Interview

長澤まさみに作品への熱い想いを手紙で伝えた!俊英・中江和仁監督が語る映画「嘘を愛する女」撮影秘話とは。

長澤まさみに作品への熱い想いを手紙で伝えた!俊英・中江和仁監督が語る映画「嘘を愛する女」撮影秘話とは。

古くは大林宣彦や市川準、近年では中島哲也や石井克人、吉田大八といった映画監督を輩出してきたCM界から、また新たな才能が世に出る。
長澤まさみと高橋一生の共演で話題の映画「嘘を愛する女」で、商業長編映画デビューを果たす中江和仁監督が、その人。中高生のころに出合った題材をモチーフに、100稿近く書き直したシナリオを自らのメガホンで映画にするまでの過程を聞くとともに、作品への思いを浮き彫りにする。

取材・文 / 平田真人 撮影 / 荻原大志

最終的には、由加利と桔平のラブストーリーに帰結させました

「嘘を愛する女」は実際にあった出来事をベースに、中江監督が10数年かけてシナリオ化したそうですが、そのプロセスをあらためてお話いただけるでしょうか。

高校のころだったかな…当時読んでいた辻仁成さんのエッセイの中に、この映画の元になる事件の新聞記事が載っていたんです。自分の職業を医者だと言っていた内縁の夫が倒れてしまい、妻がよくよく調べてみると、経歴がすべて嘘だったという…。以来、「なぜ、この人は嘘をついたんだろう? どういう人だったんだろう? そもそも、誰なんだろう?」というふうに興味がわいて、大学に入ってから国会図書館で、この事件を報じる古い新聞記事をあらためて読み返したり、事件のその後を取材した記事がないか、自分なりにいろいろと調べてみたんですね。ところが、事件後の詳細はつかめなかった。そんな時、インターネットである書き込みを見つけたんです。匿名掲示板に、その後のことが書いてあって、「そうか、そういう人だったのか」と真に受けて読んでいたんですが、いつの間にか書き込みが削除されていて。きっと誰かが適当に書いたのだろうと思いつつ、この事件をモチーフに映画用のプロットを起こしていった──というところから、脚本化へとつながっていくんですが、ストーリーを練っているうちに、「彼は誰だったんだろう?」という興味がだんだん薄れている自分に気がついたんですよ。むしろ、当事者の妻である女性が記事の中でお話していた「私たちの連れ添った5年間が、本当だったのかどうかを確かめたいんです」ということに、ベクトルが向いていたんですね。

中江和仁監督

妻と出会う前ではなく、妻と過ごした時間が〝本物〟だったのか、という?

そうです。いろいろなことが嘘だったにもかかわらず、ともに過ごした時間の中に幸せを確信させる瞬間であったり、物理的な何かがあったのだろう、と。妻だった女性はそれを信じている。しかし、だからといって、それを〝本当〟だったと言っていいのだろうかと考えているうちに、その線引きこそが映画のテーマになるんじゃないかと僕も思い始めたんですね。「彼は誰だったのか?」ということよりも、「あの5年間は何だったのか?」と、だんだんテーマがシフトしていって、物語の背骨をそこに定めて、ストーリーを構築していったというのが、一連の流れです。

©2018「嘘を愛する女」製作委員会

聞くところによると、当初は元々お好きだった単館系映画のようなテイストで撮ろうと考えていたところ、公開の規模が大きくなってエンターテインメントの要素を加えていったそうですね。

はい、当初は2人の時間が何だったのか──その本質を主人公の女性がつかむところに主軸にしていたので、男が何者だったのかという結論は描いていなかったんです。が、公開の規模が当初よりも格段に広がり、賞(中江監督の企画がグランプリを取った=「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2015」のこと)で審査員を務めた方から、「そこをボカすのは、お客さんに対して優しくない」と助言をいただいたんですね。ふだんから映画をよく観る人に対しては、余白を残して想像させる構造でいいかもしれないけど、たくさんの人に観てもらうとなると消化不良を起こすんじゃないかという、ご指摘があって。確かに一理あるなと思って、男が何者だったのかを明かした方がいいかもしれないな、と思い直したんです。ただ、「彼はこういう人でした!」と描くのではなくて、そこはあくまでサラッと進めることで、自分としては折り合いをつけました。繰り返しになりますけど、そこが重要なのではなくて、彼の愛情が嘘だったのか真実だったのかという本質に、主人公がいかにして迫っていくかを主題に据えていたからです。

©2018「嘘を愛する女」製作委員会

ただ、主人公の由加利(長澤まさみ)に自分を偽っていた桔平(高橋一生)の正体を探るカギとして、彼が膨大な枚数にしたためた私小説めいた原稿の存在が、自ずとクローズアップされてきます。あの小説という要素を持ってきたのは、どういった着想からなのでしょう?

