山口洋のSeize the Day/今を生きる  vol. 26

Column

ジョニ・ミッチェル/青春の光と影

ジョニ・ミッチェル/青春の光と影

ジェラシーを遥かに超える非凡な才能に出会ったとき、表現者は何を想うのだろう。
解明しようとしてできない響きに求道者の孤独な道程を見たとき、そこから何を得るのだろう。
研ぎ澄まされた耳でR&Rの魔法を解き明かし、透徹した眼差しで今を見つめる好評連載。
数多の賞賛や栄誉を超えて「彼女」だけが創りうる世界の雲間を見つめる。


なまじの才能には、ジェラシーを感じることもある。けれど、稀にひれ伏すしかないくらいの才能を目の当たりにすると、畏敬の念とともに清々しい気持ちになる。表現者として、そもそもステージが違うとでも言えばいいのか。

彼女の音楽を初めて聞いたときから、この世のものとは思えなかった。独特の浮遊感があって、世界に接地すらしていないようで、それを奏でているのが人類だとも思えず、すぐさま僕は彼女の音楽の触感(タッチ)の虜になった。孫悟空の觔斗雲(きんとうん)に乗って、世界を眺めたらこんな風に見えるのかも、と夢想したりね。

表現者の端くれとして、完膚なきまでの敗北を認めるのも悔しかったから、得意なギターを使って、彼女の音楽の分析を始めた。大学生の頃だったろうか。考えようによっては、弦はたった6本しかないのだから。あの美しい響きくらい解明できそうな気がしたのだ。

しかし、分析は困難を極めた。名曲「COYOTE」に狙いを定めたのはいいが、今みたいにYouTubeも教則本もない。手がかりは自分の耳だけ。彼女がその曲をオープンCという誰も使わないチューニングで弾いていると判明するまで、実に3年かかった。そしてそのチューニングはブルースなどのルーツ・ミュージックの影響を受けていることも。ルーツ・ミュージックに用いられるチューニングを自分なりに解釈して、あの響きを創りだしているところが、ジョニがジョニたる所以なのだった。

たどり着いてみると、実に機能的かつシンプルな運指だった。彼女にだけ見えている風景があって、きっと絵を描くように音楽を創っているのだろう。理論ではなく、風景にたどり着くためにこの響きを完成させたのだろう。

メソッドから遥か遠いところにある音楽、それゆえの独創性。メソッドは時として創造力を殺してしまう。教育は間違って施されると最悪の結果しか生まない。そして、独創的でいるためには孤独を怖れてはいけない。真理に近づくほど、人は孤独にしかならないのだ。その道程の景色を彼女の音楽が内包しているから、ひどく僕のこころを打つのだろう。

あるとき、僕は素晴らしいシンガーでギタリストであるおおはた雄一くんとクルマで厳冬の東北を旅していた。山形から青森というかなり危険な道中での話。

吹雪でホワイトアウトという状況の中、彼は前日の深酒によって助手席で眠りこけていた。一度目を覚まして「ジョニ・ミッチェルが聞きたいです」と言ってまたまどろみの中へ。吹雪の中、クルマを走らせたことがある人は、それがどんな状況かわかってもらえると思う。

集中しすぎて、ときどき意識が飛びそうになる。前後不覚に陥ることもある。わずかに見える“道らしきもの”を信じて走らせる。一歩間違えればアウト。現生と危険あるいは死、そのわずかな境を繋ぎ止めてくれたのが、浮遊する彼女の音楽だった。極度の緊張の中、こころのコアはなぜか冷静でいられた。そしておおはたくんは眠りこけたままで、青森に着くころ目を覚ました。「いい旅ですね」。素敵な男。実のところ、僕も彼も違う形で夢を見ていたのだと思う。彼女の音楽によって。

なにひとつ断定しないから、僕らは中空に夢を見る。

彼女が生んだ大名曲のひとつに「Both Sides, Now(邦題は“青春の光と影”)」がある。そのコーラス(サビ)の部分を僕の意訳で伝えておきたい。

I’ve looked at clouds from both sides now
From up and down and still somehow
It’s cloud’s illusions I recall
I really don’t know clouds at all

雲にはふたつの側面がある
上からと下から そしてもっと
雲はあたまに浮かぶまぼろしのようで
私は雲のことを何も知らない
I’ve looked at love from both sides now
From give and take and still somehow
It’s love’s illusions I recall
I really don’t know love at all

