Interview

“杉山清貴&オメガトライブ”再集結ライブが開催決定!杉山清貴に訊いた“経緯と抱負”。

“杉山清貴&オメガトライブ”再集結ライブが開催決定!杉山清貴に訊いた“経緯と抱負”。

2018年、デビュー35周年を迎える杉山清貴。毎年恒例となっている日比谷野外音楽堂でのライブは“杉山清貴&オメガトライブ”として開催されることが発表された。2年8ヵ月という短い期間しか活動していないにも関わらず、時代に寄り添い鮮烈な印象を投影した楽曲の数々は、80年代を代表するアーティストとしての地位を確立させた。
今年2018年にはオリジナルメンバーが集結し、一夜限りのライブを行う。フラッシュバックできるライブを前に、再集結の経緯と意気込みを杉山清貴に訊いた。

取材・文 / 山田邦子 撮影 / 荻原大志

“杉山清貴&オメガトライブ”としてのスペシャルライブを開催するに至る経緯

デビュー35周年、おめでとうございます。すでに発表になりましたが、今年は杉山清貴&オメガトライブとしてのスペシャルライブを開催されるそうですね。

久しぶりに全員揃って、5月5日、日比谷野外音楽堂で1日だけライブやることにしました。

オメガでの野音は初めてだそうですね。

はい。もともとソロではずっと夏に野音でライブをやっていたんですが、最近は天気がとにかく危ういじゃないですか。以前は夏の野音イコール楽しみ!しかなかったんだけど、今は天気が心配で心配で。個人事務所としては、ストレスとリスクが大きすぎる(笑)。それで最近は春にやったりしつつ、今後の野音に関しても、日程が取れたらやりましょうぐらいの気持ちに切り替えたんです。そしたら2018年は5月が取れた。じゃあせっかくの35周年だし、オメガでもやってみようかっていうところからの発想だったんです。

全員揃うのは、20周年の時以来ですか。

プライベートではしょっちゅう会って音出したりしてるけど、オメガのライブとしてはそうですね。DVDにもなってますけど(※「FIRST FINALE CONCERT」、「FIRST FINALE 2」)、20周年の時は、解散コンサートの時と同じセットを組んでもらって、最後に歌った「SUMMER SUSPICION」から始めたんですよ。30周年の時はそれこそ真夏の野音2デイズっていうのをやって、全員ではなかったけど、メンバーが来てくれてオメガの曲をやりました。

10周年の時は?

デビュー10周年記念のツアーをやってたんだけど、最後の中野サンプラザのアンコールでメンバー全員が出ました。あの時はさすがにお客さんもビックリしてましたね。

それぞれの周年で、きっと杉山さん自身の感覚も違いますよね。

違います、違います。10周年で全員がステージに揃って音を出した時は、本当に感動しました。一緒にやるのは解散して初めてでしたからね。なんかこう、感極まるっていうのかなあ。でも一度やっちゃえばもう、その後は感動も何もって感じですけど(笑)。だっていつも会ってるし(笑)。

(笑)。だけど一般的に、一度解散したり活動休止したバンドが集まるって、タイミングとか気持ちとかいろいろ大変だろうなと思うのですが。

たぶんバンドの形態にもよると思うんです。僕らはアマチュアの時<きゅうてぃぱんちょす>として自分たちで曲作って活動してたけど、デビューすることが決まって<杉山清貴&オメガトライブ>になり、全然違うスタイルの音楽をやることになったんですね。楽曲を与えられてやってたから、自分たちのバンドなんだけど、すごく俯瞰して見てた気がするんです。だから、(10周年で)集まるとなってもある意味とても冷静だった。

なるほど。

だけど、もともとは高校時代から一緒にバンドをやってライブハウスを回ってた仲間ではあるわけで。すごく稀なパターンだと思いますね。だから<再結成>っていうのとも違う気がしてるんですよ。オメガは<再集結>して、たまに音を出してる、そんな感覚なんですよね。

1983年4月にシングル「SUMMER SUSPICION」でデビューして、1985年12月に解散。かなり突然のことだったように記憶していますが、当時、解散の理由についてはどんな風にお答えになってたんですか?

