黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 11

Interview

ゲームの神様・遠藤雅伸氏(上)『ゼビウス』の原点、ナムコ創業者中村雅哉氏との出会い

ゲームの神様・遠藤雅伸氏(上)『ゼビウス』の原点、ナムコ創業者中村雅哉氏との出会い

故・中村雅哉さんがいたから出来たこと

遠藤 今になってみると、あの会社の懐の広さはとんでもないなあと思います。だからなのか、ゲームから学術とかに進んでる人はほぼ全員がナムコ出身ですね。

そこはぜひ聞きたいなと思っていたところで、ナムコから学術に進んだ方ってすごく多いですよね。川村順一さん(注12)もそうだし、岩谷徹さん(注13)もそうだし、もちろん遠藤さんもそうですけど、岩谷さんや遠藤さんが引いてるってわけじゃないんですよね。

遠藤 多分、それは中村のおやっさん(注14)の影響ですよ。あの人はとにかく直球、ストレート、逃げも隠れもしない、正面攻撃。

注12:『ソウルエッジ』『鉄拳』などのビジュアルデザインを手がける。現在は文京学院大学大学院経営学研究科客員教授などを務める。
注13:『パックマン』の生みの親として知られる。現在は東京工芸大学芸術学部教授などを務める。
注14:ナムコ(現バンダイナムコエンターテインメント)の創業者である故・中村雅哉氏のこと。

やっぱり中村雅哉さんの人柄とか仕事に対する打ち込み方を受け継がれたってことですか。

遠藤 みんなそれに引かれたっていうか、それがベースですね。岩谷さんと話していてもハッキリそうなんで。

すごくチャレンジをさせてくれる方だったそうですが。

遠藤 無茶苦茶チャレンジさせてくれました。そうでなければ入社したてのヤツが、仕様を決めて勝手にプログラムを書いて『ゼビウス』とか作れるはずないです。全部社長が「遠藤、面白そうだ、お前やってみろ」って言ってくれたからできたんです。

で、中間管理職のヤツとかがアタマを抑えにきて、「社長、アイツがうるさいんですけども」って言ったら、「そっか、うるさいか。じゃあアイツ飛ばすか」とか。いや、これは言い過ぎですけどね(笑)。

僕は元セガですけど中山隼雄社長(注15)もそういう方でしたね。

注15:セガ・エンタープライゼス(現セガ・ゲームス)元社長。勃興期のセガを主導したことで知られる。

遠藤 隼雄さんは今でもそうじゃないですか。いろんなところで若いヤツを育てようって。

確かに中山さんもそうですね。話を戻します。とにかく最初は何もすることがなくて、いろいろバグチェックとかをされていたと。それで、『ディグダグ』(注16)をずーっとやり続けて、いろんなバクとか技とかを見つけられた。で、それを中村社長が見られて「コレ面白いじゃないか」となったという話ですが。

遠藤 それで本にしてくれたっていう。それが初めての攻略本だったらしいです。

注16:地中を掘り進んで岩を落としたり、ポンプで破裂させたりしてモンスターを倒していく1982年発売のナムコのアクションゲーム。

期せずしてナラティブ(物語)へ

僕は遠藤さんの今までを俯瞰していくと、知らず知らずなのか、ご自身が意図してなのかは分からないですけど、例えば『ディグダグ』にしてもそうだし、『ゼビウス』のいわゆる都市伝説的な隠されたエピソードとかもそうだし、『ドルアーガの塔』にしてもそうですけど、コミュニティとかストーリー性とか「何か」がついてきますよね。

遠藤 今になって考えてみると、ナラティブ(物語)だったんだなって思いますね。断片的な情報を受け手の方がいいように解釈してくれて、そこに物語性を感じたりとか。

ナムコ ゼビウス

では、特にご本人として意図してなくて、自分が面白いと思うことをやってこられただけだと。

遠藤 そうですね。ウケるためにはどうすればいいか。芸術というよりもエンタテインメントととして、どうあるべきかっていうことを真面目に考えて。そういうことを考えることに対してナムコはすごい寛容でした。『ゼビウス』が終わったあと、数カ月間ただ遊ばせてくれたりね。その時にいろんなソフトで遊んだんですが、その中のひとつが『ウィザードリィ』(注17)だったんです。これ面白いなってことで、そのあとアメリカに行かせてもらったときにRPGの資料をいっぱい買ってきて『ドルアーガの塔』を作ったんですよ。

注17:3DダンジョンRPGの古典的名作。『ドラゴンクエスト』をはじめとする日本のRPGに多大な影響を与えた。

本当にキャパがありますね。素晴らしいですね。

遠藤 若いヤツの才能を信じるっていうのが、すごい強かったですね。

やっぱりそれは中村さんの人柄が大きかったんでしょうか。

遠藤 そう思います。ハッキリそう思います。

けっこう人を試される方で1回はダメだって却下して、それでも言ってくるか、どれだけ本気なのか、その熱量を見ると。で、最後は「いいよ」って言ってくれるという話を聞いたことがあるんですけど、やっぱりそういうところがある方だったんですか?