愛にはふたつの側面がある
与えること 受け取ること そしてもっと
愛とはあたまに浮かぶまぼろしのようで
わたしは愛のことを何も知らない

I’ve looked at life from both sides now
From win and lose and still somehow
It’s life’s illusions I recall
I really don’t know life at all

人生にはふたつの側面がある
勝者と敗者 そしてもっと
人生とはあたまに浮かぶまぼろしのようで
わたしは人生のことを何も知らない

彼女は今、病床にいる。この偉大な才能から放たれる歌をもう一度聞かせて欲しいと願う。

感謝を込めて、今を生きる。


ジョニ・ミッチェル / Joni Mitchell:[本名:Roberta Joan Anderson(ロバータ・ジョーン・アンダーソン)]。1943年、カナダ・アルバート州生まれ。9歳のときに小児麻痺を患い、病気の回復に向けて歌い始める。アート・スクールを卒業後、拠点をNYに移して活動。1968年、デヴィッド・クロスビーのプロデュースで『Song To A Seagull / ジョニ・ミッチェル』を発表。卓越した才能で評論家、音楽関係者の注目を集める。翌1969年に発表した『CLOUDS / 青春の光と影』の成功で、その名が知られるようになる。ジェイムス・テイラー、スティーヴン・スティルスらが参加した4作目『BLUE / ブルー』(1971)の繊細で深遠な詩世界、フォークに収まらないオルタナティブな音楽性で、シンガー・ソングライターとして不動の地位を確立。1976年発表の『HEJIRA / 逃避行』のレコーディング中にジャコ・パストリアスと出会い、1970年代後半にはハービー・ハンコックやラリー・カールトン、パット・メセニーらと共演した。1969年からグラミー賞を計9回受賞。1997年には“ロックの殿堂”入りを果たした。アルバム・デザインはほとんど自身で手がけるなど絵画や写真の才能でも知られる。2015年3月ロサンゼルスの自宅で倒れ、現在も闘病中。

『CLOUDS / 青春の光と影』

WPCR-80278 ¥1,500(税別)
ウッドストックの年に発表された2作目。ジュディ・コリンズに見出され、大ヒットとなった「BOTH SIDES, NOW / 青春の光と影」ほか全10曲収録(1969年作品)。

『BLUE / ブルー』

WPCR-80280 ¥1,400(税別)
『ローリング・ストーン』誌が選んだ「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」(2012年版)において女性ソロ・アーティストとしては最高位の30位にランクイン。不朽の名盤として知られる通算4作目(1971年作品)。

『HEJIRA / 逃避行』

WPCR-80284 ¥1,400(税別)
ジャコ・パストリアス、ラリー・カールトン、トム・スコットらジャズ・フュージョン系のミュージシャンに加え、ニール・ヤングもハーモニカで参加。「COYOTE / コヨーテ」をはじめ、孤独との激しい葛藤を描く全9曲を収録(1976年作品)。

『HITS / 永遠の愛の歌-ジョニ・ミッチェル・ベスト』

WPCR-26237 ¥1,300(税別)
ジョニ自らが熟考を重ね、念入りに選曲したキャリア初のベスト・アルバム。「BIG YELLOW TAXI / ビッグ・イエロー・タクシー」、「RIVER / リヴァー」、「BOTH SIDES,NOW / 青春の光と影」など全15曲収録(2017年発売)。

著者プロフィール:山口洋(HEATWAVE)

1963年、福岡県生まれ。1979年に結成したHEATWAVEのフロントマン。1990年にアルバム『柱』でメジャーデビュー。1995年発表のアルバム『1995』には、阪神・淡路大震災後に作られた「満月の夕」が収録され、多くのミュージシャン、幅広い世代に歌い継がれている。アイルランドの重鎮、ドーナル・ラニー、元モット・ザ・フープルのモーガン・フィッシャーら海外のミュージシャンとの親交も厚い。2003年より渡辺圭一(bass)、細海魚(keyboard)、池畑潤二 (drums)と新生HEATWAVEの活動を開始。仲井戸“CHABO”麗市、矢井田瞳らと東日本大震災後に立ち上げた福島県相馬市を応援するプロジェクト“MY LIFE IS MY MESSAGE”の活動も続けている。昨年は14作目にあたるアルバム『CARPE DIEM』と初の2枚組セルフカヴァー・アルバム『Your Songs』を携えたHEATWAVE全国ツアーに加え、リスナーからのリクエストで構成されるソロ・アコースティック・ツアー“Your Song”で全国を廻った。2月9日(金)にはBRAHMAN 日本武道館公演「八面玲瓏」にゲスト出演する。

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