これは元々の事件において、内縁の夫が小説を残していたことに基づいているんです。その事実からして非常に物語的だなと思っていて、映画化する時には生かそうと考えていました。ただ、その中身についてはわからなかったんですね。ならば、どういう役割を小説に持たせるべきかということになってくるわけですが、これは決定稿にいたるまで、いろいろと試行錯誤しました。小説にせず、自分の半生を淡々と書きとめていたという案もありましたし、安楽死を選んだ男が夜な夜な切々と語った半生を桔平が使命感から書きとめた、という稿もあって。いろいろとアイディアがあったんですけど、最終的には由加利と桔平のラブストーリーにすべてが帰結するように一本背骨を通さないと破綻してしまうので、恋愛に落とし込みました。中身は由加利に宛てたようにも、過去の自分や家族にも宛てたようにも読めるんですが、あれは意図的に混在させているんです。いずれにしても、桔平が過去を乗り越えて前を向こうとしている思いが、あの小説を書かせたというところに落着しました。

桔平の小説が映画に謎解きの要素をもたらし、それによってロードムービーへと変化していく。その作劇の構造に、思わず膝を打ちました。

元々は、わりと地味なストーリーでしたからねぇ(笑)。ただ、由加利が桔平の過去を探って旅をする、という土台は当初からありました。初期の稿では、しまなみ海道ではなくて金沢へ行って、同じように旦那の散骨をしに来たという女性と由加利が出会って、そこでまた話が展開していくという構想もあったんです。散骨した人は二度と主人と一緒に金沢には来られないけれども、由加利はもし桔平が目を覚ませば、2人で来ることができるかもしれない…というような。

©2018「嘘を愛する女」製作委員会

その展開でも観てみたい気がします。また、ロードムービーになるととともに、長澤さんと吉田鋼太郎さんのバディ・ムービーにもなるのが、これまた絶妙だなと感じました。しかも、この男女間に恋は間違いなく生まれないだろう、という空気が流れているのも面白かったです(笑)。

カメラがまわっていない時の長澤さんと鋼太郎さんも、すごく面白かったですよ(笑)。ずっと2人でお話をされていて。結果、現場も笑いに包まれて、すごくいい雰囲気になったという…。また、車をけん引して走行シーンを撮る時、アングル的にクルーが誰も車内に乗れない時は、お2人に自らカチンコを叩いてもらっているんです。カメラがまわると同時に、「ヨーイ、スタート!」で叩いてもらって、カットがかかったら、また叩いてもらって。その時のお2人がまたサービス精神旺盛で、わざとヘン顔をして叩いてくれたりするんですよ。いわゆる「NG集」をつくりたいくらい、バリエーション豊富なヘン顔を披露してくれました。

映画という表現ならではの見せ方を、極力心がけたつもりです

別の取材で長澤さんに吉田鋼太郎さんとの共演についてうかがったところ、まったく不安要素がなかったと全幅の信頼を置いていたと、おっしゃっていました。

確か、初共演でいらっしゃるんですよね。今回、由加利と海原(吉田)のシーンは瀬戸内でのロケから撮影していったんですけど、お2人には撮影の前日にエチュードに近い…リハーサルのようなものをしていただいて。長澤さんはすでに一生さんと撮影をしていましたけど、鋼太郎さんは瀬戸内ロケからのインだったので、海原のキャラクターの雰囲気や、どのくらいチャーミングな感じにするかを見ておきたいという意図があったんですが、その時点での鋼太郎さんは、結構ハチャメチャな感じのキャラクターになさっていたんです。その振り切りっぷりを見たスタッフ陣から、「海原ってそういうキャラでしたっけ?」と聞かれたんですけど、僕としてはそこでキャラの雰囲気を決めるつもりはなくて、いろいろな可能性を探りたかったんですね。その旨を話して、スタッフには理解してもらって。また長澤さんと鋼太郎さんも、当初はお互いに探っているような感じでしたけど、ノリが合ったんですよね。すぐに意気投合されていました(笑)。

©2018「嘘を愛する女」製作委員会

鋼太郎さん演じる海原の存在感も、非常にいいアクセントになっていて。

出番で言うと、実は(高橋)一生さんよりも多いですからね。というと、一生さんのファンの方々をがっかりさせてしまうかもしれませんが…要所要所、見せ場がありますので、はい(笑)。

確かに(笑)。撮る側からすると、桔平が昏睡状態に陥るまでの前半における〝限られた時間〟で、2人が5年間をかけて積み重ねてきた関係性を見せる必要があったので、そこがポイントだったのではないか、と想像しますが、いかがでしょうか?

そうですね、しかも付き合い始めたばかりのキャッキャッしている関係性でもないので、5年も一緒に住んでいるということが日常であることを描くために、2人のルーティーンワークみたいなことを、画で見せていこうと考えていました。序盤の方のシーンで、帰宅してきた由加利が鍵を持っているのにピンポンと呼び鈴を押して、玄関を開けてもらうくだりだったり、帰ってきてハグやキスをするといった、5年間連れ添った2人の日常でありつつ、その中で決まってすることを、長澤さんと一生さんにはいろいろとしてもらって。尺の都合上、ワンシーンだけ編集で削ってしまったんですけど、映画という表現ならではの見せ方で2人の関係性をお客さんに伝えたいと考えて、撮り進めていきました。

