佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 28

Column

凛とした女の子、カミラ・カベロが歌に込めるメッセージ

凛とした女の子、カミラ・カベロが歌に込めるメッセージ

アメリカのオーディション番組『Xファクター』から2012年に誕生したガール・グループ「フィフス・ハーモニー」の一員だったカミラ・カベロは、ソロになった理由について「歌詞を書いてもいいかどうかを尋ねたら拒絶されたから」だという経緯を明らかにした。

曲をつくっているプロデューサーたちとのセッションに、ソングライターとして参加したことが決定打になったという。

「私は単に好奇心があって、学ぶためにも、音楽を作って、曲を書いている人たちに会って、自由でいたかったの」

コマーシャリズムにのっとった人気グループとしてマネージメントされているフィフス・ハーモニーから、自らの意志で脱退したカミラはソロ活動の道を選んだ。
それはソングライターとして稀有な才能の持ち主だったカミラにとっては、結果的に最良の判断だったといえるだろう。

2017年8月に発売されたシングルの「Havana」は全米ポップ・ラジオ・チャートで7週連続1位を記録した。
テイラー・スウィフトやケイティ・ペリー、ケシャ、アデルなどに匹敵するヒットになったので、カミラにはこれまで以上に大きな注目が集まった。

ぼくが初めて彼女の存在を知ったのもその頃で、「Havana」を耳にしてすぐに歌声の魅力に惹かれた。
言葉の意味するところは理解できなくても、確かなメッセージが込められているように思えたし、なによりも凛々しさを感じたのだ。

独り立ちに成功したカミラは、フィフス・ハーモニーの一員だった頃とは遥かに異なる地点に立つことになった。
そして今、シンプルに「カミラ」と名づけられた1stアルバムは、1月12日の発売と同時に世界中で大ヒットしている。

カミラは6歳の時に母親に連れられて生まれ故郷のキューバを出て、メキシコ経由でアメリカにやってきた移民だ。

母親は当時を振り返って、「友人、家族、みんな残してきた。夫が来ることができないんじゃないかということが怖かった」と話している。
お金がなくて2か月間は友人の家に住まわせてもらい、それからフロリダ州のマイアミで靴売り場の仕事を得た。
しかしスペイン語しか話せなかったこともあって、カミラはずっと内気な子どもだったという。

父が無事にアメリカに入国できたのは、それから1年半後のことだった。
やがてカミラは英語にも慣れてきて、一人でカヴァー曲を歌うYou Tubeチャンネルを作り、音楽に打ち込み始める。

ワン・ダイレクションの『Xファクター(USA)のオーディションのアドバイス』のビデオを見たことから、オーディションを受ける決意を固めて応募し、初めて観客の前で歌うことになって道がひらけていった。

20歳になったカミラは今、自身の信念を臆することなく発信するアーティストとして、確かな存在感を発揮している。

人気DJのゼッドが呼びかけた人権団体「アメリカ自由人権協会(ACLU)」への支援コンサートに参加したときは、「RESIST(抵抗)」と大きく書かれたTシャツを着て歌声を披露した。

カミラは移民や難民、イスラム教徒を排斥しようとするドナルド・トランプ大統領に対しても、はっきりと懸念を表明している。

そして自分が移民だったこともあって、「ネガティブなイメージがある移民のために歌を作りたい」と語る。
なぜならば自分がアメリカという国に必要とされてなんかいないと、疎外感を抱いて引きこもっている移民の子どもたちが、アメリカにはたくさんいるからだ。

そんな子どもたちに歌で明るい光を照らしてあげたいという想いが、カミラの音楽にインスピレーションを与えてくれるのだという。

「言語も宗教も関係なく、どんな人々も一生懸命頑張れば夢を叶えることができる国、そういうアメリカの正しいイメージの象徴に私自身がなれればと願っている」

移民してきた内気な子どもが音楽に出会ったことで目ざす方向が見つかり、目標に達する努力を積み重ねていくことで、凛とした女の子になった。そしてカミラは自らの意志で生きかたを決定できるアーティストになったのである。

と、ここまで書いたところに、今週の全米アルバム・チャート(Billboard 200)で、『Camila』が初登場で1位を獲得したというニュースが入ってきた。
フィフス・ハーモニー時代も含めて、彼女にとって初の全米No.1アルバムが誕生したのである。

ツイッターでファンと直にコミュニケーションをとり、取材のときにも自分の言葉で真摯に語るカミラ・カベロの時代が始まった。

「私はこれからのキャリアの意思決定を自分でしていきたいし、創作面の主導権も握っていたい。それに自分がやりたいことを、自分の意志で決めていくっていうのは、とてもいい気分」

新しい時代のトップランナーにふさわしい言葉である


著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長に就任。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)。

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