佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 26

Column

小泉今日子×浜田真理子「マイ・ラスト・ソング~久世光彦さんが残してくれた歌~」

小泉今日子×浜田真理子「マイ・ラスト・ソング~久世光彦さんが残してくれた歌~」

2008年11月に東京の世田谷パブリックシアターで始まった音楽舞台の「浜田真理子×久世光彦×小泉今日子~マイ・ラスト・ソング」は、今年で区切りとなる10年目を迎えます。

テレビドラマの演出家だった久世さんの直弟子といえる女優の小泉さんが朗読とトークを受け持ち、久世さんが愛した数々の歌にまつわるエッセイやエピソードを紹介しながら、シンガーソングライターの浜田さんがピアノの弾き語りで歌っていく――。

東京・杉並区の阿佐ヶ谷で1935年に生まれた久世さんは、大学卒業後に東京放送(TBS)に入社するとドラマ制作にかかわり、向田邦子脚本の『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』などの大ヒット・シリーズを演出して、テレビ界に確固たる地位を築きました。

またドラマの演出を手がける一方で、『昭和幻燈館』や『花迷宮』『怖い絵』などの幻想的エッセイで文筆家としてもデビューし、小説『一九三四年冬――乱歩』(1993)では山本周五郎賞を受賞して、後年は重心を次第に文筆の世界へと移していきました。

 

しかし、久世さんは2006年3月2日に大田区の自宅で急逝し、満七〇歳の生涯の幕を閉じました。

今年はその日から数えて13年目、仏教だと十三回忌法要の年にあたります。

ぼくも関わっているこの音楽舞台ですが、もとはといえば「久世さんの世界を多くの人に知ってもらえるようなことをやりたいね」、「久世さんの大好きだった歌を伝えていけたらいいね」と、小泉さんや浜田さん、そして久世夫人の朋子さんと話し合って始めたものでした。

コンサートでもなく、小泉さんの朗読劇でもなく、久世さんが「人生の最後に聴くとしたら、どんな歌がいいのか」と選んで文章を添えた歌の数々を紹介し、浜田さんのピアノと歌で聴いてもらいたかったのです。

シンプルだったからからこそ回数を重ねるなかで、歌にまつわる文章から呼び起こされる記憶や、歌が生まれた時代の空気感を味わっていただけたのだと思います。

さて、今年は10年目の区切りですので、少し新しい趣向をこらした内容にしようと準備しているところです。
それは久世さんの文章を手がかりにして、あるいは言葉の力をかりて、朋友だった阿久悠さんの歌に命を注ぎ込んでみようという試みです。

久世さんは自分と同じタイプの表現者として、作詞家の阿久さんのことを同志のように思い、一緒にドラマを企画して原案をつくったり主題歌をプロデュースしたりしています。

それは幼い頃から、歌によってつながっていたからでした。

「悲しき竹笛」でも「港が見える丘」でも、「かえり船」だろうと、私たちはいまでもフルコーラス正しく歌うことができる。あの、いやに空が青かった終戦の年の八月、阿久悠は生まれ故郷の淡路島で八歳、私は疎開先の富山で十歳だった。
これらの歌は、世の中変わった、新しい時代が来た、と大人たちが上ずった声で言っている割には、ずいぶん暗い、希望のない歌ばかりだった。けれど、油脂焼夷弾みたいに唐突に空から降ってきた民主主義教育の教科書よりも、私たちには、奇妙な虚しさを引きずっているような、あの頃の歌の方が信じられるような気がしたのだ。
おなじ歌を聞き、おなじことを思ったということだけで、私は彼を信じることができる。

(久世光彦「ひと恋しくて 余白の多い住所録」中央公論社)

阿久さんもまた、久世さんについては「お互いがお互いを必要とする、証人同士であった」と述べています。

そして歌を作るだけでなく、お互いを語り合い、エッセイに書くことで、自分の姿や存在や価値を確認することができたとも記していました。

二人とも流行歌について実に詳しかった。歌詞が気になった。聴き取れない箇所があると、レコード店で歌詞カードを盗み見て書き写した。その種のエピソードを語ると、富山と淡路島と別の処にいたにもかかわらず、一緒に行動したかのように思えるのである。
作詞家を志すとか歌手に憧れるとかの思いは欠片(かけら)もないにも拘(かか)わらず、時代の中で数少ない快感として、流行歌の言葉を愛した。どの歌の文句を記憶し、大切にしているかで、感性の確認をし合ったのである。

(阿久悠「同世代の感慨」 川本三郎 齋藤愼爾・編集『久世光彦の世界―昭和の幻景 』柏書房 所収)

歌を通して共通する感性を確認しあった2人が残した最高傑作が、1975年に誕生した「時の過ぎゆくままに」です。

当時の久世さんはテレビドラマ界におけるヒットメーカー、阿久さんも飛ぶ鳥を落とす勢いだった歌謡界のヒットメーカーでした。
そんな2人が組んでゼロからつくりあげたドラマ『悪魔のようなあいつ』は、主演する沢田研二さんの魅力を最大限に引き出すために企画された作品です。

このときは新しいドラマを始めることになった久世さんが、阿久さんを「企画に加わってよ」と仲間に入れて、沢田さんの主演するドラマの原案を一緒に考えています。
そして「時の過ぎゆくままに」というタイトルを決めて、阿久さんに主題歌の作詞を依頼しました。

それは沢田研二さんのために阿久さんが最初に書いた詞となり、そこから「勝手にしやがれ」や「サムライ」「カサブランカ・ダンディ」といったヒット曲が次々に誕生していったのです。

しかし主題歌の「時の過ぎゆくままに」が大ヒットしたにもかかわらず、ドラマは視聴率がそれほど上がらず、番組は予定よりも短命に終わってしまいます。
それでも久世さんは「自分のドラマを一本だけ選ぶとすれば、という質問には、この作品を挙げているんですね」と、『悪魔のようなあいつ』がとくに愛着のある作品だと言い続けていました。

そうした2人のエピソードをまじえて、久世光彦さんが残してくれた歌を新たな形で、これからも伝えていきたいと思っています。

「マイ・ラスト・ソング」ライブスケジュール

浜田真理子さん楽曲はこちら
小泉今日子さん楽曲はこちら

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長に就任。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)。

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