【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 54

Column

中島みゆき  “御乱心”の80年代。ディランの如く、フォークからロックへ

中島みゆき  “御乱心”の80年代。ディランの如く、フォークからロックへ

時は足早に過ぎていく。正月と思えば成人式、かと思うとバレンタイン、桃の節句…。あっという間に1年が過ぎ、それが10コ集まれば、ディケイドと呼ばれる。そんな70年代、80年代、90年代、さらに00年代と、すべてにおいてチャートの1位に輝いた女性アーティストは、中島みゆきだけなのだそうだ。

時代が変われば価値観も変わり、沈む枯葉が浮き上がる。なのでこれは、ほんと、凄いことだ。でも、そんな彼女だって、順風満帆だったわけじゃない。特に80年代の中頃。一部のファンから「ご、御乱心かっ!」と、浅野内匠頭みたいなことを言われた時期があった。

中島みゆきと言えば、思い浮かぶボーカル・スタイルは二種類だ。「時代」や「糸」のようなタイプと、「浅い眠り」や「地上の星」のようなタイプ。つまり“語りかける系”と“張り上げる系”である。「でもそんなの、大きく分けりゃ、誰だってそうじゃないの?」。そんな声が聞こえる。確かにそうだけど、例えば彼女の「時代」である。“サビ”と呼ばれる声を張る部分においても、楮(こうぞ)で漉いた和紙の柔らかさがあった。しかしそこに、強靭なマニラ紙のようなテイストも加わっていく時期が訪れる。

転換期となったのは、84年の10月にリリースされた『はじめまして』である。人と人との新たな繋がりなどもテーマで、だからこのタイトルなのだろう。しかし音楽的にも“ニュー・キャラ”を纏い、改めて自己紹介するからこのタイトルなのだ、みたいな解釈も可能だろう(なお“御乱心”という風説に関しては、“ど、どちらへお出ましで!?”と、そんな台詞を付けたくなるジャケットの“お姿”も後押ししてのことと思われる)。

このアルバムに行く前に、ざっと流れを見てみよう。彼女の80年代は、衝動がゴロリと伝わる問題作『生きていてもいいですか』で幕開けし、それが『臨月』『寒水魚』『予感』と、一大ブームを巻き起こすヒット作へ昇華した(これらのアルバムは、後日取り上げる)。でも、片方(=ポップさ)に揺れすぎた振り子を戻すかのように、再びの問題作へと至ったのが『はじめまして』である。

何が違うって、サウンド・プロダクションの根幹となる感覚が違う。それまではどちらかというと、木と紙でできた日本家屋にしっくりくる響きも有していたのが、このアルバムでは、石造りのヨーロッパの家屋が似合う雰囲気にもなった。これは音の処理などに言えることだが、何より我々に衝撃を与えたのは、“フォーク・シンガー”の中島みゆきが、“ロック・シンガー”の歌唱法へ接近したことだ。具体的に楽曲でいうなら「幸福論」と「はじめまして」。これらの楽曲には、それまでの彼女にはなかった、“第2の声質・声帯”が宿っていた。

フォークの歌とロックの歌の違いを端的に説明しよう。「皆さんね、今日わたしは家に出る時に郵便屋さんとすれ違いまして、そしたら郵便屋さんが…。それでは聴いて下さい…」みたいなMCのあと、このお喋りと乖離せず歌い進めるのが一般的なフォークである。いっぽう、「オーケイみんな、二階席の一番後ろのヤツもちゃんと見えてまーす!」みたいなMCのあと、この声の張り具合と乖離せず歌い進めるのがロックである。

もし前者のような味わいのボーカリストが、突然、後者のようになっちゃったら、ビックリする。自分がそれまで愛してやまなかった“繊細な表現領域”が蔑ろにされた気分となる。なので従来のファンの人達は「ご、御乱心かっ!」と言ったわけだ。

ちょっと待って…。どっかでこういう話、聞いたよな…。ふと、そう思ったわけである。そう、ボブ・ディランだ。ディランが1960年代の中頃に、アルバムで言えば『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』あたりの頃、それまでのフォーク・ファンから拒絶されたことがあった。有名なのは1965年の「ニューポート・フォーク・フェスティバル」。ロック・バンドをバックに従えて、従来のファンからブーイングを食らった。もちろん、歓迎した人もいたから、彼らはさらに次の時代を築いていけた(ちなみに中島みゆきは『はじめまして』がリリースされる前年のツアー『明日を撃て!』において、ステージで堂々とエレキ・ギターを演奏し、“ニューポート”している)。

もし『はじめまして』での試みを、一部のファンの不評に押しつぶされ、引っ込めてしまったら、架けるようにシャウトする「地上の星」の中島みゆきは存在していなかった。まさにこのアルバムは、彼女の転換期を象徴する。

今の耳で聴くと、なんの違和感もない充実作だ。市井の人達の何気ない所作のなかに、日常の哲学を照らし出すかのような作風が冴えている。そこに居るのは、我々が知っている中島みゆき、そのものだ。

ちなみにこのアルバムには、Mr.Childrenの桜井和寿がBank Band でカバーした「僕たちの将来」も含まれている。これはやはり傑作だ。また、セカイ系的図式を先取りした歌詞内容としても聴ける。

文 / 小貫信昭 
参考文献 / 地球音楽ライブラリ-『中島みゆき』(TOKYO FM出版)

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