佐藤剛の「会った、聴いた、読んだ」  vol. 30

Column

横浜アリーナのFabulous Five=素晴らしい5人、リトル・グリー・モンスター

横浜アリーナのFabulous Five=素晴らしい5人、リトル・グリー・モンスター

横浜アリーナのライブを観ている間に、初期のビートルズのことが何度か思い浮かんできた。
そのたびに、どこかでビートルズに通じている—— 、そんな気がしてリトグリのことを讃えたい気持ちになった。

2日間のコンサートが終わった翌日の今日は2月5日、偶然にもビートルズのレコード「抱きしめたい」が日本で最初に発売された日である。
そんな記念日にぼくはこの原稿を書き始めているのだが、ビートルズのレコードを初めて買ったのは、1964年の夏休みのことだ。

当時は中学1年生、12歳のときだったが、彼らがつくる新しい音楽に出会って衝撃を覚えた。
その瞬間から、ぼくにとって音楽は特別のものとなった。

それからは音楽を聴くだけではなく、つくったり伝えたりする道をめざして、そのまま今日に至っている。
そこで一生が決まったとも言えるわけだ。

ビートルズは英語圏の国では、「ファブ・フォー(Fab Four)」とも呼ばれていた。
FabはFabulous=ファビュラスの略で、素晴らしいという意味である。
「伝説の」とか「神話の」とか、「信じられない」という意味もあるという。

その言葉のとおりに「Fab Four=素晴らしい4人」が作った音楽は、信じられないほど生き生きして輝いて見えた。
だからこそ、たくさんの若者や少年少女たちに生きる喜びと解放感を与えることができたのだと思う。

そうした意味において横浜アリーナでのリトグリは、ぼくにとって日本のFabulous Five、まさに素晴らしい5人だった。

ビートルズの音楽と彼らの存在が後世に与えた影響は、過去にあった何ものとも比較することができないくらい大きいものだった。
彼らの音楽は国境や言語、イデオロギーといった障壁をいともたやすく乗り超えて、世界中の若者や少年少女たちの心に、確かなメッセージとなって届いたのである。

自分たちで好きなように歌ったり、体を動かしたり、叫んだりしてもいいんだというメッセージは、とてもシンプルであるがゆえに強いものだった。

心と身体が命ずるまま振る舞えばいいんだ――、ビートルズの歌や演奏に反応した一人ひとりは、そのことわかったので世界中でそんな反応を示すようになった。

当時は中学2年生だったロック・ギタリストでシンガーの仲井戸麗市は、著書「ロックの感受性~ビートルズ、ブルース、そして今」(岩波新書)のなかでこう述べている。

楽曲が素晴らしいとか、コード進行が斬新だとか、イギリス人的な気品やユーモアにあふれているとか、ビートルズへの賛辞はいくらでもあるが、僕にとって何よりも大きかったのは、それまで自分が得体の知れない何かに押さえつけられていたことや、大人になるというのはこういうことだと言われつづけてきたといったような、そうした観念めいたことから解放されたことだ。

短期間で世界的な成功を収めた後になっても、ビートルズはしばしば人前で悪ガキのように振る舞うことがあった。
世間的な常識にも平気で逆らったり、時には皮肉ったり茶化したりしながら、彼らは個人の立場で権力やモラルに対抗する発言も行った。
そのことで謂れのないバッシングを受けて、危機に陥ったことも一度や二度ではなかった。
だが、それでも彼らは大人が決めたルールになど従わなくてもいいんだと、身をもって教えてくれた。

では、初期のビートルズはどうして生き生きとした若さを振りまいて、自由であることの素晴らしさを感じさせることができたのか。
それはいつでも自分の心に正直に向き合って、一切ごまかしのない行動をしていたからだろう。

どんなときも妥協しない作品づくりにおいて、彼らは常にそうだったし、自分自身を見つめる批評性を持っていたところにも、そうした意志が反映されていた。
もちろん彼らはスターとして圧倒的に輝いていたし、世界的な有名人でもあったけれども、その実体は虚飾を嫌うほんもののアーティストだった。

リトグリもまた横浜アリーナのライブでは、アーティストとしての第一歩となることの手応えを感じ取ったに違いない。

初めて彼女たちが自ら歌詞を書いた「明日へ」には、「あの日踏み入れた街は そんなに綺麗じゃなくて」とか、「不安が裂けて 弱音が溢れた」とか、あるいは「願った明日は 思ってた今日じゃない」という、とても印象に残るフレーズが出てくる。
下積み時代の実体験がそのまま描かれたような、それらの真っ正直な言葉をライブで聴くと、CDで聴く以上にリアリティを持って迫ってくるものがあった。

リトグリのいいところは偽りのない自分たちの心を自ら言葉にして、ライブに来てくれた観客に正面から語りかけるところにもある。
数十人から百人単位の規模だったライブハウスの時代から、彼女たちはいつも観客にそうやって気持ちを言葉にして伝えてきた。
そこには一切の演出や、演技といったものが紛れ込む余地はない。

1万人もの観客を前にした横浜アリーナでも、5人が自然体で話すシーンが見られて微笑ましかった。
「去年は嬉しい涙もいっぱい流したし、口惜しい涙もいっぱい流した」というmanakaの言葉からは、次なる目標に向かっていく強い意志を感じ取ることができた。

「私たちの歌を聞いている瞬間だけでも、辛いことを忘れられるなら、私たちはずっとずっと、みんなのために一生歌い続けたい」という芹奈の発言にも、素直に頷けただけでなく、ぼくはどこか誇らしい気持ちになった。

デビューから3年のうちに、彼女たちは自分たちの正直な思いを歌詞にして、それを当時の感情のままに歌って表現できるまでに成長したのだ。
見えないところで人並み外れた努力を重ねてこの日の公演を迎えたことが、躍動感に満ちたメンバーたちの動きや歌声から明らかに伝わってきた。

コンサートが終わって2日が経った今でも、ぼくの頭のなかでは「明日へ」がエンドレスで鳴り響いている。

ボロボロのまま笑っていた僕に
次のドアはもうすぐってことを
汚れた靴のままでいいからと
今の 今の 僕は言えるんだ

こえるよ 現在を
きこえるよ 未来が
合わせた声が
尽きない迷いを超える
正しさなんて
ひとつになる日はない
明日へ 走る鼓動は
溶けやしないさ

Little Glee Monsterの楽曲はこちら

著者プロフィール:佐藤剛

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。
シンコー・ミュージックを経て、プロデューサーとして独立。数多くのアーティストの作品やコンサートをてがける。
「マイ・ラスト・ソング」では構成と演出を担当。
2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長に就任。
著書にはノンフィクション『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)。

美輪明宏と「ヨイトマケの唄」 天才たちはいかにして出会ったのか

著者:佐藤剛
出版社:文芸春秋

三島由紀夫、中村八大、寺山修司・・・・・・

時代を彩った多くの才能との邂逅、稀代の表現者となった美輪明宏の歌と音楽に迫る、傑作ノンフィクション!

「自分以外の人によって、己れの人生を克明に調べ上げ語られると、そこには又、異なる人物像が現出する。歴史に残る天才達によって彩色された果報な私の人生絵巻が、愛満載に描かれていて、今更ながら有難さが身に沁みる」――美輪明宏

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