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中谷美紀が熱演。美しすぎる女盗賊と井上芳雄演じる明智小五郎とのスリリングな恋の行方──舞台『黒蜥蜴』開幕

中谷美紀が熱演。美しすぎる女盗賊と井上芳雄演じる明智小五郎とのスリリングな恋の行方──舞台『黒蜥蜴』開幕

“原作:江戸川乱歩×脚本:三島由紀夫×演出:デヴィッド・ルヴォー”という至高の組み合わせで昨年より演劇界の注目を一身に集めてきた舞台『黒蜥蜴』が1月9日から日生劇場にていよいよ開幕した。美しき女賊・黒蜥蜴を演じるのは、女優の中谷美紀。黒蜥蜴を追いつめる探偵・明智小五郎には井上芳雄。さらに、成河、相楽樹、朝海ひかる、たかお鷹と実力者たちが脇を固める。まさに2018年最初の大作と呼んでも過言ではない話題作の片鱗をここにレポートする。

取材・文・撮影 / 横川良明

ルヴォーの魔術を具現化する、日本屈指のクリエイティブワーク

三島由紀夫作品と歌舞伎をこよなく愛し、1988年の初来日以来、日本人俳優と共に日本で数多くのクリエイションに励んできた英国人演出家、デヴィッド・ルヴォー。氏の長年の大願が、この『黒蜥蜴』を手がけることだった。盗賊VS探偵という、江戸川乱歩作品の中でも極めて大衆的で通俗的なミステリーを、三島由紀夫は黒蜥蜴と明智小五郎による追われる者/追う者の関係を超えたラブストーリーとして戯曲化。ルヴォーもまた「三島がこだわったグロステスクな美しさによって、このラブストーリーを描きたいと考えています」とコメントを寄せていた。

その言葉に込められたものが、ここに明かされた──。

まず観客の目を奪うであろうは、前田文子による衣裳だ。特に中谷演じる黒蜥蜴は、劇中、何度も衣裳替えを行うが、そのどれもが芸術的な美しさ。最初に登場するハイウエストのドレスは、黒蜥蜴というネーミングとは正反対の純白が目に眩しい。それが一転して、明智と初めて対峙をするときは光沢感ある黒のベロアドレスに。中谷のその細い肢体から女の色香が匂い立つ。さらに男装の麗人らしいスーツや、爬虫類を思わせるレザーのドレスなど七変化。猟奇的な悪人でありながら、まるで憎む気になれない黒蜥蜴の美貌をより鮮烈に引き立てる。

伊藤雅子による美術も面白い。撮影スタジオを模したような鉄骨で組み立てられた舞台装置は、江戸川乱歩や三島由紀夫と聞いて連想する耽美でグロステスクな世界観とは対照的。その無機的な空間に、可動式の扉や椅子など最低限のセットをしつらえ、2018年現代の『黒蜥蜴』が立ち上げられていく。中でも効果的なのは、舞台上に立てられる磨りガラスのような半透明のパネルだ。パネルの裏側に立った人間はぼんやりとシルエットだけが確認できる。その不透明さが、決して本心を明かすことはない男と女の騙し合いを効果的に演出する。盆舞台を使った舞台空間も動きに満ち、黒蜥蜴と明智の駆け引きが一層スリリングに。

さらに、舞台上手に控える音楽隊による生演奏が実にゴージャスで迫力がある。タンゴをベースとした官能的な調べは、ダークな『黒蜥蜴』の世界にふさわしい。単に美しいだけでない、どこか死と退廃を匂わせる旋律で、役者たちの演技をドラマチックに盛り上げていた。

絡み合う三島のセリフが、明智と黒蜥蜴を男と女に変えていく

俳優たちは、アンサンブルまで含めてみな躍動感に満ち、魅力的だ。中でも、タイトルロールを務める中谷美紀は、初舞台『猟銃』で見せつけたセリフ術により磨きをかけ、レトリックに富んだ三島のセリフに血を通わせた。多彩な比喩表現で装飾された三島の詩的なセリフを、ひと息で、古典的韻律に乗せて聞かせるには相当な技術が必要だ。ブレスのポイント、抑揚、リズムに至るまで、中谷はほぼ完璧に会得し、日生劇場の大空間を支配した。

