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プライベートでもバッテリー!? 西銘駿&猪野広樹らチームが結束し、躍動する舞台『おおきく振りかぶって』が開幕

プライベートでもバッテリー!? 西銘駿&猪野広樹らチームが結束し、躍動する舞台『おおきく振りかぶって』が開幕

2月2日に池袋サンシャイン劇場にて舞台『おおきく振りかぶって』が開幕した。原作は、漫画雑誌『月刊アフタヌーン』で2003年より現在も連載が続いているひぐちアサの高校野球漫画『おおきく振りかぶって』。コミックの累計発行部数が1,000万部を超え、テレビアニメ化もされているこの大人気漫画を、漫画原作の舞台を初めて手がける成井豊(演劇集団 キャラメルボックス)の脚本・演出で初舞台化。〈西浦高校〉野球部初の練習試合や合宿練習の様子まで、高校球児たちのまっすぐな心情や葛藤がこの舞台版からもしっかり伝わってくる。『おおきく振りかぶって』は野球を舞台にした物語ではあるが、登場人物たちの個々の成長と変化を描いた人間ドラマだといえる。

取材・文 / 松浦靖恵 撮影 / 中原幸

俳優たちも舞台上で日々成長していく。その姿は役柄と重なり合ってもいく

『おおきく振りかぶって』の主人公・三橋廉(西銘駿)は、中高一貫校・三星学園野球部のエースピッチャーだったが、チームメイトからは学校理事長の孫という“ひいき”でエースになったと疎まれ続け、しかも彼が中学3年間マウンドに立ち続けた結果、一度も試合に勝つことができなかったこともあり、気弱で卑屈な暗い性格になってしまう。

「俺はピッチャーになれる人間なんかじゃない」という自虐的な想いを抱いている三橋は、野球やチームメイトから逃げるように西浦高校に進学。しかし、新設されたばかりの西浦高校硬式野球部の女性監督・百枝まりあ(久住小春)に強引に野球部に入部させられるところからこの物語は始まる。

舞台上には緩やかな傾斜をつけた“八百屋舞台”が設えられていた。奥行きを広げた舞台には緑のフィールドがあり、そこには白いラインが引かれ、後方にはスコアボードがあるなど、ひと目でここが野球場だということがわかる。脚本・演出を手がけた成井豊は初日公演前に行われた囲み取材で、「いろんな工夫をした」「僕のアイデアだけではなく、役者にもいろんなアイデアを出してもらった」と言っていたが、ピッチャーが投げた球のスピードやピッチャーとキャッチャーとの距離をキャッチャーミットの捕球音で観客に想像させたり、観客の視線をどこに持っていかせるかで野球場の広さを感じさせたりと、舞台転換をせずにひとつのセットで上演しているということを感じさせないアクティブな舞台を作り上げ、原作を読んだことがない人や野球のことをよく知らない人でも想像を膨らませることができる工夫や実際の野球試合を見ているかのような感覚を楽しめるアイデアがたくさん散りばめられていた。

この舞台のために頭を丸めた白又敦(花井梓 役)、稽古場でもムードメイカーだったという納屋健(田島悠一郎 役)など、西浦高校の野球部員を演じた俳優たちは、限られたスペースの中に作られたグラウンドで、ベースに向かって思いきり走り、ボールをキャッチし、お互いに声を掛け合いながら生き生きとしたプレイを見せた。

2.5次元の舞台では演者がピンマイクを付けて演じることが多いが、今回の舞台はピンマイクを付けず、俳優たちは感情を乗せた言葉(セリフ)を生声で届けていた。ピンマイクを付けない舞台を初体験する俳優にとっては、心の中に生まれた感情やつぶやきのようなモノローグであっても、ある程度大きな声でセリフを言わなければ観客には想いが届きにくいという環境の中での演技は、舞台ならではセリフまわしや発声の仕方なども含めて大いに勉強になったはずだ。

球児たちがどんな想いでバッターボックスに立っているのか、三橋とバッテリーを組むことになった阿部隆也(猪野広樹)がマウンドにいる三橋に対してどんな感情を持っているのかなど、一人語りのセリフもテンポ良く繋がっていく脚本には、原作の中にある印象的な“言葉”がしっかりと受け継がれており、舞台上でもそれぞれのキャラクターの性格やチームメイトの関係性をしっかりと浮かび上がらせていた。

三橋とバッテリーを組むことになった阿部は、三橋に対して「俺がおまえをホントのエースにしてやる。その代わりオレの言うとおりに投げろ」と、最初は自分本位な考えを押し付けていたキャッチャーだったが、いつしか「三橋の努力を活かしてやりたい」「こいつを勝たせたい」と思うようになる。キャッチャーはピッチャーにとって“女房役”と例えられることも多いが、猪野はこれまで野球経験がゼロだったにもかかわらず、キャッチャーというポジションを通して阿部が成長していく姿をまっすぐに演じていた。

スポーツを題材にした漫画やアニメは、何かしらの飛び抜けた才能を持った主人公が大活躍し、勝利を重ねていく展開や“スポ根モノ”が多いが、この『おおきく振りかぶって』は自信を失っていた三橋が高校野球部で出会った仲間たちの行動や言葉、女性監督・百枝や顧問の志賀剛司(筒井俊作)の独特な指導によって次第に投手として、また人間として成長していく姿を描いている。

そして、他の登場人物たち、それは西浦高校野球部のチームメイトのみならず対戦相手の選手たちも、三橋の成長していく姿に触れることでそれぞれが何かを掴み、心境が変化していく。たしかに『おおきく振りかぶって』の主人公は三橋ではあるが、そんな彼らの姿を同時進行で描くことで、どのキャラクターもこの物語にはなくてはならない人物なのだと感じることができた。他者との関係性によって、いかにして人は変わっていくことができるのか──登場するキャラクターたちは試合や練習を通して成長し、変化していく。そしてそんな人間ドラマを演じる生身の人間、舞台初主演の西銘駿をはじめとする若手俳優たちも1ヵ月間の稽古の中で掴んだものを土台にして、舞台上で日々成長していく。その姿は役柄と重なり合ってもいくだろう。

久住が演じた女性監督の百枝が「野球をホントに楽しめるのは、本気で勝とうとする人間だけよ」と言うセリフがあるのだが、このセリフがこの舞台に登場しているキャストたちにとっても大切な意味を持つ言葉として届いていたはずだ。本気で自分の役を楽しみ、本気で“おお振り”を楽しむ。舞台は勝負を決める場所ではないし、演者が役に“全力投球”するのは当たり前のことかもしれないが、彼らにとって舞台『おおきく振りかぶって』との出会いは、役者としての心構えを再確認することができた場所になったのではないだろうか。

そして、この舞台を観劇した者も、自分はひとりじゃないんだと思える人と出会えたことや思いがけないひと言だけでも励まされるのだということ。誰かに必要とされることで人は頑張ることができること。お互いを信頼しているからこそ絆が生まれること。努力しなければ手に入れることができない喜びがあるということを改めて胸に刻み、自分の青春時代やこれまでの人生の中で出会った大切な人、転機となった出来事を思い浮かべるのだろうと思った。

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