由加利と桔平が織りなす、そこはかとない日常感があるからこそ、非日常へと転換した時のギャップが生まれるようにも感じました。

家事を全くしないがゆえに「水どこにあるの?」とか、自覚症状もないのに「あ〜、風邪ひいた」みたいなことを言う由加利に、桔平も冗談を返す、といった他愛もない会話を交わすのは、それこそ日常感を出したかったというところがあります。2人のやりとりのニュアンスが、どこまで映画を観る方に伝わるかはわからないですけど、そういう意図を長澤さんと一生さんにはお伝えして、やってもらいました。長く連れ添った2人だからこその〝ことば遊び〟的な感じですね。

©2018「嘘を愛する女」製作委員会

なるほど。ちなみにクランクインする前、監督は長澤さんに宛てて熱い長文の手紙を書いたと聞いているのですが…。

え、なんて書いたかな、そんなに熱かったかなぁ…(笑)? いえ、確かに書きました。というのは、クランクインの前に由加利という役との一体感をより深めてもらいたくて、願わくば一生さんとのエチュードに長い時間を掛けたかったんですけど、お2人ともご多忙でクランクイン前日の数時間しかできないとわかったので、早めのタイミングでこちらの考えていることをお伝えしなければと思って、手紙をしたためたというわけです。準備の時間が限られた中で、役者さんもいきなり初日から完全に役をつかむのは、厳密にいうと難しいと思うので。
ただ、長澤さんとはCMで何度かお仕事をしていたこともあって、カメラ前に立つことでスイッチが入るタイプなのかな、と理解はしていたんですよ。彼女にとって僕の長い手紙と、クランクイン前日のエチュードがどれだけ功を奏したのかはわからないですけど…少しでもできる準備はしておいた方がいいかなと思って、〝暑苦しい〟手紙を渡したというわけです。

©2018「嘘を愛する女」製作委員会

その情熱が結実して、「嘘を愛する女」は会心作と言える仕上がりになったのではないかと思われます。そんな中、気が早いんですが、次回作の構想などは…?

シナリオのストックはたくさんあるんですけど、まだ具体的には何も決まっていないんですよ。いわゆる原作つきの作品を映画化する、というお話をいただいたとして、僕が撮ることで面白くなりそうなのであれば、よろこんでお受けするんですけど、自分のオリジナル脚本は…映画の好みもあって、観る人を選ぶ作品の傾向が強くなってしまうんです。わかりやすい設定や一般受けしそうなシチュエーションは生業のCMでたくさん撮っているので、その反動もあるのかもしれないですね(笑)。

中江和仁

1981年、滋賀県出身。’05年、武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業後、(株)サン・アドでCMディレクターのキャリアをスタート。手がけた主なCMに、ゆうちょ銀行「ゆうちょ通り一丁目の人々シリーズ」、資生堂「ぼくとわたしの。シーブリーズ」、レオパレス21の連続ドラマ、サントリーウーロン茶「ご飯の幸福シリーズ」などがある。学生時代から映画も自主的に撮り続け、’05年の「single」はPFF観客賞を受賞し、バンクーバー国際映画祭とシネマ・デジタル・ソウルに出品。’08年の「STRING PHONE」は、ADFEST(アジア太平洋広告祭)Fabulous4短編映画部門でグランプリ。’11年の「蒼い手」はサンフランシスコ短編映画グランプリ、モナコ国際映画祭ベストオリジナルショートストーリー賞・助演男優賞を受賞。本作「嘘を愛する女」で長編商業映画の監督デビューを果たす。

映画『嘘を愛する女』

1月20日(土)東宝系 全国公開

監督:中江和仁
脚本:中江和仁 近藤希実
音楽:富貴晴美
出演:長澤まさみ 高橋一生
   DAIGO 川栄李奈 黒木瞳
   吉田鋼太郎

オフィシャルサイトhttp://usoai.jp/
公式Twitter@usoaimovie

©2018「嘘を愛する女」製作委員会

応募総数474本を数えた「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2015」で初代グランプリに輝いたシナリオを、中江和仁監督自らが映画化。
ラブストーリーを軸としつつ、ミステリーから男女のバディものの要素をはらんだロードムービーと、エンターテインメント性の高い一篇に仕上がっている。
輝かしいキャリアウーマンとして、女性たちの羨望を集める川原由加利(長澤まさみ)は、世間的に言う〝高スペック〟な研究医の小出桔平(高橋一生)と同棲5年目を数え、公私ともに充実した日々をおくっていた。だが、その幸せな時間は、桔平のくも膜下出血による昏倒で、突然断たれる。しかも、桔平が所持していた身分証はすべて偽造で、職業、名前すらも嘘だと判明する。
自分が愛した人は何者なのか?
思いを募らせた由加利は、私立探偵の海原匠(吉田鋼太郎)と助手のキム(DAIGO)に身辺調査を依頼。そのさなか、桔平を〝先生〟と呼んで慕う謎多き女子大生・心葉(川栄李奈)が現れ、由加利の心に影を落とす。
やがて、桔平が700ページにわたって書いた小説が見つかる。海原の調査で、小説の舞台が瀬戸内海であることを知った由加利は、意を決して現地へ向かう──。