当時? 何か聞かれてたかなぁ? 聞かれる間もなかった気がするんですけど(笑)。

杉山清貴&オメガトライブ解散について今語るとすれば…

歌番組とかあったし、そういうわけにはいかなかったんじゃないですか(笑)?

あぁ、思い出した!ちょっと記憶が曖昧なところもありますけど、たしか「ザ・ベストテン」の年末企画でハワイから中継することになったんですよ。当時はお金があったから(笑)、それに合わせて雑誌とか幾つか媒体の人たち呼んで、ハワイで合同取材やりましたね。

なんて贅沢な!

ハワイだし、年末だし、もうみんな遊んでるみたいな気分じゃないですか。だから取材といっても、そんなに立ち入ったような話にはならない(笑)。メンバーの仲違いじゃないことはみんなわかってくれてたし、事務所の問題とか言っても、当時は誰も突っ込みませんからね。本人たちもみんなお気楽な感じだったんですよ。「これ以上やってどうなのかな?曲は売れるかもしれないけどさ」っていう、自分たちの立ち位置の問題だったんですよね。サバサバしてましたよ。

今、杉山清貴&オメガトライブとしてのニュースを懐かしくご覧になっている方もいらっしゃると思いますが、「そういえばなんで解散したんだっけ?」という疑問に対して今だったらどうお答えになりますか?

若気の至り(笑)。26とかですからね。「解散しようぜ!」「おぅ、しようしよう!」って(笑)。翌年のツアーも全部整ってたのに、たしか夏の沖縄公演で「12月25日に解散します!」って発表したんですよ。今思えばめちゃくちゃですよね。ひどいやつらです(笑)。

ちなみに、スタートした頃は先のことをどんな風に考えていたんですか?

とにかく早くデビューしたかっただけだから、先なんて何も考えてなかった。デビューしたらしたで、おかげさまであっという間にああいうことになって。

出す曲すべてヒットしました。

だからこそ、たとえばこの先も毎年林哲司さんが新曲を作ってくれて、それが売れて続いていったとしても、ポツッ…と売れなくなったら俺たち何も残んないじゃんって話ですよね。そういう危機感は正直ありました。自分たちで曲書いてるんだったら、チャートインすれば嬉しいけど、しなくてもそんなに右往左往しない。でも作家さんが作ってくれている作品だから、それがチャートインしないっていうのはとんでもなく大きなことだったんですよ。

責任感もあるし。

はい。ヒットしなくなったら俺らどうなるの!? 俺たち、おしまいだよねって。しかも、もうここからきゅうてぃぱんちょすには戻れない。だったら、解散しかないかなと。売れてるうちにね。若気の至りだったかもしれないけど(笑)、ある意味、正当な考えでもあったと思います。

だけどそもそも、オメガトライブは「いい楽曲を提供するためのプロジェクト」として始動したわけで。

そう、オメガトライブはいい音楽を残していく。その点はわかりやすかったんです。だから賞レースにも出なかったし、紅白にも出る必要ないっていうのがプロデューサーの方針で。とはいえ、歌番組はたくさん出ましたけどね。会社命令で(笑)。

今みたいにネットなんてないから、テレビが最大の情報源だったりしましたよね。

たしかに。今回もそうなんだけど、たとえば当時テレビではいつも観てたけど、小学生だったからコンサートに行けなくてっていう声もたくさんあるんですよ。それに、社会人になったり生活環境が変わったりしてあんまりCDも聴かなくなってたけど、またフッと自分の時間が持てるようになりましたとか。そういう人たちのためにも、またやりたいなって思ったんですよね。

杉山清貴にとってオメガトライブとは

年齢とともに声が出づらくなってキーを下げるとか、妙に溜めて歌うとか(笑)、杉山さんの場合はそれがない。ビシッと当時のままですから、みんな一瞬で当時に戻れると思います。

リズムに食い付いていかなくていいから、溜めて歌う方がきっと楽なんですよね。俺はそっちの方がストレス溜まりますけど(笑)。

野音に向けて、メンバーの皆さんとはどんな話をされてるんですか?

