Interview

累計58万部突破!反省から生まれた時代小説『本所おけら長屋』はなぜ読者に支持されたのか?

累計58万部突破!反省から生まれた時代小説『本所おけら長屋』はなぜ読者に支持されたのか?

「笑いと人情」という、古典落語なら当たり前に描かれている世界。これが小説となると、「人情」を描いた作品は綺羅星のごとくだが、「笑い」はなかなか難しい。実際、一読者として振り返っても、小説を読んで“腹を抱えて笑った”経験は記憶にない。『本所おけら長屋』と出合うまでは……。
2018年2月8日に、『本所おけら長屋(十)』が発売された。当シリーズ4巻までの担当編集者であり、現在は広報部員としてPRの一端を担う立場から、著者の畠山健二に作品誕生から現在に至る思い、自ら率先する販促活動などについて訊いた。

取材・文 / 根本騎兄(PHP研究所広報部)

イラスト:三木謙次

デビュー作の反省から生まれた『本所おけら長屋』

畠山さんの初の小説作品は、『スプラッシュ マンション』という現代小説でしたね?

はい。じつはぜんぜん売れなかったんです。担当編集者は誰でしたっけ?

すみません、私です(平身低頭)。

マンションの管理組合での騒動を描いた、単行本で300ページを超える長編でした。それまで小説はもちろん、1作でそんなに長いもの書いたことなかったですから。ずいぶん苦労して、何度も推敲を重ねて執筆しましたがダメでしたね。

2012年3月の刊行でしたから、6年前ですか。私は最高に面白いと思ったんですが……。

自分も手ごたえを感じていましたし、文庫になってからも(2015年1月刊行)、「おけら長屋より、こっちが好き」というコアなファンがけっこういるんです。ただ冒頭から主人公が風俗店に行ったり、「人間の心の闇」みたいな部分に踏み込んだ結末になったので、当初から「読後感が悪い」とか言われていました。


デビュー作『スプラッシュ マンション』

スプラッシュ マンション
畠山健二(著)
PHP文芸文庫
PHP研究所

それが『本所おけら長屋』での「読後感の悪い結末は書かない」というこだわりにつながっているんですね。しかし、2作目にいきなり時代小説転身とは驚きました。

あんたが、強引に勧めたんやろ!

だって、「次は青春小説を書いている」とおっしゃるから、まずいな、と。

まずいって……。俺も甘く見られたもんだなあ(笑)。時代小説はもともと『鬼平犯科帳』くらいしか読んでなかったし、まったく興味なかったですから。ただ若いころから演芸界に身を置いていたので、古典落語はいろいろな師匠がたの高座を相当聴いていて、長屋噺みたいなものならけっこう自信があった。ただ、ここは自分として「最後の砦」だと思ったので、このジャンルで売れなかったら、もう小説家の芽がなくなるという怖さがあった。

そのとき、「まだ小説家としてヒットを出してないのに、もっとも得意なジャンルで勝負しなくてどうするんですか!?」と言ったんですよね。

ずるいんだよなあ、根本さんは。あのとき俺の友達の先輩作家が一緒にいて、小料理屋で飲んでたんですよね。彼もそれに同調するものだから、出版界の先輩2人からそこまで言われたら仕方がないと。

当時は、文庫書き下ろしの時代小説がある種のブームだったんです。売れたらシリーズ化して、出版社は定期的に売れ線の作品が入って稼げるという、まあ小さい話ですが「ビジネスモデル」として出来上がっていました。

それは今でもそうですよね。ただ実績のない作家だと、1作目はずいぶん初版部数を低くされるようですが。『本所おけら長屋』のときは初版1万部でしたけど、今はそんなに刷れないと聞きます。まあ俺は、これまでだいたい右肩上がりで来てるけどね。たとえば今度の十巻なんて初版……。

はい、アウト! 当社の企業秘密です(笑)。と言えるようなシリーズになって、本当にうれしいです。ありがとうございます。

よく『本所おけら長屋』の1巻って、どうして(一)って入ってないんですか、って聞かれます。当然ですよね。売れなかったら「はい、それまでよ」。シリーズ化はしないわけですから。自分としては自信を持った作品にできましたが、それと売れるかどうかは別ですからね。

盛岡のさわや書店フェザン店では、シリーズ化する前から猛烈プッシュ

しかし、「やる」と決めてからの畠山さんのプロ根性はお見事でした。書名から連作のスタイル、ストーリーやキャラ設定なども一切相談なく、いきなり完全脱稿で送ってきてくださったんですから。

小説と演芸という違いはあっても、長屋ものはプロとして関わってきた世界です。自分の力で、ベストを出し切ろうと思いました。それでダメなら潔く諦めようと。実際、出版社内でも企画決裁が通っていませんでしたよね。「これじゃ、ぜんぜんダメです」と言って、編集者の段階で落とされることも覚悟していたんです。

ところが、読み始めるや一気読み。テンポのいい語り口の中に、笑って泣いてと感情を引き回され、まさに小説になった古典落語だと思いました。

あれだけ強引に勧めておいて、「つまんない」とか言ったら張り倒します(笑)。ただ会社の判断はどうだか。何しろ「売れた実績」のない著者やテーマは厳しく判断されますから。

当時、幸運だったのは、上司の出版局長が自分でも原稿を読んで判断する人だったんです。山のように企画が上がってきますから、局長クラスは普通読んでいられない。営業出身で「数字」にも厳しい人でした。それが「すごく面白かった。ぜひやろう」と言ってくれたんです。

そんないい話が……。局長、吉原で接待しないといけませんなあ。冗談はさておき、発売してみると(2013年7月刊行)、なかなかいい出足ですと教えてくれましたね。1か月くらいすると「この感じだったら増刷は行けますよ」と。ぼくはそれまで何冊か本は出していたけれど、増刷になったことがなかった。「一回は増刷を経験してみたい。それまでは死ねない」と思っていたんですよ。ただ担当編集者の言うことなんてわかりませんから。調子のいいこと言っているだけかもしれないし。

ぼくも甘く見られたもんです(笑)。データお見せしたじゃないですか。結局、1か月くらいで「増刷決まりました」とお電話できましたよね。

そう、なんの感動もない渇いた声で(笑)。あのとき女房と子供を乗せて車を運転していたんですが、携帯が鳴るので路肩に寄せて電話に出たんです。思わず心の中で「やったー!!」と叫びましたね。そのあと、家族を待たせておいて、車を降りてしばらく号泣していたんですよ。女房は、「どうしたの? 親戚か誰か亡くなったの?」というから「本が増刷になったんだ」と。そうしたら「あら、そう」。

増刷の感動は、書いた人間にしかわからないものですね。

あんたに言われたくないわ! まあそういうぼくも、今では増刷連絡があっても「ああ、そうですか」って感じですから。慣れは怖いです。人間、謙虚さを失ったらおしまいです。

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