黒選!メディアコンテンツ研究家・黒川文雄がテーマで選ぶ 3+1  vol. 26

Column

まるで映画のようなゲームと言えば?新旧シネマティックゲーム3+1選

まるで映画のようなゲームと言えば?新旧シネマティックゲーム3+1選

テレビゲームが総合芸術である以上、想像を超える映像、感動するシナリオ、魂を揺さぶる演出、魅力的なキャラクター、世界観を表す音楽などプレイヤーを魅了する表現を追求することは必然のことでしょう。

ゲームの歴史には、実験的、意欲的映像表現にこだわった作品も数多く登場しています。ゲーム黎明期においては、キャラクターがアニメーションするだけでも大事件でした。1978年にアーケードに登場して、左右に動きながら迫りくる演出を見事に成功させた『スペースインベーダー』もその一つです。

限られた音源、数少ないメモリに悩まされていた時代、音楽も単調な繰り返しが多い中で、FM音源と言う新しいサウンドと高価なメモリを搭載して1曲丸ごと演奏したのは、1986年のアーケードで体感ブームを巻き起こしたセガ(・エンタープライゼス)の鈴木裕さんがプロデュースした『アウトラン」でした。(音楽は川口Hiro 師匠)

PCゲーム界では、なめらかで高速なアニメーションを実現した1988年の『イースⅡ』が話題となり、以降ゲームのオープニングではアニメーション技術競争が始まります。 そのイースⅡをカップリングで発売したPCエンジンCD-ROM2版、『イースⅠ・Ⅱ』はCDによるダイナミックな音質と大容量で、長時間アニメーションやキャラクターのカット割り登場など新たな映像表現に成功し、声優を使った臨場感あふれるアフレコでプレイヤーを魅了しました。

この作品の成功と評価により、ゲームにおいてオープニングを開発する事は技術力を誇示し、世界観を魅せる導入部分として重要なファクターとなります。

そして、シナリオやキャラクターに無縁でありそうなシューティングゲームでさえ、この流れの中へ突入していきました。それが1991年のアーケードに現れた『XEXEX(ゼクセクス)』です。
当時「メモリを湯水のように使った驚愕のオープニング・アニメーション」とまで言われ、ゲームセンター内では声優の島本須美氏によるデモ映像のセリフが店内に響き渡る光景が印象的でした。

2000年代に入るとハイパー・リアルな映像と、その演出はさらに進化して、昨年12月の当コラムでご紹介した2003年発売の『コールオブデューティー』もその一つです。

今回は、時代とともにシネマティックに進化して行くゲームを特集してご紹介します。

ではどうぞ!


時代が追い求めたシネマティック・ゲーム・ワールド『Dの食卓』

1995年4月1日に3DO向けタイトルとして発売されたシネマティックゲームが『Dの食卓』。まだ無名だった故・飯野賢治氏の出世作です。

当時、パナソニックから発売されたハード、「3DO REAL」はマルチメディア・マシンという流行語にも似たキーワードで発売されましたが、ゲーム機として明確な広告・プラットフォーム戦略、販売戦略を打ち出す事ができなかったためか、本体販売の低迷やサードパーティー開発の遅れによってソフト供給不足が起こり、さらにハードを代表する看板タイトルの不在など、深刻な問題に直面していました。

そんな時、高画質・高音質でCD-ROMの大容量を生かし、エッジの立った作品を生み出そうというクリエイターが登場し、3DOの代表的タイトルとなったのが、株式会社ワープ代表、故・飯野賢治氏の『Dの食卓』でした。

それまでもマルチメディアを意識した作品はいくつも作られていました。、古くは1988年PC向けに発売された『the Manhole』(日本語版移植:SUNSOFT/発売元:富士通 MAC版をFM-TOWNSへ移植)が、シネマティックゲームの系譜の始祖と言えるかもしれません。
このゲームに明確なストーリーとエンディングは存在しませんが、マンホールから始まる独特の世界観、絵本の中を迷路のように彷徨(さまよ)う摩訶不思議な世界を体験できるシネマティックゲームでした。

そして、『the Manhole』を開発したアメリカのCyan社は、1993年PC向けに『MYST』を発売。ストーリーと謎解き要素が融合した新しい可能性を提示し、他機種に移植されるほど世界的に大ヒットしました。

この系譜から高度にシネマティックデザインに特化したのが、同じく1993年にメガCD向けタイトルとして発売された『夢見館の物語』です。“謎の洋館”、“迷い込み”、“不思議な住人”、“謎解き”、“タイムリミット”という基本的キーワードは、後の多くの作品に影響を与えました。

そして、今回ご紹介する『Dの食卓』もこのキーワードに当てはまる作品でしょう。

『Dの食卓』は、主人公ローラという女性にスポットを当て、一人称で表示される事の多かった作風を、テレビドラマのような複数のカメラアングルで演出をしたことで、当時のゲームでは画期的な表現方法でした。

一見難解で複雑そうな『Dの食卓』ですが、プレイをしたユーザーからは、「まるで映画を観ているようだった…」という評価を得て、大ヒットしました。

故・飯野賢治氏の求めた未来のコンテンツの系譜は、その後、彼の元を離れ独立した上田文人氏に影響を与え、2001年には『ICO』、そして2005年には『ワンダと巨像』というヒット作を生み出す原動力となったように思われます。

ゲームデザイナー上田文人氏(上)『ICO』『ワンダと巨像』『人喰いの大鷲トリコ』独自の世界観を持つ作品創りの原点とは?

ゲームデザイナー上田文人氏(上)『ICO』『ワンダと巨像』『人喰いの大鷲トリコ』独自の世界観を持つ作品創りの原点とは?

2017.12.24

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