野音やることが決まった時から、どの曲やる? とかみんなで酔っ払いながら話してた気がします(笑)。その後も、オメガのグループLINEがあるからなんだかんだやりとりしてますよ。現役でずっとやってるのは俺と、今クレイジーケンバンドで叩いてるドラムの廣石(恵一)だけだけど、他のメンバーもそれぞれバンド組んだりして音は出してるから、まぁ少しずつ準備していくって感じですね。

選曲、気になります。

シングル7枚、アルバム5枚ですからね。メドレーにしたらいっぱいやれるかな、でもやっぱりフルで聴きたいかなとか、今考えているところです。(ライブは)1回しかないから大変ですけど、やれるだけやりたいなと思っているので。

ライブ、楽しみにしています。では最後にひとつベタなことを聞いてみようと思うのですが、杉山さんにとってオメガトライブとは!?

あ、それ意外と考えたことなかったな(笑)。オメガトライブというバンドでデビューさせてもらったから、今があるんだなというのは漠然と感じていますけど…。なんだろう? 80年代の象徴、かなぁ。ちょっとデカくなっちゃいますけどね。ああいうサウンドや歌の世界観でひとつの時代を作った<オメガトライブ>という作品の一部…、80年代の一部だと思います。

なるほど。

76年に雑誌のPOPEYEが創刊されて、アメリカ西海岸のカルチャーとかに若者が飛びついたじゃないですか。サーフィンとか、ハワイとか沖縄みたいなリゾートとか、どんどん盛り上がっていった。そのタイミングでいきなりああいうサウンドやジャケットで出たわけだから、完全に時代を読んで作られてたんですよね。プロデューサーと作家さんたちの思惑なんかがひとつになって、あの時代を反映させようとしてた。そういうこと、いわゆる”バンド”じゃ出来ないですからね。

みんながそこに夢を描いたんですよね。

だと思います。だから、俺たちが思っていたより全然若い女子高生とかも聴いてたんですよね。大人の恋愛に憧れて。男もそう。オープンカーで湾岸とか飛ばしてデートしてみたいなって、オメガ聴きながら思ってたんですよ。音楽だけじゃない、遊び方とかも含めて80年代を象徴する要素が詰まっていたのがオメガトライブだったのかなと思います。

LIVE

SUGIYAMA KIYOTAKA
The open air live “High & High” 2018

出演者:杉山清貴&オメガトライブ
スペシャルゲスト きゅうてぃぱんちょす
開催日:2018年5月5日(土) 16:15開場/17:00開演
会場:日比谷野外音楽堂(雨天決行・荒天中止)

その他のライブ情報は:こちら

杉山清貴

1983年4月、杉山清貴&オメガトライブとして「SUMMER SUSPICION」でデビュー。1986年5月、「さよならのオーシャン」で、ソロ・デビュー。 80年代のミュージックシーンを疾風のごとく駆け抜けたJ-POP/J-AORのカリスマ的存在。独自の世界を確立し、ソロ・アーティストとして一時代を築いた杉山清貴。ソロでの活動のひとつとして全国ファンへ向けた、ギターでの弾き語りの「アコースティックLIVE」から大規模ホールでのコンサートツアー(フルバンド)、そしてライブハウスへの出演など幅広い演奏活動を年間通じて展開している。2013年デビュー30周年を迎え、記念シングル&アルバムのリリース、日比谷野音2DAYS等を行った。2018年、デビュー35周年を迎え、恒例の野音に杉山清貴&オメガトライブが再集結。

オフィシャルサイトhttp://islandafternoon.com/