黒川文雄のエンタメ異人伝  vol. 11

Interview

ゲームの神様・遠藤雅伸氏(下)日本のゲームの素晴らしさを世界に伝えるために

ゲームの神様・遠藤雅伸氏(下)日本のゲームの素晴らしさを世界に伝えるために

音楽、映画、ゲームなどを総称するエンタテインメントは、人類の歴史とともに生まれ、時代に愛され、変化と進化を遂げてきました。 そこには、それらを創り、育て、成熟へ導いた情熱に溢れた人々がいます。この偉人であり、異人たちにフォーカスしインタビュー形式で紹介するエンタメ異人伝。

『ゼビウス』がもたらしたゲーム性と、そこに秘められたゲームの物語性は、ゲーム黎明期にもたらされたエポックメイキングなコンテンツだったと言えるだろう。それは現代のゲーム用語になぞらえれば、「ナラティブ」というワードに該当するものだ。

稀代の創業者である中村雅哉氏と、彼の創業したナムコの成長期に数多くのコンテンツを開発して世に問い、多くのゲームプレイヤーたちに夢と希望を与えてきた。現在は、東京工芸大学芸術学部の教授として後進の育成を行いながら自身のビジョンを信じて突き進んでいる。その人物、遠藤雅伸の姿は時代を映す鑑である。

今回の「エンタメ異人伝」は、遠藤雅伸の作品を形成するもの、彼を動かすモチベーション、そして日本のゲームの未来に迫るものである。

※本記事は3回にわたってお届けするインタビューの最終回です。第1回(上)第2回(中)はこちら

インタビュー取材・文 / 黒川文雄

日本人はゲームを「道」と考えている

なるほど。でも、それっていまだに理解されないですよね。

遠藤 理解されないです。今年アジアの国際学会で「インテンショナルステイ」っていうものを発表したんですね。ゲームを止める理由を調べていたら、ラスボスの手前で止めちゃう人がけっこういることが分かったんです。これを調べていくとですね、「その先でゲームが終わっちゃうのがもったいないからゲームを止める」っていうのが止める理由のようで。そしてその理由に対する理解が日本人は100パーセント、自分も実際にそういう理由で止めたことがあるっていうのが50パーセントなんですよ。

ところが、これが世界になると、自分はやってないけど理解はできるっていうのが20パーセントくらいしかないんです。じゃあ残りの80パーセントはなんなのかっていうと、「意味がまったく分かんない」って。

あ~、そうなるのか。

遠藤 今までのストーリーから先に起こることを予見して、それより手前のところで止めることによってゲームの世界の中に自分が入っている状況を維持する。「エモーショナルボンド」っていいますけど、よりゲームの世界にコミットしたいために途中で止めるっていうのが理解されないんですよね。2年続けてアメリカの学会に出したんですけど2年ともリジェクト(論文が却下されること)。「何を言っているのか分からない」「オレの友達はラスボスが強すぎてクリアできないから止めてるけど、それとどこが違うんだ?」って(怒)。

でも、それって国民性とか文化の背景の違いですよね。

遠藤 そうですね。これって「禅」に繋がる要素で、日本人はゲームを「道」と考えているって僕は今考えていて。

修行とかに近いですよね。

遠藤 そうです、修行とか道なんですよ。その概念みたいなものが、なかなか理解されないんです。ただ、アメリカにも理解できる人は増えてきています。

すごい道を究めようとされてますね。失礼な言い方ですけど、遠藤さんのように突き詰めて考えている日本のゲーム関係者は少ないんじゃないですか?

遠藤 だから、僕がやればいいんじゃないですか。

なるほど、そうですね。

日本のゲームが小バカにされるのがイヤなんです

遠藤 僕がやって、その結果だけみんなに発表しますよ。それで利用してもらえばいいだけなんで。そのために残りの人生を賭けてるわけですから。

素晴らしいことですね。

遠藤 すごいっていうか、日本のゲームが小バカにされるのがイヤなんです。「ええ~もうアメリカのゲームなんかにかなわないです~」っていう若いヤツらがいるじゃないですか。ふざけんじゃねえよって。

そういう声は一部ありますよね。

遠藤 技術がかなわないだけで、そもそも日本人は技術なんていらないし。技術は必要なときに、それこそアセットを買えばいいんです。コンセプトメークが日本のゲームの真髄なんです。

ただ、ガチャとかを多用したソシャゲなんかも一方ではあるじゃないですか。

遠藤 アレはどちらかというとギャンブルとか依存症とか、そういう系統を利用した集金マシンなんで。ゲームっぽい形をした集金マシンを作りたい人たちがやってるだけです。それに、今の経営の方向はそちらではないですね。やっとDeNAとかGREEとかがそうじゃないっていうことで、一生懸命ゲームとしての何かを作るようになった。そういう意味では最近はCygames(サイゲームス)がわりと攻めてますね。

言い方はアレですけど、まっとうな感じになってきたなって感じは正直しますね(笑)。

遠藤 そう、本当にそうです。本当にDeNA、Cygames、GREEがゲームのなんたるかっていう部分とか、ゲーム自体の魅力でもってなんとかしようっていうように。やっぱりコンプガチャで一斉に引いたのが大きかったと思います。あのあたりから真面目に考えるようになりましたね。

VRを左右するセンス・オブ・エージェンシー

VRとかARに関しては何かお考えがあるんでしょうか。

遠藤 ウチの学生が国際学会にVRに関する論文を発表して賞をもらってきましたよ。VRに関してはけっこうやってますっていうか、VRの本質はなんなのかっていうところで実験をしてます。VRの本質は突き詰めて言うと映画「アバター」のキャッチフレーズなんです。「見るのではない、そこにいるのだ」なんですよ。

だから、VRっていうと迫力があって没入感のある映像とかって考えがちなんですけど、そうではなくって、脳がそのバーチャルの空間の中に自分が実際にいると誤認している状態を作り出すのがVRの本質なんです。そのためにどうすればいいのかってことを研究してますね。一番近いのは『サマーレッスン』(注39)です。プレイしたことあります?