もともと日頃から美しい言葉遣いに定評のある中谷だ。日本語の美しさに関して並々ならぬこだわりがあるからこそ、こうした格調高いセリフも流麗にこなせるのだろう。中谷の唇からこぼれると、三島の言葉がまるで意志を持った宝石のように輝く。それでいて普段の発話よりかなり嗄れた、悪辣なセリフ回しが、美貌の黒蜥蜴の暴虐さを強調させる。あの美輪明宏の当たり役としても知られる黒蜥蜴を演じ切るには、テクニックだけではない説得力が不可欠だ。中谷は、その華奢な身体のどこにそんなエネルギーを隠し持っているのかと驚かされるような堂々たる貫禄で他を圧倒。思いがけぬ恋に目覚め、嘆息する黒蜥蜴を、人間味たっぷりに、悲しみとおかしみを持って表現した。

そして、明智小五郎役の井上芳雄も、キザな男が実に決まっている。たとえ歌を一曲も歌うことがなかろうと、井上芳雄の魅力は何ひとつ錆びることはないということを改めて証明した恰好だ。その好戦的な眼差しは、黒蜥蜴を追いつめようとすると一層爛々とぎらつく。これまで数々の猟奇的犯行を水面下で進め、配下たちをコントロールしてきた女王が、心乱される相手だ。相応の魅力がなければ、とてもではないが成立しない。井上はこの明智小五郎なら仕方ないと唸らせる伊達男っぷりで、女盗賊の運命を狂わせていく。

特に前半の山場となるのが、緑川夫人(=黒蜥蜴)と明智の応酬だ。犯行予告のような電報を受け取った明智は、犯行予告時刻の深夜12時まで監視役を買って出る。そこに現れる緑川夫人。退屈しのぎに始まった、2人だけの真夜中のトランプゲーム。そして明らかになる誘拐事件。ほぼ15分近く、中谷と井上2人きりの演技合戦が続く。この掛け合いが、ロマンチックな口説き文句などひとつもないのに、何ともエロティックだ。相手を挑発するような、あるいは薄氷を踏むことを楽しんでいるような会話の仕掛け合いなのに、まるで相手の足を舌で舐め回し、その指を口の中で弄び、背中に唇を走らせるような、恍惚感がある。男と女が言葉を重ね合うことは、睦み合うことなのだと、黒蜥蜴と明智と攻防を見て改めて思い知る。

ルヴォーの演出も冴えている。盆舞台を使った演出が多用されているのだが、そのとき、多くの場合で黒蜥蜴と明智が対角線上で対峙する図式になっている。その絵図は、お互いが惹かれ合いながらも距離を詰めることをためらうスリリングなパワーゲームを可視化したよう。これ以上近づいてはならない。これ以上近づかせてはならない。そんな2人の忍び声がひそやかに聞こえてくる。

どれだけ優れた泥棒でも、人を愛する気持ちだけは、容易く手中にはおさめられない。配下たちの人心を鮮やかに掌握し、言葉巧みに人を騙す黒蜥蜴も、自分の中で目覚めた劣情だけは組み伏すことができなかった。鮮やかにいくつもの犯罪を成功させてきた黒蜥蜴だからこそ、初めて出会った想いのままにいかない男に激しく心を奪われた。その不器用さは、美の狩人という二つ名には程遠い、青き少女のようだ。

一方の明智も事件解決に情熱を燃やすあまり、やがて黒蜥蜴の魔性に魅入られていく。己が求めているものは、犯人逮捕なのか。それとも黒蜥蜴の心をとらえることなのか。かき乱されていく男と女の糸は、やがて激しくもつれ合い、思わぬ様相を編み上げる。

