Jアラートの有効性なども議論されているから、余計、身につまされるわけである。

他にも注目曲満載だ。「Gipsy Dance」はタイトル通り、民族調のメロディというか、第三世界的な座軸の作品であり、いいアクセントとなっている。また、「鳥になった少年の唄」は、フォーキーなメロディと80年代後半のファンク・ロック的なリズムの“間合い”、さらに印象的なRチャンネルのソプラノ・サックスとLチャンネルのリズム・ギターが呼応するアンサンブルが鮮やかな音像となり広がる。

このアルバム全体に言えるのは、(ツアーを支えたサポ−ト・ミュ−ジシャンの進言などもあったのだろうけど)チェッカーズのアレンジ能力の向上だろう。

そして彼らのオハコとも想えるR&Rテイストの「Jim&Janeの伝説」も、サビのメロディに工夫があり型どおりの凡庸なものに終わってない。さらに「愛と夢のFACIST」は、聖なるコーラスがワルツ・テンポで聞こえたかと思うと、太いサックスとともにロックへと展開していく意表をつく展開である。この作品の鶴久のボーカルは、初期に感じたナイーヴさというより、男らしい無骨さを有したものとなっている。そして冒頭の聞こえた聖なるコ−ラスが、単なるイントロの趣向ではなく、途中、コーラスの合いの手としても聞こえ、さらにエンディングに再登場、という、凝ったものになっている。もちろんこの時期のシングル・ヒットといえば「ONE NIGHT GIGOLO」なのだけど、これ、改めて今の耳で聴いてみると、イギリスのファンカ・ラティーナ的なものを自分達流に発展させたものであることがわかる。まるで曲が終了したかのような藤井尚之のサックス・プレイがいきなり冒頭に響き、そこから曲が始まるアイデアも斬新だ。個人的にはこの曲、彼らの楽曲のなかでも上位に入るほどのフェイヴァリットだ。

このアルバムには、彼らにとって大切な「Standing on the Rainbow」も収録されている。聴けばすぐわかるが、7人で上京し、東京での生活を始める1983年のことが歌詞に描かれる、いわゆる自伝的内容である。こういう楽曲は、どのバンドも1曲くらいは制作している。多くの場合、テーマとなるのはバンドの絆で、この作品も同じだ。でも、いかにメンバーが“個性派揃い”かにより、歌の説得力(つまり、見えてくる“絆”の存在感)も違ってくる。チェッカーズの場合、その条件にとても当てはまるから感動的に聴ける。

歌詞のなかに[七つの 舌を出せ!!]という表現がある。どう解釈すればいいのだろうか。このアルバムに「Rolling my Stone」という曲があるからじゃないが、舌を出すといえばローリング・ストーンズのトレードマークだったりもする。となると“7人7様のロックでキメていこうぜ”ということにもなる。 滑舌、などという言葉があるくらいで、“舌”は表現力の源でもある…、みたいに読み取るなら、“おのおのの個性をもっと伸ばそう”、みたいな受け取り方も可能だろう。まぁストレートに解釈してアッカンベー、だとするなら、また違ってくる。そしてこの作品は、誰でもサビを一緒に歌えるようなシンプルな構成である。

さてチェッカーズの歴史は、さらに続く…。

文 / 小貫信昭

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