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正義とは何か? 蒼井優&生瀬勝久が迫真の演技で魅了する舞台『アンチゴーヌ』。2人が貫く信念、その結末

正義とは何か? 蒼井優&生瀬勝久が迫真の演技で魅了する舞台『アンチゴーヌ』。2人が貫く信念、その結末

古代ギリシャの三大悲劇詩人のひとり、ソポクレスの『アンティゴネ』をフランスの劇作家、ジャン・アヌイが翻案した舞台『アンチゴーヌ』が、2018年の年明け早々から絶賛上演中だ。古代ギリシャ・テーバイを舞台にしているとはいえ、現代日本にも通じる骨太なテーマが胸を揺さぶる悲劇の傑作。ヒロインのアンチゴーヌ役には蒼井優、彼女と対立する王・クレオン役には生瀬勝久が扮し、演出は栗山民也が手がけている。初日が開幕してから、まだ間もない舞台を観た。

取材・文 / 田中里津子 写真 / 阿部章仁

2人が口にする想いはどちらも正しく、どちらも傲慢で、どちらも美しく、でも悲しい

古代ギリシャのテーバイの王であるオイディプスが亡くなり、その王位を巡って争う兄弟、エテオークルとポリニスも相討ちとなり死亡。そこで王となったオイディプスの義弟、クレオンはエテオークルを英雄として手厚く弔った反面、ポリニスを反逆者として野ざらしにし埋葬することを固く禁じる。しかし兄を想うアンチゴーヌはその命に逆らい、遺体に弔いの土をかけて捕らえられてしまう……。

この“あらすじ”は開演直後、“プロローグ”として登場する高橋紀恵の長いモノローグでアンチゴーヌの最終的な運命をも含めて語られる。つまり、観客はヒロインにこの先どんな結末が待っているかを知ったうえで、このドラマを見届けることになるのだ。ほかにも物語の登場人物ではない“コロス”が現れたりする古典劇のスタイルを取りながらも、アンチゴーヌの言葉にもクレオンの取る態度にも、“現代”を生きる私たちとの共通点がたくさん感じられた。それは、今回上演するにあたり岩切正一郎による新訳の台本を使用したこととともに、蒼井と生瀬の発するセリフの説得力、表現力によるところも大きかったように思う。

また、今回は通常とはまったく違う形のステージのしつらえになっていて、劇場内に入った誰もがおそらくその眺めに驚いたはず。縦横にクロスした十字の細長い舞台に区切られるようになっている4つのブロックが観客席で、ステージを挟んで観客が互いに向き合う形になっている。傾斜の付いたひな壇状の座席に座ると、なんだか自分もこの物語世界に参加しているような気もするし、反対側の観客たちが舞台装置のようにも見えたりする。シンプルな赤い壁に囲まれ、舞台上には形の違う2つの椅子。場内は牢屋のようで、裁判所のようで、また墓所のような閉塞感をも感じられる。席に着いた時点から、早くも漂う緊張感。なにしろ狭い空間なので、客席と舞台がものすごく近いのだ。そのせいか、開幕と同時に一気に物語世界へと入り込むことができた。

静寂の中、裸足で登場するアンチゴーヌ。ふっと天井を見上げたときの不安そうな表情が印象的だ。十字の中心でしゃがんだり、縦に横にステージ上を頻繁に動き回る。おそらくどの席に座っていたとしても至近距離になる瞬間があるので、役者の息遣いを間近に感じられることだろう。蒼井は、あるシーンでは感情をほとばしらせる可憐で無垢な少女になり、あるシーンでは誰よりも強くたくましい女性になり。どの姿もリアルで、生々しい存在感には圧倒されるばかりだった。

また、生瀬演じるクレオンから滲み出る余裕と貫禄、知性、そして品性。自分の命令をまったく聞こうとしないアンチゴーヌをなんとか救おうとするときのセリフの力強さ、絶妙な間、そしてその声の深い魅力。この2人が互いを説得しようとする、まるで一騎打ちのような場面は徐々にパワーバランスが変化したり逆転したりするところが、特にスリリングだ。上下、生死、強弱、大人と子供、幸せと不幸せ、理想と現実。2人が口にする想いはどちらも正しく、どちらも傲慢で、どちらも美しく、でも悲しい。

心を決めたときのアンチゴーヌの強い顔がほんの一瞬で心細い表情へと変わるところや、クライマックスで見せる張り詰めた指先の表現も秀逸で、蒼井の繊細な演技は細部まで見逃せない。そしてクレオンの慟哭にはいつまでも胸が締め付けられる想いがしたし、彼が絶望する瞬間には本当にその身体が細く小さくなっているように見えたくらいに、生瀬の演技には終始凄味を感じた。

もちろん蒼井と生瀬のほかにも、梅沢昌代演じる乳母、伊勢佳世演じる姉のイスメーヌ、佐藤誓演じる衛兵、渋谷謙人演じる恋人のエモン、さらには富岡晃一郎や高橋紀恵、塚瀬香名子らが演じる人物たちそれぞれがこの物語の中で実際に生きているように、非常に身近に感じられるため、観客はきっとこの中の誰かしらに共感を覚えることだろう。あるいはその家族の立場に想いを馳せる人もいるかもしれない。

果たして自分はあれほど純粋に「NO」と、あるいはあれほど真摯に「YES」と、自らの主張を抱いて他人にぶつかっていけるだろうか。そして、他人と本当に理解し合えることなんてあり得るのだろうか。それを実現するためには、いったいどうしたらいいのだろう……。舞台を観終わってから様々な想いが湧き上がってくるのだが、やはり当然のように正解など見つからない。だが少しでも正解に近いものを求めて考え続けることは止めてはいけないと思わせてくれる、とても稀有な作品だ。舞台で俳優が発する輝き、そして演劇そのものが与えてくれるパワーを堪能できる良作、でもある。

新国立劇場 小劇場の特設ステージで上演されている東京公演はこのあと1月27日まで、その後も松本、京都、豊橋、北九州でも公演あり。貴重な観劇体験ができるはず、ぜひとも劇場へ。

パルコ・プロデュース 2018『アンチゴーヌ』

【東京公演】2018年1月9日(火)〜1月27日(土)新国立劇場 小劇場〈特設ステージ〉
【松本公演】2018年2月3日(土)〜2月4日(日)まつもと市民芸術館〈特設会場〉
【京都公演】2018年2月9日(金)〜2月12日(祝・月)ロームシアター京都サウスホール〈舞台上特設ステージ〉
【豊橋公演】2018年2月16日(金)〜2月18日(日)穂の国とよはし芸術劇場PLAT〈舞台上特設ステージ〉
【北九州公演】2018年2月24日(土)〜2月26日(月)北九州芸術劇場 大ホール〈舞台上特設ステージ〉

作:ジャン・アヌイ
翻訳:岩切正一郎
演出:栗山民也

出演:
アンチゴーヌ 役:蒼井 優
クレオン 役:生瀬勝久
乳母 役:梅沢昌代
イスメーヌ 役:伊勢佳世
衛兵 役:佐藤 誓
エモン 役:渋谷謙人
伝令 役:富岡晃一郎
序詞 役:高橋紀恵
小姓 役:塚瀬香名子

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