モリコメンド 一本釣り  vol. 50

Column

キイチビール&ザ・ホーリーティッツ 作品から溢れ出すのは、フッと体の力が緩み、自分自身の幸せの在り方を見つけようとする意志

キイチビール&ザ・ホーリーティッツ 作品から溢れ出すのは、フッと体の力が緩み、自分自身の幸せの在り方を見つけようとする意志

キイチビール&ザ・ホーリーティッツの資料には「<ハッピーサッドの先のハッピー>を歌い奏でるユルくて鋭い5人組バンド」という惹句がある。いきなり話はブッ飛ぶが(すいません)“ハッピーサッド(悲しみのなかに幸せを見つける)”という言葉から筆者が思い出すのは、社会学者の古市憲寿が26歳のときに発表した著書「絶望の国の幸福な若者たち」である。2011年に刊行されたこの本の「はじめに」に「現代の若者の生活満足度や幸福度は、ここ40年間の中で一番高いことが、様々な調査から明らかになっている。たとえば内閣府の『国民生活に関する世論調査』によれば、2010年の時点で20代の70.5%が現在の生活に『満足』していると答えている。そう、格差社会や世代間格差と言われながら、日本の若者の7割が今の生活に満足しているのだ。」とある。その理由は「『今日より明日が良くなる』なんて思わない。日本経済の再生なんてことは願わない。革命を望むわけでもない。」から。つまり“これから先、日本の状況はどんどん悪くなる。だから今が一番幸せ”というわけだ。まさに究極のハッピーサッドである。

それから7年が経ち、事態は変わった。いろんな見方、捉え方はあるだろうが“日本は良くなっている”とは言えないだろう。“これからもっと悪くなるから、今が一番幸せ”なんて言ってる余裕すらない、という人も少なくないはず。ハッピーサッドに浸ってる場合ではない、もっと能動的に幸せの在り方を探るべきではないか——そんな状況のなかで、必然的に登場したのが、キイチビール&ザ・ホーリーティッツなのだと思う。

ボーカル&ギターのキイチビールを中心に、橋本“タフネス”樹(Ba)、KD(Cho)、りょう(Key)、タカヒロ(Dr)によって結成されたキイチビール&ザ・ホーリーティッツが下北沢ベースメントバーで初ライブを行ったのは、2016年4月。初の自主制作1st EP「俺もハイライト」が都内のCDショップでスマッシュヒットを記録し、2017年の夏には「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2017」「SUMMER SONIC 2017」などの大型フェスに出演。さらに10月に1stミニアルバム『世の中のことわからない』を発表するなど、まさに破竹の勢いで活動の幅を広げて来た5人。7インチシングルとしてリリースされた「パウエル」を含む1stフルアルバム『トランシーバ・デート』(2018年2月7日発売)は、このバンドの最初の集大成と言えるだろう。

アルバムのオープニングを飾る「たまらない夜」は、こんな言葉で始まる。
「自分のことだけ考えて 生きればいいのに/思いつく幸せ ひとつひとつ数えてさ」。穏やかなで切ないメロディ、オーガニックな手触りのバンドグルーヴとともにこのフレーズが聴こえてきた瞬間、フッと体の力が緩むのがわかる。当たり前の話だが、どんなにワガママそうに見える人であっても、他者の目線から逃れることはできない。周囲からどう見られているか、どんな評価を受けて、どんな“キャラ”を与えられているか、そんなことにがんじがらめになっているのだ。キイチビールは、そんな状況を真っ直ぐに見つめたうえで、“自分の幸せだけを考えて生きよう”と歌う。「たまらない夜」を聴いて、“ずっと気付かなかったけど、こんな歌を聴きたかった”と感じるリスナーは多いのではないだろうか。

「パウエル」も素晴らしい。心地よい揺れを感じさせるバンドアンサンブル、フォーキーな旋律によって描かれるのは、“人も風景もいつか全部変わっていく。だからこそ、何でもやれるんだ”という意志。決して大仰にならず、ダメダメな日常を肯定し、しっかりと自分の足で前に進もうとする“平熱のポジティブ感”と呼ぶべき雰囲気も、このバンドの魅力だろう。サニーデイ・サービス、Yogee New Wavesなどの作品を手がけるエンジニア池内亮氏による生々しいサウンドメイクも、5人が紡ぎ出す有機的な音像をしっかりと支えている。

キイチビール&ザ・ホーリーティッツの楽曲を聴いていると、80年代〜90年代が青春だった筆者は、BO GUMBOSとFishmansを思い出す。共通点は、生のバンドサウンドでどこまでも気持ち良く踊れること、そして、既存の価値観から抜け出し、自分自身の幸せの在り方を見つけようとする意志。いろんなものを失いまくった20年(いや30年かな)を経て、ニッチモサッチもどうにもならなくなった我々は、すべてを忘れて踊るのではなく、本質的な楽しさを求めなくてはいけない地点に差し掛かっている。キイチビール&ザ・ホーリーティッツはそんな潮目の時期を象徴する存在になるかもしれない——そんな大げさなことを言われても困るんですけど、と本人たちは言うだろうけど。

文 / 森朋之

オフィシャルサイトhttps://twitter.com/kiichibeer

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