【80年代名鑑】明菜からYMOまで 80'sからの授かりもの  vol. 55

Column

中島みゆき 最も暗いと言われる作品集『生きていてもいいですか』を聴いてみる

中島みゆき 最も暗いと言われる作品集『生きていてもいいですか』を聴いてみる

かつて中島みゆきはこう言った。自分の歌を「道具として使ってくれれば」、と(『月刊カドカワ』91年11月号)。人生において、悲しく惨めなことに出くわした時、“そういえば、中島みゆきの歌にもこんな境遇の主人公がいたな”と思い出したら、そりゃシメたもの。そうか、いま自分は悲しくて惨めだけど、それは要するに、歌に描くことができる程度のものなのだ。そう、たかが歌に描ける程のもの…。そうやって、その苦境を「越えて欲しい」。彼女はインタビューで、そんなふうに語っていた。

そうか、道具なのか! そう思うと、受け止め方も違ってくる。なぜなら道具には用途がある。ペーパーナイフが要るのにデカいヤットコ持ってこられたら困るけど、それとていずれは入り用になる時が来るかもしれない。中島みゆき史上、ウルトラ・ヘヴィ級の作品集『生きていてもいいですか』に対して、無関心を装っていた人も、ここらでその、思ってた以上にデカい“把手”を握ってみるのはどうだろう。そうしてやっとこ、さ、あなたがこのアルバムを体験してみようと思い立ったなら、すでに体験済みの自分としては嬉しい。

また、この文章を若きシンガー・ソング・ライターの方がお読みなら、はっきり、こう書いておこう。この作品集を聴いてないなんて、アナタは浮上の見込みがないモグリである。歌が描きうる喜怒哀楽の地平線。それを知るために、その一翼(普通に考えれば本作は“哀”担当だろうが…)を担い代表するこのアルバムは、必須なのである。

『生きていてもいいですか』がリリースされたのは80年の4月である。70年代と80年代を大雑把に比較するなら、例えば前者を山口百恵、後者を松田聖子という、よくみんなが使う図式を持ち出すなら、80年代のほうが乾いててノリもいい。しかしこのアルバムは、70年代に逆行するようなジメッとしたところがある。一言で言うなら“クラキモチイイ(暗・気持ちいい)。

悲しくて悲しくて涙が出て、さらに絞り出した時、人間は生理的に気持ち良かったりする。このアルバムを聴くと、そんな気分になる。

ただ、いきなり1曲目のインパクトが絶大だ。J-POPの歴史のなかでも、非常に有名なその曲のタイトルは、「うらみ・ます」。これからアルバム鑑賞しようとする我々の前に、踏み絵のように立ちはだかる。

よく言われたのは、「中島みゆきはこの歌を、暗いスタジオでひとり、泣きながらレコーディングしたのでは…」、ということ。確かにそう聞こえる。声と涙が斑になり、互いを主張し合うように響いてくる。

とはいえ、これは中島みゆきという作家の創作だ。衝動から殴り書きしたものではない。そもそも「うらみ・ます」という、この精緻なタイトルのアイデア。実に工夫されている。これだとタイトル全体がささっと動詞として流れていかず、“恨み”という名詞を一彫り一彫り、鑿(のみ)で己の胸に刻みつけていくかのような気分になる。

そして、もし泣きながら歌っていたとしても、彼女が示してきた幅広い歌唱表現領域を思えば、特異なことではない。この2年前のアルバム『愛していると云ってくれ』では、これまた1曲目の「元気ですか」で、歌ってさえいなかったのである!(メロディを排し、モノローグで成立させた作品だった)

2曲は「泣きたい夜に」。ここでは[あたしのそばにおいで]と、主人公を救済しようとする他者が現れる。さらに「蕎麦屋」なら、蕎麦を食べないかと誘ってくれる[おまえ]もいる。朧気ながら、光が差し始めている……、というのが普通なのだけど、いや、違う。歌のフレームに他者が紛れ込めば込むほど、主人公の疎外感や孤独は深まっていくのだ。

『生きていてもいいですか』というタイトルは、7曲目に収録されている「エレーン」の一節だ。死んでしまった“彼女”へのレクイエム(鎮魂)のようで、けして魂は鎮まりなどしない。“エレーン”は存在していなかったかのように、人々の記憶から抹殺されかかっている。悲しみが、鈍く闇を深めるように、何度も何度も上塗りされていく歌である。

そして最終曲の「異国」において、さらに魂は鎮まらず、悪戯に浮遊し始める。ここでは歌詞に、[百年してもあたしは死ねない]とある。このふたつの作品は、対を成しているようにも思える。

“道具”だとか突き放しつつ聴き始めたけど、どぉ〜っぷり、歌の世界観にハマってしまった。もがけばもがくほど、さらにキツく締め付けるトンネルの穴に落っこちたかのように。

でも、だからこそ『生きていてもいいですか』は、おそらくJ-POP最強の、聴き手を励ます“道具”だろう。ただ、諦めるな・元気を出せ・傍にいるから、のような、そういうのとはちょっと違う。逆療法的だ。通常の励ます歌は、大丈夫な方から大丈夫じゃない方へ投げられたロープのようなもの。でも『生きていてもいいですか』は逆だ。アナタがアナタ自身より、さらにさらにキツく辛い悲しみの淵へスベリ落ちないよう、下から“つっかえ棒”の役目をするのだ。

文 / 小貫信昭

その他の中島みゆきの作品はこちらへ

vol.54
vol.55
vol.56