そんな2人の間を行き交う登場人物たちもユニークだ。相楽樹は、誘拐事件に巻き込まれる令嬢を軽やかに好演。特に前半の、恋に目覚めたシーンは、喜劇的で少女らしい。また、黒蜥蜴の忠実なしもべ・雨宮潤一役の成河は相変わらずの異才ぶりを発揮。特に、黒蜥蜴とのシーンは、歪んだ性愛の影が揺らめいた。隷従する雨宮に対し、黒蜥蜴は暴虐的な顔を見せる。だが、そんな顔を差し向けられることに雨宮も悦びを感じている。この雨宮が、黒蜥蜴の末路をどう変えていくのか。各キャラクターの動向もしっかりとチェックしておきたい。

相反する2つの世界が混じり合い、拮抗し合う三島ワールド

1月9日の初日を控え、主要キャストが発表したコメントは以下のとおり。

中谷美紀 ルヴォーさん主催の演劇学校に、出演料を頂戴して通わせていただいたような、充実したお稽古を経て、いよいよ初日を迎えることになり、少々緊張しておりますが、「一字一句誤りの無い完璧な台詞で感情がこもっていないよりも、物語を生き、感情の発露によって多少台詞が乱れても、後者の演劇を観たいと思う。もちろんだからと言って、台詞をないがしろにしていいという訳ではないけれど」とおっしゃったルヴォーさんの言葉を信じて、井上芳雄さんをはじめとする共演者の皆さんの言葉に耳を傾け、表情を見逃さず、心と心の対話を最も大切に演じたいと思います。高尚なものと低俗なもの、喜劇と悲劇、美しいものと醜いもの、愛と憎しみ、エロスとタナトス、相反する2つの世界が混じり合い、拮抗し合う三島ワールドをぜひご覧いただきたいです。

井上芳雄 ルヴォーさんとカンパニーのみんなと、この「黒蜥蜴」の世界にいられることが最高に幸せです。悲しいほどに美しい美紀さんの黒蜥蜴とご一緒できるのも光栄です。早く、皆さんに見て頂きたい。きっと今まで見たことのない、でも、心の奥ではどこかで知っていた愛の世界がそこにあるはずです!

相楽樹 もう明日が初日だと思うと驚きです。ルヴォーさんの稽古は本当にあっという間でしたし、稽古というよりはカンパニー全員で「黒蜥蜴」の世界を探求しながら冒険しているような時間でした。ルヴォーさんの演出「黒蜥蜴」は、さまざまな表情や魔法であふれていて目が離せなくなるはずです。お楽しみください。

朝海ひかる ルヴォーさんの指揮の元カンパニー全員で「黒蜥蜴」の世界をお届けできる様精一杯頑張ります。

たかお鷹 やる事はやった。後は本番のライブ感を楽しむのみ。

成河 不思議と緊張もなく穏やかな気持ちです。大きな見所は、想像力を刺激するシンプルで力強い演出。デヴィッド・ルヴォーの美意識が行き届いた、演劇ならではの「空間の使い方」に是非注目して欲しいと思います。三島由紀夫への新しいアプローチとして、きっと沢山の人に受け入れられるだろうと期待しています。

舞台『黒蜥蜴』は、1月28日まで日生劇場にて上演。その後、2月1日より梅田芸術劇場メインホールにて大阪公演が開幕する。現代口語が主流の昨今だからこそ、こうした非日常性の高い演劇は貴重。絢爛たる三島の台詞に聞き惚れながら、この耽美と闇の世界に酔いしれて欲しい。

舞台『黒蜥蜴』

【東京公演】2018年1月9日(火)~1月28日(日)日生劇場
【大阪公演】2018年2月1日(木)~2月5日(月)梅田芸術劇場メインホール

原作:江戸川乱歩
脚本:三島由紀夫
演出:デヴィッド・ルヴォー

出演:
中谷美紀
井上芳雄

相楽樹
朝海ひかる
たかお鷹

成河

一倉千夏 内堀律子 岡本温子 加藤貴彦 ケイン鈴木 鈴木陽丈 滝沢花野 長尾哲平 萩原悠 松澤 匠 真瀬はるか 三永武明 宮 菜穂子 村井成仁 安福 毅 山田由梨 吉田悟郎
ダンサー:小松詩乃 松尾 望

特設ページ

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小説「黒蜥蜴」

著者:江戸川乱歩
出版社:東京創元社