注39:目の前にいるバーチャルな女の子とさまざまなコミュニケーションができるVRゲーム。2017年にバンダイナムコよりPS VR向けに発売された。

あります。

遠藤 『サマーレッスン』で、あの娘が「ちょっと、先生」とか言って近づいてくるじゃないですか。あそこです。「え、お前近いよ」って思う、あの瞬間に脳が誤認してます。それをセンス・オブ・プレゼンス(存在感、実在感)っていうんですけどね。

それは分かります。

遠藤 センス・オブ・プレゼンスの実験はいっぱいやってますよ。その次にあるのがセンス・オブ・エージェンシーっていう。

それは初めて聞きました。

遠藤 自分自身を自分でコントロールしてるっていう感覚のことです。自分がやった結果としてこれが起こってるっていう風に思えないものはダメなんですよ。だから、たとえば車のハンドルを左に切ったとき、右に曲がるともうエージェンシーがないんです。左に切ったら左に曲がらなきゃダメなんです。

それで言うと面白いのは車ってパワーステアリング(パワステ)があるじゃないですか。パワステって自分の数倍の力が出るわけですよ。でも、パワステって自分で操作している感がものすごいあるでしょ?

あります、あります!

遠藤 あれは素晴らしく成功しているんですよ。そんな感じでもって、実際には違うんだけど自分が操作してる、自分がやってるっていう感覚がないとダメなんです。

なるほど。

遠藤 今ちょうど船のシステムを作って、それで実験しているんです。油圧でもって船が揺れているように動かすんですけど、これがエージェンシーがないんですよ。自分とは関係なく動かされてるだけなんで。じゃあ、どうやって出すかっていうと、じつはエージェンシーって100分の1秒ぐらい誤差があっただけで失われるんですね。

一番分かりやすいのは遠隔手術みたいなヤツ。手術していて何かに当たったとき、当たった感覚にちょっとでも時差があったらもうダメです。なんで、その時差をなくすために途中の操作を全部なくしてるんです。途中のコンピューターによるデータのやり取りとかをなくして、直接データを送るみたいな形でもってカバーしているんですね。

じゃあ船の揺れのエージェンシーってどういうことなのかっていうと、エアベッドの上に乗っかると揺れるじゃないですか。それって自分の動きによって揺れてるわけですよね。

そうですね。自重ですよね。

遠藤 これだと、まったくタイムラグがなく動くので、エージェンシーを失わないんです。だから、VRっていうか映像と組み合わせると、ムチャクチャ船に乗ってる感じがするんですよ。

で、ウチの学生がやっている実験なんですが、そのときに実際の船の揺れに対して映像を2倍揺らしてやると効果が強くなるんです。人間の視覚への依存が大きいからだろうと思うんですけど、映像が増幅されると気持ちが悪くなるんですよ。しかも、これが映像酔いとか3D酔いとかじゃない。完全な船酔いなんです。

へえ~~(感心)。

遠藤 映像酔いは自分の操作と加速度のズレから生じるんですけど、これは完全に一致してるんです。なのに、映像が増幅されると、それだけで酔いがひどくなる。これが面白くて。で、これをどうやって実験するかってのを今やってるんです。そういうのをやってると、またVRに関する知見が増えるんで。

すごいなあ。

遠藤 ここはゲーム学科なんで、こういったゲームに使う基盤技術みたいなものをまっすぐに研究できます。これがメディア関係とか情報とかだとコンピューターを使って何かやらなきゃいけないとか。あと、その手の学科はゲーム本体についてはやらないじゃないですか。だから、情報的なテクニックとかっていうところにいくんですけど、ゲーム学科はなんにも考えずにゲーム本体の研究ができるんで、すごいですよ。

遠藤さんがおやりになっていることで僕が体験させてもらったものに、子供たちにカードゲームを作ってもらうっていうのがありましたよね(注40)。あれもエンタテインメントとは何かっていうのを学ぶためのひとつの手法ですか?

あそぶゲーム展 ゲーム制作イベント

遠藤 そうです、メソッドです。あれはユーザージェネレイトコンテンツ(注41)っていうのがユーザーのフックになって、それを面白いと思ってしまうっていうことの実証なんですね。ただ数字が書いてあるもので遊んでも大したことはないですけど、そこに自分で絵を描くことによって「自分のモノ感」が強くなって、そっちを選ぶっていう。それは大学生がやっても同じです。

注40:小中学生を対象に行われたワークショップで、絵を描いたりシールを貼ったりしてカードゲームを実際に作ってもらって、完成したゲームで対戦するというもの。
注41:ユーザー、利用者が制作・生成したコンテンツのことで、マーケティングの分野で注目を集めている。

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