遠藤 そうですね。ただ、僕は比較的立場が良かったんで。

え、それはそういう理由ですか?

遠藤 免許を持ってて運転ができたんです。だから、開発したマシンを社長が見たいって言うと、「じゃあ、持っていきます」と。で、「ちょっと遠藤やってみろ」となって、「なんだ、オレ下手なのかな?」「下手ですね」とか言って(笑)。中村社長が気に入ってくれていたのかはよく分からないですけど、そうやって直接電話かかってくることがときどきありました。だから、中村社長と話す機会がものすごく多かったです。

ゲームのエネミーにも正義があるはず

それは確かに特別な関係ですね。『ゼビウス』の話はたくさんされていると思うんですが、もともとは「シャイアン」っていうヘリコプターを操作するゲームだったという話ですね。ベトナム戦争をモチーフにした。

でも、前年か前々年に『デスレース』(注18)っていう人をはねてスコアリングしていくゲームがあって、中村社長がそういうのはよくないと。人の死をイメージさせるのはよくないと、おっしゃったっていう話を聞いたんですけど、そういう影響はあったんですか?

遠藤 いや、そういうんじゃないです。相手がこちらの射線上に並んでいるというのが気に入らなかっただけです。『インベーダー』もそうじゃないですか。撃たれるってわかっているのに、なんであそこに並んでいるんだって。あれはおかしいと。

相手には相手の正義がある。それはどこからきたかというとアニメ、『機動戦士ガンダム』や『伝説巨神イデオン』からです。相手には相手の考え方があって、相手も命が惜しいから逃げるとか。それはジオン軍と同じです。

注18:車を操作してグレムリンと呼ばれる小悪魔たちをひき殺していく見下ろし型のアクションゲーム。内容が残虐ということで物議をかもした。

そこが『インベーダー』に飽きて、さらに奥深さとかエンタテインメント性を求めていた人たちにすごく受け入れられたわけですよね。ゲームにキャラクター性を持たせたっていう風に僕は考えていますけど。それまでのゲームの敵はもちろん攻撃はしてくるけど、基本的に撃たれるのを待ってる。でも、遠藤さんはじめ当時のナムコの方々がプロデュースしたのは敵キャラクターに意志があるように見えるゲーム。やられるかもしれないって相手も思っているかのような、そういう対等な関係を持ち込んだ感じがします。

遠藤 そうですね。キャラクターに名前を付けていたし、画面上とは別のプロモーション用のキャラクターとかも作ってましたしね。当時はグラフィックがしょぼかったんで。

よくやったなあというか、若気の至りです

それはやっぱり遠藤さんがゲームをやってきた中で、足りないと感じていたものだったわけですか。

遠藤 いや、自分のやりたいことをやっただけです。

よく、そうおっしゃってるインタビューを読むんですけど、それは遠藤さんだから言える言葉なんじゃないかとも思っちゃうんですよね。

遠藤 歳を取ってみると、なんで若い頃はあんなことをやったんだろうなとは思いますけどね。よくやったなあっていうか、若気の至りですよ。

いや、それだけではないでしょう。遠藤さんが持っていたクリエイティブとかエンタテインメントに対する思いがあったからじゃないでしょうか。

遠藤 それはそうかもしれませんね。


続きは第2回インタビュー
1月15日(月)公開

ゲームの神様・遠藤雅伸氏(中)「ゲームから僕は逃げない」教育の道に進んだ経緯とは?

ゲームの神様・遠藤雅伸氏(中)「ゲームから僕は逃げない」教育の道に進んだ経緯とは?

2018.01.15

著者プロフィール:黒川文雄【インタビュー取材】

くろかわ・ふみお
1960年、東京都生まれ。音楽ビジネス、ギャガにて映画・映像ビジネス、セガ、デジキューブ、コナミDEにてゲームソフトビジネス、デックスエンタテインメント、NHN Japan(現LINE・NHN PlayArt)にてオンラインゲームコンテンツ、そしてブシロードにてカードゲームビジネスなどエンタテインメントビジネスとコンテンツの表と裏を知りつくすメディアコンテンツ研究家。コラム執筆家。アドバイザー・顧問。黒川メディアコンテンツ研究所・所長。株式会社ジェミニエンタテインメント代表。DMMオンラインサロンにて「オンラインサロン黒川塾」を展開中。
黒川塾主宰。ゲームコンテンツ、映像コンテンツなどプロデュース作多数。

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